今日もヴァイラはモレンド海峡の港町の一角に位置する小さな酒場で
得意の占いを駆使して小銭を稼いでいた。
元々、数ヶ月前にここをたまたま立ち寄った時に
勇者パーティを北のエアルシュペンドまで連れて行った船長の船を
ちょっとした占いで手助けしたことで有名になり、
そのままこの街に居座っていた。
当初の目的もあるにはあったが、
水晶でそれを予見しても反応はなかった。
まだ動くべきではない…そう考えてヴァイラはこの酒場を拠点として
簡易的な占い師まがいの仕事を始めていた。
船長の話が広まっていたせいか、
多くの人々がヴァイラの元へ来るようになった。
中には海を渡って彼の占いを頼みに来た
物好きな貴族もちらほらといた。
しかし彼はそんな連中におべっかを使うのを嫌い、跳ねのけていた。
それにあんまり大勢の人間を相手にしたくなかったのもあり、
今では2、3日に一回占いを請け負う以外はこの酒場で酒を飲んでいた。
「なんと!!こんなに多くのお金を出してもダメというのですか!!」
今日もまた遠くからどこかの王宮に仕える貴族の息子が
大金を宝箱に入れてヴァイラに差し出してきた。
何でも自分の良い結婚相手を予見して欲しいとかなんとか。
ブランデー酒をカウンターで飲んでいたヴァイラは
ずれていた黒いサングラスをかけ直して、
「あのな、坊ちゃん。俺は結婚相談所やってるんじゃねーんだよ…
それに占いっつーもんは体力使うんだよ。
そんな下らねぇ占いやってられるかよ…」
そのヴァイラの一言に
彼の側近と思われる老人と兵士がすかさず槍を突きつける。
「貴様!たかが占い師風情がぼっちゃまになんて口の利き方を!!」
「おおっと…交渉が成立しなかったら実力行使かい。」
「なっなにぃぃ!!!」
兵士の一人が怒りにかられ、思わずヴァイラの身体に槍を突き刺した。
しかし、手ごたえは感じ取れなかった。
槍の先端を見るとそこには彼が脱ぎ捨てたと思われる
茶色いロープが引っかかっていた。
そしてカウンターには勘定がしっかりと置かれていた。
「あの男…一体何者なんだ?」
兵士の一人が呟いた。
「やれやれ…あんな奴ばっかり来るんだったら
とっととこの街をずらかった方がいいかもしれねぇ。
小金も大分貯まって来たしな…」
金の入った小さな袋をお手玉のように弄びながらヴァイラは港に出た。
海特有の潮風と共に暖かい日の光が彼の目に飛び込んでくる。
黒いサングラスをかけているので裸眼の人々より眩しいとは感じないが、
この眩しさに少し立ちくらみがした。
眩しさに大分なれた頃近くの船着場に行って船を出してもらい
他の土地へ行こうとしたが、
船長の姿を発見して何となく外へでにくくなった。
自分に感謝の念を抱いて尊敬の眼差しで見つめている彼に
黙って出て行くのは気が引けたからである。
どうしようかと水晶を出して考え込んでいると、
自分の服のすそが誰かに引っ張られているのをヴァイラは感じた。
またさっきのような輩がこの水晶玉を見て占いを頼みに来たのかと思い、
彼はうんざりしながら後ろを振り向いた。
「あのな…悪いけど今日は休業中…って…おい、何処だよ。」
彼の振り向いた先には誰の姿もなかった。
一瞬客がここ数日ひっきりなしにやってくるので
幻でも感じたのかと思ったが、
ロープのすそを引っ張られている感触はまだあるので、
眼を下にやると小さい少年の姿があった。
黒い服の上に白い布を羽織っている
鮮やかな緑の髪の毛が特徴の小さな少年。
顔立ちはまだ幼く、のんびりとした物腰である。
しかしそれ以上にヴァイラの眼に止まったのは
彼の右眼に巻かれた包帯と、左眼の緋色の眼であった。
「おい、少年…怪我でもしてるのか?」
そうやってヴァイラが彼の背まで身をかがめようとした瞬間、
いきなり彼は自分の元へ倒れてきた。
「おっおい!!しっかりしろ!!」
ヴァイラがそう呼びかけても反応がない。
