第八話



剣の応酬は決して止むことはない。
むしろ戦いが続くに連れて益々その応酬は激しさを増している。
周囲は全ての時が止まったように誰も微動だにせず、
ただあの二人だけが唯一動いている状態になっていた。
「てやあっ!!」
チェレスタが二刀流の剣を使い軽やかにブラッダーの繰り出す剣を抑え、
その力をつかい自らも攻撃に転じようとする。
「くっ!!」
しかしブラッダーほどの剣士になるとそのような手は通用しない。
彼もその動きを読み取り、すかさずそれを剣閃で弾き返す。
チェレスタはその剣圧で場外へ吹き飛ばされそうになったが、
何とか体制を立て直し間合いを広く取った。
周りの静寂によってお互いの息が荒くなっているのがより鮮明に聞こえる。
「ふっ…お前と戦っていると…何故か、『剣士』としての心がより一層騒ぐ」
間合いを取りながらチェレスタが笑う。
「だが…それでもまだ見えていないのだろう」
ブラッダーが苦笑いを浮かべてそれに答える。
それに対し、ただチェレスタは頷く。
「俺もだ…」
ブラッダーも周囲には聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


―まだ…まだ俺 の『答え』は出てはいない!!
         私 


そんな他人から見れば一瞬の会話が終わった直後、
二人は物凄い速さで相手の間合いに詰め寄る。
そしてお互いの双剣、剛剣を振るう。

「うぉぉぉぉぉっ!!!」
「はあああっ!!」

二人の騎士の雄叫びが闘技場にこだまする。
そしてお互いに自らの最大限の力をこめた剣を受け止める。


「凄い…師匠も…ブラッダーさんも…」
クラリオンはその応酬を控え室側から見て呆然としている。
二人のダル・セーニョの剣士たちの凄まじき応酬は今までの彼女の人生の中で
初めて見る光景だったからである。
しかしオフィクレードの顔は晴れない。
「……違う」
「王子…?」
その一言を呟いたオフィクレードにクラリオンは尋ねる。
「確かに…『剣技』の強さや弱さっていうのは…剣によってしか証明されない。
でも違うんだ…あの二人が求めてる『答え』には…あれじゃあダメなんだ…」
二人の戦いの根幹を知るが故に冷静に幼い彼は二人の戦いを見ていた。
そう、彼等にとってこの剣術大会はただお互いの『剣技』を披露する場ではない。
あの満月の夜にお互いに誓い合ったあの『約束』を果たすため。
自らの剣を鈍らせる『迷い』に対する『答え』を求め二人はこの場で相対してるのだ。
「僕もそういうときがあったから…何となく解るんだ」
まっすぐな瞳を戦っている二人に向けてオフィクレードは答えた。
数ヶ月前このダル・セーニョで起きた戦い。
今まで自分が勝手に思っていた子供っぽい父親と母親が戦いの場で見せた凛々しい姿。
そして…リコーダー達の支えによって彼は
『誰かのために剣を振る』という
このダル・セーニョに生きる人々の信念を理解した。
しかし、二人が自分と同じように『答え』を導き出すには明らかに足りないものがある。
「ブラッダー…ヴァージナル…」
彼はただ今あの闘技場で戦っている二人の騎士たちの名を呟いた。


「何だって!収容所から魔族が脱走した!?」
所用で王宮に戻ろうとしていたクルムがほうほうの躰で収容所から脱出してきた
若兵士を発見し、あの事件を耳にした。
「…先輩が食い止めようとしたんですけど奴はかなり錯乱して
力も暴走しているらしくて…俺もこのザマで…くそっ!!
でもクルム様が姿を見てないってことはあいつはまだここにはきていないんですね」
「それで…そいつは一体どこへ?」
クルムのその言葉に唇を震わせて彼は答える。
「…先輩の話だとあいつは自分を倒したヴァージナル様とブラッダーさんに
復讐するつもりなんっす。だから…」
「だから目的地は二人が今戦っている『練兵場』じゃないかってわけか…」
「国王!それに王妃も!!」
そこに現れたのは公務を終えたばかりのトロンとコルネット、
それに元騎士団長のじっちゃんだった。
「あなた…あそこにはあの二人だけではなく多くの国民やオフィクレード
それにクラリオンもおりますのよ…急いで食い止めなければ」
コルネットが我が子の身を案じて不安そうな顔をする。
「そうだな…いくら弱い魔族とはいえ、魔族になじみのない国民が
その姿をみれば必ず混乱が生じる。それだけは食い止めないと…クルム!!」
クルムはその凛々しい若き国王の言わんことが解り、すぐに頷いた。
そして自身も剣を持ち、王宮にいる兵士達を騎士団長のチェレスタの代わりに召集する。
トロン達は急いで練兵場に向かった。


