そこへ、ミュゼットがハンカチを持ってカノンの隣に正座した。
そして、優しい面持ちのまま、「ほら、もう泣かないの」と
そっと着物の上からハンカチで水分を吸い取った。
「お着物濡れちゃってショックよね・・・。
 でも、これくらいならクリーニングに出せば
 きれいに染みは取れるから大丈夫よ・・・」
ミュゼットは、カノンの頭を抱き寄せながら
小声でなだめるようにつぶやく。

すると、リズムとコルヌが申し訳なさそうな表情で
カノンの前に立ち、シュンとしながら謝った。
「カノンお姉ちゃま・・・・ごめんなさい」
「すみませんでした・・・・」

カノンは目を赤くしながらハンカチで目頭を押さえていた。
二人に対しては怒っている様子はないが、
父が自分のために苦労して取り入れてくれた
着物を汚してしまったということが、とても居た堪れないといった風だった。

「あれ、西国陵王国の大臣さんにまで掛け合って手に入れた最高級品なんだろ?
 まずいんじゃないのか?」
ヴァルヴが心配そうに声をひそめる。
「・・・うん。クラーリィさんも相当キレそうだね」
リコーダーもゴクリと息を飲みながらその様子を見守っていた。

ミュゼットは、呆然と立ち竦んでいるリズムとコルヌの
方に顔を上げると、静かにため息をついた。
その顔に微笑みはない。
周りにいた子どもは皆、「うわー・・・怒るぞ〜」
といった目で息をひそめる。

「二人とも、まだごちそうさまをしてないのに
 立ち上がったらお行儀が悪いわよ」
「「・・・はい」」
二人は、ミュゼットの冷静なとがめに
シュンと頭を垂れる。
「カノンだけじゃない・・・。ここにいるみんなもあなた達の騒動に驚いたわ・・・」
「「・・・みんなごめんなさい・・・・」」
わりと素直に頭を下げるリズムとコルヌ。
周りにいたみんなは「いや、私たちは別に・・・」と口ぐちにつぶやく。

「それから、どうしても戦いごっこがしたいのなら、
 司会者さんを通して、そのようなイベントを立てて
 もらうように申し出なさい・・・」
「「・・・・はい?」」
ミュゼットの言葉に、リズムとコルヌを始め、皆、目が点となった。
そして、案の定そこにクラーリィが出てきた。
「おいおい。何をトンチンカンなことを言ってるんだ。
 こいつらは、カノンたんの着物を台無しにしたんだぞ!?
 アレは数億もしたんだっ!お前はその数億の
 着物に対して何とも思わないのか?」
しかし、ミュゼットは表情を一つも変えずに
そっとまぶたを閉じてつぶやいた。
「たしかに、あなたの言う通りね・・・。でも、
 リズムもコルヌくんも自分のやったことを分かって、心から謝ったわ・・・。
 それ以上何か言うことあるかしら・・・」
「だから(汗)あの着物はな!」
「私は、数億の着物を台無しにすることよりも、
 せっかくの楽しい新年会を台無しにすることの方が、
 よっぽど悲しいことだと思います・・・」

静かに、しかしはっきりとそう言い切るミュゼット。
それに対して、クラーリィはぐぅの根も出なかった。
シン・・・と静まり返った場内であったが、
明るい空気を取り戻すかのように、司会者(村人その1)が手をパンパンと叩いた。

「さぁーてっ!ちょっといろいろありましたが、
 ここで楽しい楽しい抽選会に移りたいと思います!
 豪華商品せいぞろい!なんと一等は海外旅行券!!」
そのアナウンスに、会場は一気に盛り上がった。
さすがは司会者である。

カノンは、もう泣いていなかった。
両隣には、リズムとコルヌが懸命に謝りながら、
カノンの着物についた染みを染み取り布で吸い取っていた。
「もう本当に大丈夫なのよ・・・」
「だめよっ・・・お姉ちゃまのお着物汚しちゃったのは・・・本当に反省してるもの」
「オレだって・・・」
「二人とも気になさらないで。
 私の方こそ、急に泣き出したりしちゃってごめんなさい」

その様子を見ていたハーフル夫婦は、
やれやれとも言わんばかりに、胸を撫で下ろした。
「フ〜(汗)一時はどうなるかと思ったぜ」
「本当ね〜。でも、私・・・どうしてミュゼットが
 お母さんになってからあんなにしっかりするようになったのか、
 分かるような気がするわ・・・」
「そうか?」
「ええ。カノンちゃんやリズメロちゃんにノエルくんが、
 あんな子煩悩の激しいクラーリィさんに
 甘やかされたり溺愛されすぎても、素直にまっすぐな子に育っている。
 きっとミュゼットがいてのことね」
「まぁ、たしかに『クラさんっわたし、子育てわかりません(泣)
 どうしましょうっ!子どもがあばれてますっ!!』な状態で母親になられたら
 ネッド家全滅だもんな」
「ぷっ・・もうっハーメルったら(笑)」

久しぶりにハーメルの言ったことにウケたのか、
フルートは笑いを堪えながらお腹を抱えていた。



「それではみなさん、お手元のボックスからくじをお引きください〜!!」
司会者の掛け声でみんなそれぞれ緊張の面持ちで、大きな箱からくじを引いた。
「こういうのって結構確率的にいうと一等とか当る可能性って
少ないんだけど…それでも期待しちゃうのよね〜」
エリがそんなことをいいながらも、がさごそとボックスをかき回して
折りたたまれているくじを一個とった。
「でも海外旅行って何処に行くことになるんだ?」
エリの夫が彼女に何気なく尋ねる。
この世界は確かに魔法使いがいればワープ魔法でひとっとびな世界観で
あるゆえにあんまり海外とか国内とかいう実感が今ひとつないのであった。
「海外って言ってもせいぜいここの村の財産を考慮しますと
 妥当なところで海を隔てたスラーとか…
 お菓子が美味しいって評判のデザート王国で食べ放題ツアーとか
 まあそんな感じでしょうね」
ひょっこりとそんな夫婦の会話の間に割り込んできたのが
隣に座っていたフォル達であった。
新聞記者時代に培われたジャーナリストの能力が
こういうところで生かされていたりする。
彼女らもまたボックスの中からくじを引いたところだった。
「それにいくらクラーリィさんもワープ魔法が使えるからといっても、
 生粋の方向音痴ですからね。
 こういう旅行だったらガイドさんが必ずといっていいほどいますし…」
「あーそういえばそうね。」
「そう思えば納得だな」
徹底的に自分を馬鹿にしているそんな4人の会話に
クラーリィはわなわなとこぶしを震わせていた。
そんなクラーリィをミュゼットが穏やかな笑顔で嗜めた。

「一等賞ってペアでお二人様旅行なのね〜…
じゃあ私が当たったらヴァルヴと新婚旅行気分になれるのかな」
お年頃ながらまだ結婚観、いや大人の深い恋愛に対して無知なリコーダー。
そんな彼女にヴァルヴは少々頬を赤らめていた。
あまりに無邪気な彼女の言動とさっきのライエルの反応を見て、
あらぬことまで考えてしまったのである。
が、しかし。
「あっでもお買い物とかするからヴァルヴに荷物もちしてもらおーっと!」
その言葉にヴァルヴは思わずずっこけた。




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