「おっお客様、こんな夜中に…」
この宿の主人がへっぴり腰で騒ぎを止めようとしていた。
「うるさい!!こんなボロ宿、
ボクちゃんの権力があればいつだって潰せるんだ!!
ボクちゃんのやることに口出しするんじゃない!!」
「そうだぜおっさん…坊ちゃまに手ぇ出したら
どうなるかわかってるんだろうなあ…」
ガタイの大きいボディーガードと思われる兵士達が
一斉に主人の周りを取り囲んだ。
「これでもボクちゃんに指図するのかい、君は…」
「いっいえ…」
主人は周囲の状況を見回して、ただただ汗をたらすほかなかった。
その様子に占いをしていたヴァイラが立ち上がる。

「ほう…誰かと思えば、数日前のお坊ちゃまじゃありませんか…
まだこの俺に用があるんでしょうか?」
ヴァイラの口調はこの男に敬意を表する気なんか全くないと言った感じだ。
「用も何も…そんな小汚いガキの占いはできて
どうして一流階級の貴族であるボクちゃんの占いが出来ないんだ!!
ボクちゃんのお嫁さんという未来がかかってるんだぞ…!!」
「だからってこんな夜遅くに
俺のところに押しかけてどうしようっていうんだよ…」
頭を掻きながらあきれた様子でヴァイラが尋ねると、
その貴族の男は口元に薄ら笑みを浮かべて、
「だから…嫌でも占ってもらおうと思ってえ!!
ボクちゃんは自分の望んだことがかなえられないことは
一度もないんでねー!!」
彼が指を鳴らすと宿屋の主人を取り囲んでいたボディーガードたちは
一斉にヴァイラの方を向きなおした。

「ったく…また実力行使かよ…おい、リート。
お前はあの宿屋の親父の傍についてやれ。」
ヴァイラが指で合図しながら、リートに言った。
「……わかった…」
リートがそう返事をした瞬間、
ヴァイラは自分の部屋の窓を割って水晶球を持って飛び降りた。
「逃げてもむだだよ〜ん!!お前達、早くあいつを追うんだ!!」
「へい!ぼっちゃま!!」
貴族の男がそう指示を出すとボディーガードたちも
一斉にその窓からヴァイラを追って飛び降りた。
彼もまたボディーガードの肩に乗っかり、窓を飛び降りた。
「ひっひい…ワシの宿が…」
一瞬の間の出来事に宿屋の主人は
へっぴり腰になってその場に座り込んだ。
リートもまた、その嵐のような出来事に珍しく目を点にしていた。


ヴァイラは猛スピードで街のはずれの森にやってきた。
すぐさま貴族とボディーガードたちもそれを追いかけてくる。
「こんな奥地まで一瞬にして逃げるなんて凄いね…
でもボクちゃんの大切なボディーガードは
そんな君のスピードにも追いつくんだよ。」
「こっちは逃げてるつもりなんかなかったんだけどな…
むしろここなら街のやつらを傷つけずにお前等と戦えるんでな」
そういうとヴァイラは軽々といつも身に付けているロープを脱いだ。
「くっ…たかが占い師風情がボクちゃんが揃えた
最強のボディーガード達に立てつこうというのか…
面白くなりそうだねえ…」
「御託はいいからさっさと来い。こっちには先客がいるんでね…」
ヴァイラは笑みを浮かべながら、親指を下にして彼らを挑発した。
「ぐぬぬ…おい、お前等この身のほど知らずの馬鹿を殺ってしまえ!!」
「へい、ぼっちゃま!!」
貴族の男が指を鳴らすと彼らは一斉にヴァイラに襲い掛かってきた。

「じゃあいかせてもらおうか…久々だからどうなるか分からんが…」

ヴァイラはそう言うと軽い身のこなしで
ボディーガードの隙をついて数発の拳打を彼らに当てた。
大柄の男たちは自分達より体格の小さい男に対して
あっさりとやられていた。
「なっなんで…ボクちゃんの精鋭が…ボディーガードが…」
「なんだ、こいつら…強そうなのは図体だけかよ…
歯ごたえがないと思ったら」
すっかりその様子に取り乱している彼とは正反対に
ヴァイラは物足りなさまで感じていた。