「その魔族は一体今、何処らへんにいるんだ?」
疾走しながらトロンが若兵士に尋ねる。
「あいつはたぶん地下牢からそのまま牢屋をぶち破って行きましたから
たぶん地下からっす。でも…正確な位置までは」
「虎の癖にモグラになってるってわけか…」
そうトロンが言いかけた途端に地中から大きな魔物の爪が出てきた。
『グオオオオオッ!!』
「こいつか…!無闇に殺すことはしないが、少々眠ってもらうぞ!!」
トロンは自分の剣を瞬時に抜刀し、技を繰り出すために高く跳躍した。
繰り出すのはダル・セーニョ王家の誇り高き信念と共に伝わる一子相伝の奥義。
「シーザースラッシュ!!」
トロンは先日チェレスタとブラッダーがやったように足をかすらせて
行動不能状態にしようとした。
しかし、魔物は切られた痛みを感じていないのかその動きは止まる事無く、
血を流し、咆哮しながらただただ前へ進んでいた。
『オノレ!オノレ!オノレエエェェェエ!!!』
「くっ…とまる気配無しかよ…」
「なんとしてでもここで食い止めるんだ!」
クルムや兵士達も果敢に魔物に攻撃を仕掛ける。
『ジャマダ…ジャマダアァァァァ!!!』
しかし魔物の勢いは止まらずそのまま兵士達を弾き飛ばす。
「なんつー執念だ…」
兵士の一人がその魔物の姿を見てたじろぐ。
「だが!なんとしてでも被害を食い止めるんだ!!
すばやさならこちらの方が上だ…行くぞ!!」
「はいっ!!」
トロンやクルムの的確な指示により魔物よりも早く兵たちは練兵場の前に来ることが出来た。
その場に残ったトロンとクルム、コルネットは自らの力で魔物を食い止めていた。


『オノレ、ブラッダー…オノレ、ヴァージナル…タガカ『飼イ竜』と『ニンゲン』ガ
チカラヲアワセタトコロデ、コノオレノチカラニカテルハズハナィィィィイッ!!』
コルネットの結界と二人の剣で押さえつけられてるにも関わらず、
まだ魔物には抵抗する力が残っていた。
「こいつ…もしかして記憶が錯乱してるのか?」
「そうみたいですわね…肉体は傷つけられていてもその『心』の中では
まだ負けてないって思っているのでしょうか…」
コルネットが馴れない結界で汗をその頬にたらし、苦しそうな表情で答える。
『サイキョウハコノオレサマダァァァァ!!』
その叫びと共に魔物は結界を打ち破った。
「きゃあああっ!!」
その衝撃で術者であるコルネットが空へ吹き飛ばされる。
「コルッ!!」
トロンはすぐさま傍にあった木に自分の剣を突き刺し、
それを反動にし、宙に浮かんでいるコルネットを抱きかかえそのまま着地する。
「あなた…」
「大丈夫か!…くっ!!」
トロンの左足に激痛が走る。
どうやら無理な体勢でコルネットを抱きかかえたまま着陸した時に足を捻ったらしい。
夫のそんな姿をコルネットが支えようと前に出ると、二人の目の前にはあの魔物の姿がある。
「国王!王妃!!」
クルムがすかさず前に出て、攻撃を防ごうとする。
『ガアアアアアッ!!!』
しかし魔物はそんなトロンとコルネットに見向きもせず、
ただ眼前に広がるあの場所へ向かって足を引きずりながら必死の形相で走ろうとしていた。
これを執念というべきなのか。


一方トロンもコルネットの支えを借りて、木に突き刺したままの剣を引き抜いて
「クルム…追いかけるぞ!」
「でも国王…その足では…」
クルムが心配そうな表情で尋ねる。
「…このくらいの痛みがなんだよ。あっちも足に怪我してるくせにあの調子だぜ…
それにダル・セーニョの国王として
国民が危険に晒される様を無様に見てなんかいられない!!」
痛みに耐えながら、トロンははっきりとした意思で答える。
それはこの国の中心となる威厳ある国王の顔つきだった。
「先に向かわせた兵士たちのことも気になるしのう…。
それにあの二人を標的にしているのなら二人にもそのことを知らせねば…」
皆より数分遅れてやってきた老人が言う。
そう、国王であるトロンより彼はただ復讐のためだけに二人を狙っている。
前回捕らえたとき以上の力を持って彼は二人に再戦を挑もうとしているのだ。
強さでしか己を誇示できない魔族の時代はとっくに終わっているのに。
そんな時代を変えていくために今までリコーダー達が勇者として戦ってきた。
それをこんなところで無碍にしてはならない。
復讐にとらわれている彼自身の心も変わらなければならないが、
自分達の心もまた変えなければならないのだ。
ここにいる20年前の戦いを経た人間達誰もががそう思っていた。


魔族の足音がだんだんと練兵場へと近づいてくる。
それに伴い、その音も二人の戦いで静まり返った会場ではやたら大きく耳に入る。
「なんだ…この音は?」
「不気味…」
「でもそれ以上に不気味なのはあの二人だぜ…」
観客の一人が向こうの状況をポツリと呟く。
あれから何時間が経過したのだろうか。
まだ二人の戦いの決着は着いていない。
否、それ以前に二人が導くべく筈の『答え』すらも出ていない。
それでも二人の剣閃が鈍ることはなく、お互い全力を賭して戦いに挑んでいた。





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