第六話


数日後…
ダル・セーニョの剣術大会は今や
世界中の剣豪達の間で大規模な大会として認められており、
人間、魔族問わず剣を嗜むものなら誰でも参加できるので
今日も朝から会場となるダル・セーニョ城の練兵場の前では出場希望者が殺到していた。

「オクターブ連邦、マリンバ!出場を申し込む!」
「西国陵王国、カヤグム!同じく出場を申し込む!」
「うわわ、皆さん押さないで下さい〜!!」
主催者側のチーフとなっているクルムは朝から出場者の受付を引き受けていて
頭と身体をフル回転させていた。
既にこの練兵場から数キロに渡るまでの長蛇の列と化している参加者達の人員整理も
大変なことになっている。
中にはこの長蛇の列に望みもしないのに巻き込まれ
必死に抜け出そうとする人々の姿もあった。
列を抜けるのが遅くなってしまい、参加希望者と間違われる人間も多々。
その様子を遠目からすでに参加を表明し終わった王宮の騎士たちは呆然としながら見ていた。


「だんだん人が集まるようになったと思ったら、まさかこれほどの大会になるとはな…」
この剣術大会が始まった初回から参加しているブラッダーは驚きを隠せない。
「仕方ないですよ。『年齢、身分、国籍、種族問わず!』なーんて銘打ったら、
腕の自信のある剣士は誰もが疼きますって…」
珍しく彼の隣にいるのはクラリオンであった。
彼女やオフィクレードも今回の大会に参加するとのこと。
チーフとして仕事に追われているクルムの話によると久々の大会ということもあいまってか
参加者は前回の倍近くになる模様…とまでいわれていた。
更に今回はあのチェレスタが参加するということで、
傭兵の中で一番実力があり、大会でも優秀な成績を上げている彼や国王との
一騎打ちがありえるなどの噂が国中に飛び交い、
さまざまな人々が既に観客として会場となる練兵場に押しかけていた。
「ブラッダーさんも師匠もこの国の人気者だから押しかける気持ちはわかりますけどね…
 あそこまでやらなくても」
横断幕を背負っている熱狂的なファンの姿を見て、クラリオンは少々あきれた顔をしていた。
「おいおい…あれは、俺じゃなくてヴァージナル目当てだろう。」
「何いってるんですかー!私、久しぶりにこの国に帰ってきたんで
知り合いから色々情報を聞いてるんですが
あそこの女性軍団なんかあなたのファンだって聞いてますよ!」
「はあっ?」
さすがに彼もその言葉にそんな間の抜けた言葉を発せざるおえなかった。
一応彼女たちの姿を見てみると、こちら側に気がついたのか
彼女たちはわーわーと何か騒いでいる。
中には顔を赤らめているものも多々。
「俗に言う『おじん好み』ってやつですかね〜」
「人間の女はよくわからん…」
そんな彼女たちの様子に彼は思わず目をそらした。
一応彼も、王妃であるコルネットのそばにいることも結構あるが、
そのコルネットも結構どぎつい少女趣味でオフィクレードの頭を悩ませているところと
あの少女たちの行動に何か結びつくものがあった。


「そういえばヴァージナル…お前の師匠はどこへ行ったんだ?」
何の気もなしに彼はクラリオンに尋ねた。
「ああっ!そーだ、私師匠を探していたんだった!ちょっと探してきますー!」
クラリオンは座っていた王宮の窓から軽やかに飛び降りて走り出そうとしていた。
すると唐突に彼女はブラッダーの方を振り向いて、
「今日は師匠とブラッダーさんの『答え』が出る日ですよね…」
彼はその問いかけにただ黙って頷いた。

「私は…お二人の悩みとか、苦しみとか…まだ子供だから体験したことがなくて…
完璧にお二人のことを理解は出来ないけれど…これだけは言っておきたいんです。
たとえどちらが勝っても負けても、お二人が答えを見出せることを願ってます。」
彼女は彼に向かってはっきりと、意思のある瞳で彼を見つめながら言った。

彼女より長く生きている二人にすら未だ見えない『強さ』。
それを確かなものとして得るためには…その本質を知るためには戦うしかない。
けれどもそれは勝つとか負けるとかそういうことで導き出せるものではない。
クラリオンはその答えを見つけ出すためにどうすればいいかはまだ想像できなかったが、
ただ二人のことを思い、純粋な心で師と彼の決意を応援していた。

(子供だと思っていたが…やはりヴァージナルの弟子だな)

彼女のそんな姿を見て、ブラッダーは改めて決意を固める。
そして、彼女にあまり使うことのない『ある言葉』を自然と発していた。
「クラリオン、お前の心遣いに…感謝する。」
それに対し、彼女は満面の笑みを浮かべて答えた。
「いえ!それと一介の剣士として純粋に師匠との勝負、楽しみにしていますんで!」
そう言って彼女はまた駆け出していった。
そして彼は思う。

彼女やオフィクレードのような人間が多くいれば…この国は安泰だと。


一方、クラリオンが探しているチェレスタは朝から王宮の方へ馳せ参じ
トロンやコルネット、オフィクレードに挨拶をしていた。

「ということは今回の大会に国王は参加されないのですか?」
チェレスタが公務の書類がどっさり置かれている机の傍に立って座っているトロンに尋ねる。
「ああ、俺も参加したいのは山々なんだが魔族をこの城に雇い入れるようになって
色々この国の制度を根本的に見直すことになってな…」
彼は羽ペンで色々な書類に目を通し、サインをしながら答えた。
「私もスフォルツェンドの大神官の妹ですから先に改革が進められた
お兄様やパーカス様から頂いた資料を元に協力させて頂いているのですが…
思った以上に中々進まないものですわね。」
コルネットもまた、手に大量の書類を持ってトロンの傍に立っていた。
彼女もまた兄・クラーリィから譲り受けた魔族との融和政策のノウハウを
夫であるトロンに伝授していた。