「おっお前達…こんな貧相な男にあっという間にのされるなんて…」
そう言うと彼を担いでいた男がヴァイラの目の前に出てきた。
「なに…このワシならあんな貧弱な男…
 一発で黙らせてやりますよ、坊ちゃま…」
そう言うと彼の姿はみるみる人間のそれから、
隆々とした筋肉が特徴の龍族へと変貌していった。
「どこぞで聞いた魔界軍特殊変装部隊の生き残り…って奴か」
「その通り、魔界軍の精鋭だったこのワシにお前は屈するのだ!!」
龍族の鋭い爪が真っ先にヴァイラに振り下ろされる。
人間より少々力が上というのもあるのか
ヴァイラの肩に少しだけだが、血が垂れる。
それでもヴァイラは痛みに声を荒げることもなく、空中で跳躍して
真っ直ぐに魔族の方に突っ込んでゆく。
「だが、甘いな…攻撃が大振りすぎて、死角がありありだ!!」
そういうと彼は指で陣を組んで、呪文を詠唱する。

「地・神・天・風・光・・・爆!!」

その呪文と同時にヴァイラの拳が光り、そのままそれが魔族に当った。
「ぐっぐぁぁぁぁぁっ!!」
魔法がそのまま腕に押し込められる形となった魔族は悲鳴をあげる。
「殺すつもりは全くないが、少々灸を据えてやったよ…
 まっ峰うちってやつだな。」
そう言ってヴァイラは守る盾がいなくなった貴族の男に向かって
魔力のこもった拳を突きつけた。

「世間知らずなぼっちゃまに教えてやるが…そもそも占いっていうのは
魔法と密接に関係している。
つまりだ、より正確に過去や未来の事物が読み取れるっていうことは…
うぬぼれているつもりはないが『法力』が高いって証拠なんだよ。
そして、それをこういう風に戦える力に変換することができる輩も多い…」

「ひっひぃぃぃぃぃ!!たすけてぇぇぇぇ!!!」
頼りのボディーガードたちが一斉にやられてしまった彼には今、
ヴァイラの攻撃を防ぐ余裕はない。
そのままへたりこんでまるでゴキブリのように彼はその場から立ち去った。


(これでしばらくは煩いやつらがこないことを祈るが…)
そう言ってヴァイラは脱ぎ捨てたロープを羽織り直し、
誰もいないはずの木に向かって振り向いた。
「おい、もう終わったぞ…聞こえてんだろ?」
そうヴァイラが言うと、
茂みの中から出てきたのは宿にいるはずのリートだった。
彼はあんな闘いが目の前で起こっていたにも関わらず、
きょとんとした表情でヴァイラを見ていた。
むしろヴァイラはいつからリートがそこにいたのか
あまり良く分かってなかった。
相変わらず謎の行動が多い少年である。

「宿にいろって言っただろうが…で、どうした?」
「…………おなかすいた」
その突拍子もないリートの一言にヴァイラは思わずその場でずっこけた。
それでも彼は起き上がり、笑いながらリートの頭をぽんと叩き、
「ったくしょうがねえ野郎だな…お前は。
何が食べたいんだ…今日はおごってやるよ。
っていうかここ数日俺はお前におごりっぱなしだけどよ…」
そうすると彼はいつものテンポのずれた口調で、

「……さっきの魔法…なんか、懐かしかった…
あの人達が使ってたのと…同じ」

と少しだけその表情を穏やかな笑みに変えていた。
「そうか…」
ヴァイラはそう言ってリートに微笑み返していた。


翌日、リートはまた旅立っていった。
たった数日しか共に過ごさなかったが、
彼が去った後のヴァイラの部屋は何か寂しさが残った。
あの後の占いで、リートが探している人々は『スフォルツェンド』にいると
いうことだけは教えてやった。
本当はそれが誰なのか、今どうしているのかもヴァイラには分かっていた。
だが教えなくともリートなら
自らの力でその人達とまた、巡り逢えると思った。
マイペースに、彼なりの生き方で探せばいい。
ヴァイラはそう願いながら、またこの街で占いの仕事を続けていた。


(なんか妙な気持ちを植え付けてくれたな…あいつは。
でも…また、会える気がする…お前にはよ。)


ヴァイラはそう思いながら、自らの法力で光る水晶球を見ていた。
奇しくもその水晶球の色は、
リートの瞳の色である紫と赤が混じったような輝きを発していた。




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