「さてと、これでカノンちゃんの着付けは完成・・・じゃあ撮影用に加工しますか」
フォルの言葉に、クラビが首を傾げる。
「これで完成じゃないんですか?」
「うん、襟元に脱脂綿を入れなきゃね!もちろん動く時には外すけど」
フォルはポケットから脱脂綿の入った袋を取り出した。
「この方がアップの写真の時に綺麗に写るんですよ」
シンフォニーも鞄からはさみを取り出して、フォルに渡す。
手慣れた様子だった。
「いつもふざけているようだが、さすがプロだな」
クラーリィが言った。
「やだークラーリィさんってば、またミュゼットさんに毒物盛られますよー」
フォルはクラーリィの背中を叩いた(グーで)。
「じゃ、外に出てますので、また呼んでくださいね」
クラビはシンフォニーと一緒に外に出る。
クラーリィも背中をさすりながら外に出た。


「わーっ!カノンちゃんすごくきれいだよ」
シンフォニーは、自慢のカメラを調整しながら、
レンズ越しにカノンの晴れ姿に満足げに頷いていた。
こういった出張撮影はよくあることなのだが、
こんなに着物が似合う少女に出逢ったのは
何百回と撮影する中でも初めてであった。
「よろしくお願い致します」
カノンはしとやかに返事をする。
カノンは日本人形とフランス人形で例えるとすれば、
断然フランス人形のような女の子だが、
「和」を象徴する着物もとてもよく似合っていた。
透き通るように白い肌が、空色の着物によく映えている。
「『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉のまんまね〜!
 立っても座っても歩いても美しいわ〜・・・女性の私でもうっとりしちゃう!」
フォルも清楚で色白な着物姿の少女に対して、
惚れ惚れと溜め息をついた。
「フォルさん、それは誉めすぎよ」
ミュゼットは嫌味のない微笑みでたしなめるが、
フォルは、「いいえっ!もう美少女の鑑だわ!!
白いうなじにかかる金色の髪なんてまるで絹だわ!」
と熱くこぶしを握っていた。
それを聞いて、ミュゼットはここにクラーリィがいなくてよかったと
心底思っていた。

「それじゃあカノンちゃん、撮るよ〜?
あ、もう少し顔をこっちに向けてくれるかな?」
「はい」
「ありがとう。あ!もう少し笑おうか」
「はい」
「そうそう!あ、あとね・・・」
いろいろとカノンに注文をつけるシンフォニー。
カノンは質問一つひとつに、しとやかに従う。
細やかな立ち振る舞いにも気品が溢れていた。
「あ、カノンちゃん、もう少し顎をこう・・・・そうそう!そんな感じ!」
手振り身振りでカノンに指示を出すシンフォニー。
やはり完璧な撮影を望むからには、徹底的に完璧を求めたい。
「あ、カノンちゃんもう一ついいかな?」
・・・その時であった。

「シンフォニーーーーーーーーーー!!!!」
ドーーーーーーーーーーーン!!!!!!!

低い怒声と共に爆音が放たれる。
シンフォニーをはじめ、みんな唖然としたまま
破壊されたドアの方に目を向けた。
そこには、この家の主が手の平をプルプルとさせながら立っていた。

「ク・・クラーリィさんっ(汗)」
「シンフォニー!!お前は何をそれ以上
 うちのカノンたんに要求すれば気が済むんだ!!!
 カノンたんなら、何でもいい写真が撮れるだろうっ!」
「は・・・はい(汗)ですが、やはり美しい女性だからこそ
 美しい写真を撮りたいと思いまして!」
「それにだな!こんな撮影の仕方だとカノンたんが疲れてしまうだろ!!
 お前はそれでもプロなのか!!!」
「ひぃぃっ!!(泣)クラーリィさん落ち着いて!!」

