それからリートとヴァイラは共に行動するようになった。
というかヴァイラの傍をリートが付きまとうようになった。
衣、食、住もいつも一緒で、ヴァイラの占いの仕事の最中も
リートは隣で大人しく座っていた。
酒場のマスターや常連からは「隠し子か?」とからかわれていたが、
ヴァイラはそう思われることはそれ程嫌だとは思っていなかった。
そしてその間にリートののんびりした口調から様々なことを聞き出したところ、
彼は今まである目的のために一人で旅を続けていて、
路銀もつきかけたところで元々会うつもりでいたヴァイラと出会ったらしい。
ただ、こんな小さな少年が一人で旅をし、
何の目的でヴァイラに会いに来たのかはまだ聞き出せていない。
それでもヴァイラは別に構いはしないと思っていた。
今のリートとの共同生活は今のヴァイラに欠けていたものを
埋めてくれるような気がしたからだ。



数日経ったある日の晩、ヴァイラは宿屋の一室で占いに使う
水晶玉を眺めながら一人ぼんやりとしていた。
彼の寝るはずのベッドにはリートが既に疲れていたのかぐっすりと眠っていた。
しかし寝相が少し悪いのか包まっていたタオルが床に落ちていた。
ヴァイラはそれに気がついて、彼にもう一度タオルをかけた。
「昔はガキなんざ嫌いだったのにな…
人間年をとれば丸くなるってこういうことを言うのかね?」
サングラスで見えなくとも充分分かる穏やかな瞳をヴァイラはリートに向けた。

するとヴァイラは彼が右眼に巻いている包帯が
ずれかかっているのに気が付いた。
「そういえば…コイツが包帯を巻いてる理由も聞いてなかったな…。
まっ、ずれかかってるし…ついでに締め直してやるか」
そう言いながらヴァイラはリートの包帯を取ろうとしたそのとき、
リートの目がかっと見開かれた。
「うわぁぁぁぁ!!お前こんな時までタイミング外すなよ!!
いやっ、漫画的には外してないか…少女漫画で良くあるパターンAだな」
「???」
ヴァイラのよく分からないツッコミに
寝ぼけ眼で包帯がずれたままのリートは首を傾げた。
「どうしたの…こんな夜中に…」
「いっやあ、なんでもねぇよなんでも…
っつーかお前、その包帯取れかかってんぞ。
巻きなおした方がいいんじゃないのか?」
何とか誤魔化しつつもヴァイラはリートに包帯を巻きなおすよう指示をした。
魔族との闘いが終結して数年しか経っていないこのご時世だ。
自分がリートの包帯をとった姿を見るのは
もしかしたら彼の心の傷を抉ることになるかもしれないと考えていたからだ。
が、しかし当のリートはきょとんとした表情で、
「寝るのに邪魔だから取ろう」
とあっさり包帯を外してしまった。
「って、そげなあっさりといいのかよ!?って…」
その包帯を外したリートの姿にヴァイラは少しだけだが驚きの表情を見せた。


(こりゃあ…珍しいな)

彼の右眼は煌びやかでくっきりとした紫紺色だった。
本来出ている緋色の目と合わさると、
その色は更に魅力的な光を作り出している。

「なにじろじろ見てるの?」
「あっああ…その瞳の色…珍しいと思ってな」
「…怖い?」

いつも通りの無表情でそう尋ねるリート。
彼自身この紫紺の瞳を嫌ったり呪ったりしたことはなく、
むしろお気に入りだった。
しかし他人ともなれば別だ。
幼い頃から、この瞳の色で彼の住んでいた村の村人達は…
いや、実の両親ですらこの瞳の違いで彼のことを恐れた。
そう、彼のこの両の瞳を受け止めることが出来た人間は数少ない。
彼自身別に好かれようともなんとも思っていなかったのだが、
数日間共に過ごしたこの男はどうなのだろうか?ということは少し気になった。
そして尋ねられたヴァイラはというと少々俯いた後…

「っ……」
「?」
「ぷっ…ははっははは!!!」

こんな夜中に彼らしくもない、豪快な笑い声を部屋中に響かせた。
目の前にいるリートはそんなヴァイラの姿にきょとんとしながらその大きな声が
耳にぎんぎん響いて、思わず耳を塞いだ。
「はは…すまん、すまん…」
ようやく笑いが落ち着いたヴァイラは水晶を弄びながら息を整えていた。
「何がおかしかったの?」
同じく耳を塞ぐのを止めたリートが尋ねる。
「いやあ、怖いってなあ…俺はお前以上に怖ーい『おじさん』相手に商売したり、
夜盗紛いの魔族と戦ったりしてきたから全然そう思わないっつーの…
むしろ、お前のその瞳、凄い綺麗だよ。この地を照らす『太陽』みたいだな。」
ヴァイラはそう言ってリートの頭をポンと叩いた。
その言葉にリートは何か、昔の出来事をフラッシュバックさせた。
そう、自分をあの時助けてくれた女性の言葉を―



―リーちゃんの瞳はとても綺麗ね…


―日の入りのお空は赤い色、日の出のお空は紫の色…
その両方を映したみたいで、とても素敵だと思うわ



ヴァイラと同じように、初めて自分の両目を見たあの女性が言ってくれた言葉。
リートはわずかな記憶でそれを思い出して、
少しだけ口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「ん?どうした?」
「…思い出した…『あの人達』のこと…」
「あの人?」
「命の…恩人。でも顔も名前も…誰だかよく覚えてない。」
「もしかして、お前の旅の目的って…」
その言葉から彼が
その人達を探すために旅をしていることが容易に想像がついた。
「おじさん、占い得意だって聞いたから…ここに来た。
あの人達のことを僕はもっと知りたい…そして会いたい…」
リートはいつもののんびりとした口調だったが、その言葉の一片一片から
ヴァイラは彼の気持ちを読み取っていた。
そして彼は弄んでいた水晶玉をリートの目の前にかざした。

「ったくそういうことは早く言えよな…」
憎まれ口を叩きつつも、ヴァイラは水晶玉に手を翳し呪文を唱える。
『螺旋の理を司る…時の神クロクナムよ…
願わくばこの少年、リート・オーネヴォルテの
過去の姿を捉え…今この水晶に現したまえ!』
ヴァイラがそう呪文を詠唱し終わった途端に、
虹色の光が水晶から飛び出した。
その神秘的な光景にリートはぽかんとして口を開けた。
そしてぼんやりとだが、水晶に
彼がその人たちに出会ったときの光景が浮かび上がってくる。

「……これは…」

水晶に近づいているヴァイラが何かを見つけたそのときである。
乱暴にこちら側の扉を開ける音が聞こえた。




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