しかし才知に優れた彼女の兄と長い間スフォルツェンド王家に仕え
政治に関する知識が豊富だったパーカスでも
この政策の計画を練り、実行に移すのには長い年月を賭した。
今回ダル・セーニョはスフォルツェンドと違い、国の制度そのものを変えるのではないため
時間は短縮されるだろうと思ったが、
思った以上に国王であるトロンに課せられたものは多かった。
魔族を受け入れるにも国民や他国との信頼関係を崩すようなことはしたくない。
そこから切り詰めていくと街道や住居の整備などの問題なども出てきて、
中々本題に進めないのだ。
こんな会話の合間にも公務に励む二人の姿を見て、チェレスタは申し訳なく思っていた。


「すみません、国王…ただ剣を振るだけの私が…お役に立てなくて…」
「何言ってんだよ、チェレスタ…お前はお前のできることをやってるじゃないか。」
「そうですわよ!政治は私達の仕事ですから…
別にチェレスタさんが謝ることではありませんわ。」
「そうだよ!チェレスタは騎士団長として、立派に皆に誇り高き剣を教えているじゃないか!」
何時の間にかオフィクレードも加わってチェレスタをなだめる。
家臣に対し、これほどにまで親身になる王族は珍しい。
王族という身分でありながらトロンたち一家はまるで家臣たちに家族のように接していた。
チェレスタは三人の心遣いに改めて感謝していた。
そして決意をこめた表情で、トロンに一冊の書類を差し出す。

「チェレスタ、これは…?」
差し出された書類にざっとだが目を通すトロン。
「見てくだされば、分かると思います…」
チェレスタはそういって複雑な笑みを浮かべた。
コルネットはそのチェレスタの姿を見て、不思議そうな顔をしていたが
オフィクレードは薄々だがその彼女の姿に思い当たる節があった。
そして書類を見ていたトロンの表情がこわばる。
「チェレスタ…お前…」
「突然のことで本当に申し訳ないと思っています。
しかし、どうしても…このダル・セーニョで一介の剣士としてけじめをつけたかったんです。」
チェレスタは改めて国王であるトロンに頭を下げた。
トロンはそんな彼女の姿を見ながら答える。
「分かった…ただ、この書類の件に関しては俺はまだ印を押さない。
最終的にどうするか決めるのは…お前なんだからな、チェレスタ。」
そう言って彼はその書類を懐にしまった。
「ありがとうございます、国王。」
そう言って彼女は部屋を立ち去っていった。
そしてそんな緊張した雰囲気が解けてトロンは椅子にゆったりと腰掛けなおした。


「チェレスタさんは…どうする気なのでしょうか?」
トロンの横から書類に目を通していたコルネットがトロンにたずねた。
「どうするもこうするも…あいつがこれを出してきた以上、
 あいつには相当の覚悟があるんだろうな。」
彼は書類に今一度目を通してその内容を確認していた。
それに対し、チェレスタの帰国パーティの日の夜の出来事を思い出して
オフィクレードが答えた。
「ヴァージナルはあの日、言ってたんだ。
『お互いに…戦うことで自分達の迷いを断ち切ろう』って…
だからこれはヴァージナルの覚悟なんじゃないかって思う。」
「でもまだ納得はしていないお顔をされていましたわ。
頭では理解していても心では追いついていないのかも…」
コルネットが複雑な表情をして答える。
「だからこそ、この書類を父さんに託したんだ。
最終的に答えを出すのは自分だけど…今は、まだその答えが見えてないから」

「それをブラッダーとお互い出し合うのが今日って訳か…
ったくクルムといいあの二人といい、
どうして俺の周りにはこう生真面目すぎる奴ばっかり集まるんだか…」
トロンがそんなことを呟いた。
「そうですわね…もう少し肩の力を抜いて生きていったほうが宜しいのに」
夫の意見に妻であるコルネットも同意していた。
そんな父親と母親の姿を見て自分も真面目な性格のオフィクレードは、

(この二人、その原因が自分達にもあるって気が付いていないのかなあ…)

と思っていた。



チェレスタは王宮の回廊を歩いて会場である練兵場に向かおうとしていた。
その表情は険しいものだったが、彼女の瞳はしっかりと前を見つめていた。

「あっ師匠……」

ようやく彼女を発見できたクラリオンもその彼女の姿に言葉が続かない。
もう彼女は剣を振るうことに集中しているのだと容易に想像がついた。
クラリオンはただ、彼女の邪魔をしないように後ろについて歩いた。
そして歩を早め、外に出ると練兵場の入り口には大勢の参加選手に混じりながらも
彼女と同じく瞳に覚悟を宿したブラッダーの姿があった。
彼の前を通り過ぎようとするとき、彼女は彼の方を向いて

「お互い…全力を尽くして…決勝で会おう」
「ああ…」

それだけの言葉でもお互いのこの戦いに賭ける思いは十分理解しあえた。
そしてブラッダーとチェレスタは共に、最初の戦いのために
その入り口である練兵場の門をくぐろうとしていた。




     index