シンフォニー絶体絶命の大ピンチ。
するとそこへ、ミュゼットが「あらあら」と片手を頬についたまま
クラーリィ達のところへ歩み寄った。
フォルとカノンは互いに身を縮こまっている。
「シンちゃん、大丈夫?」
そっと優しく手を差し伸べるミュゼット。
「あ・・・はい・・っ(汗)」
「ごめんなさいね。もうこういうところは本当に昔から治らなくて・・・」
「いえ!もう僕もなれてますから(笑)」
そんなやり取りの中、クラーリィは機嫌を損ねたまま
ミュゼットの前に立ちはだかった。
「何なんだ。お前はシンフォニーの肩を持つ気か?」
「はい」
にっこり即座に返答。
「あのなぁ!!うちのカノンたんが短い撮影に、
 こんなにも待たされているんだぞ!!」
「撮影に時間がかかるのは当たり前です・・・」
「それにしても注文が多すぎるとは思わないのか!」
「思いません・・・」

なんでもやんわりと微笑んで返すミュゼット。
カノンも「お父様・・・私は大丈夫よ」と
訴えても、クラーリィの怒りの火は消えようとしない。
フォルとシンフォニーもこういった事態は今に始まったことではないので、
だんだん冷静さを取り戻すと自然と傍観側に回っていた。
「なぁ・・・フォル」
「な、何?シンフォニーくん」
「まるでクラーリィさん、魔族化したみたいだね」
「魔族化って!!失礼よっシンフォニーくんっ」
と言いつつも、つい含み笑いをするフォル。
「まるであのシーンを見ているようだよ」
「どんなシーンよ」
「えっと、『某ハーメルンのバイオリン弾き15巻の139ページあたり・・・」
「随分と具体的ね・・・。えっ・・・ていうかシンフォニーくん!!
 あんな神聖で美しい場面にこんな茶番な場面を当てはめちゃだめよ!!」

二人の会話など耳に入らないクラーリィは、
額に青筋を作ったまま目の前で柔和に微笑むミュゼットに対峙していた。
「だいたいお前は、カノンたんのことを考えなさすぎとは違うか!?」
「・・・・・・」
「カノンたんが可哀想だと思わないのか!?」
「・・・・・・」
「何か言ったらどうなんだよっ!!」
そして、次の瞬間。
ミュゼットはクラーリィの束になった髪をグッ!!と
下に思いっきり引っ張ると、耳元でそっと囁いた。

「・・・・・ホワイトハウス」

笑顔のまま呟いた低く冷たい声。
それを聞いた途端、クラーリィはみるみると顔の血が引いていった。

そして、ミュゼットの手から解放されると、
クラーリィは無表情のままシンフォニーのところに歩み寄った。
「シンフォニー・・・。さっきは酷いことを言ってすまなかったな」
「・・・はい?」
「お前は、プロとして素晴らしい作品を我が家に与えてくれるべく、
 貴重な時間を裂いてここにやって来てくれたんだよな。
 それなのにオレときたら・・・・」
「クラーリィさん・・?一体どうしたんですか?」
さっきまであんなに怒りでヒートアップしていたクラーリィ。
それなのに、ミュゼットの一言で
見違えるように表情が優しくなっていた。
気のせいなのか、瞳もキラキラと輝いて見える。
「シンフォニー。詫びにはならないかもしれないが、
 お前に新品のフィルムセットをやろう」
「い・・いいですって!!(汗)」
「友よ・・・本当にすまん」
「と!!友ぉぉぉ!?!?!?!」
口が裂けても絶対に言わないような言葉が次から次へと出て来るクラーリィ。
それに対して、シンフォニーは口をパクパクさせたまま
目を大きく見開いていた。

「うーん。やっぱり妻は強いわねぇ〜」
フォルが腕を組みながら感嘆の溜め息をつく。
そこに、シンフォニーが興奮しながら叫んだ。
「すごいよ!フォルっ!
 これはやっぱりスフォルツェンド王家女性の慈母の血だね!
 あんなに怖かったクラーリィさんが・・・!!
 ほらっ見て!クラーリィさんの周りに平和の象徴のハトが集ってきてるよ!」
見ると、本当にクラーリィの周りにハトの大群が
集っていた。まるでクラーリィは聖人である。
「・・・一体何が起こったのかしら」
「奇跡が起きたんだ!!スフォルツェンド万歳!!」
「うーん・・・奇跡というより『洗脳』にも見えるけれど・・・」

ちなみに、そんな恐ろしいまでに笑顔のクラーリィに、
ミュゼットは微笑んだまま
「今夜、夫婦会議を開きましょうね」とそっと呟いた
ことは二人には聞こえていなかった。

・・・こうして、平和な撮影が再び始まったのである。



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