まだであって間もないとはいえ、
この状態の少年を放っておくこと等彼には出来なかった。
「ちっ…しょうがねぇ!!」
ヴァイラは動かない彼を背負って酒場へと戻ってきた。
幸い、さっきの貴族達は出払ったらしく丁度いいと思っていたが、
今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
バーのマスターを店の奥から呼び出して、医者を呼んでくれる様頼んだ。
が、しかしマスターは首を振る。
「なっなんでだよ!」
ヴァイラは思わずつっかかる。
それにマスターはそっけない顔で答えた。
「だってその子、ただおなかがすいて倒れてるだけなんだから…」
その言葉にヴァイラは思わず眼を点にした。
背中に背負っている少年のお腹から
腹のなる音がしっかりと聞こえてきた。
「まっとりあえず…このままにしておくのはいけないからパンをあげときな」
マスターはそう言うと、大きなフランスパンを一個ヴァイラに差し出した。
「こんのクソガキ…」
憎たらしい口調でそう言いながらも、
ヴァイラはその子にフランスパンを食べやすい大きさにちぎって渡した。
それを見た少年は今まで精気の抜けたような顔から
一転して彼の渡したパンに勢い良くかじりついた。
「お前よっぽど腹減ってたんだな…どうだ、うまいか?」
ヴァイラはそう言ってぽんと少年の頭を撫でた。
「……」
少年はそんなヴァイラの行動に反応することもなく
次のパンのかけらに手を差し伸べようとしていた。
「ったく食い意地だけは張ってやがるな」
呆れつつもヴァイラは少年が手をつける前に
きちんとパンをちぎって渡そうとした瞬間、
「うん…おいしい…」
と少年はまったりとした口調で言った。
「って反応が遅いっつーの!!」
ヴァイラはそんな暢気な少年の姿に思わずツッコミキャラと化した。
その間に少年はパンを口にしながら、
「でもあそこで食べたパンの方が美味しかった…」
とヴァイラの耳で何とか聞き取れるくらいの声で呟いた。
「あん?どこだよあそこって…」
自分自身もフランスパンを口に入れていたヴァイラが尋ねる。
「………」
「何だよ、まただんまりかよ…というか
お前一体何者なんだ?親はどうした?迷子か?だったら名前くらい…」
そうヴァイラが言いかけると、少年は相も変わらずのんびりとした口調で
「あそこは…お菓子を作ってくれるお姉さんとかお医者さんとか…」
「前の話題だろそれは!って…お姉さん?」
ヴァイラがそう言うと、彼はパンをかじりながらこくんと頷いた。
「お前の姉さんか?」
「違う」
「じゃあ誰なんだよ」
「わかんない」
「わかんないじゃわかんねーんだよ!!!」
思わずヴァイラは二人で座っていたテーブルを
ちゃぶ台の如くひっくり返した。
そんな彼の様子に、店にいた客たちは思わず目が点になっていたが、
当の本人である少年はあくまできょとんとした表情でパンを食べていた。
「ったくお前と話してるなんか調子狂うぜ…」
何とか落ち着きを取り戻したヴァイラはまた椅子に座りなおし、
真向かいにいる少年の顔を見ながら言った。
少年はそんなヴァイラの気を知っているのか知らないのか、
相も変わらずのんびりとした口調で口をあけた。
「リート…リート・オーネヴォルテ」
「えっ?」
「…僕の名前なんだけど、おじさん…」
そんなリートの口調にそろそろ慣れてきたヴァイラは
苦笑いを浮かべながら答えた。
「俺はまだおじさんじゃないっつーの…
それにちゃんとお前と同じように名前がある。
ヴァイラ・クラスターって名前がな…」
「知ってる」
それに対するリートの言葉は実にあっさりとしたものだった。
「って知ってるならそう呼べよ!!」
「うん、おじさん」
「だからおじさんじゃないっつーの!!」
「もっとパンないの?」
「って話をそらすな!!」
いつの間にか二人の会話は端から見るとまるで漫才のようになっていた。
|