第五話



「なっ…何故…お前が騎士団長を辞めるんだ。
お前の帰りを待ち望んでいた兵士達は多いのに。奴らの事を…お前は…」

その彼女の発言にブラッダーはただ驚くことしかできなかった。
呆然とする彼の隣でチェレスタは複雑な笑みを浮かべながら、
「言い訳にしかならないかもしれないが別に…
騎士団長の仕事が嫌になったとかそう言う訳じゃないんだ。
むしろ…悔しいかな…?」
「悔しい…?」
彼女はそう言うとしっかりと立ち上がり満天の星が光る空を眺めながらまた呟く。
彼女が眺めている夜空にはかなり強烈な光を放っている7つの一等星がある。
彼女達は知らないがそれはかつて…スフォルツェンドでホルンが予言した『希望たち』の象徴。
ハーメル達の持つ『希望』の輝きに例えられていた。
そしてその少し離れた場所にまた7つの星が漆黒の夜の闇の中、燦々と輝いている。
それはこの世界をまた平和に導いた二代目勇者達の『希望』の星。
自分の力で輝きを作り出している星達はまるで
太陽の光を浴びて輝いている月と同じくらいこの世界を照らしているようでもあった。


「自分で言うのも何だけど『限界』…なんだ。
医師の話では…あと2、3年で全力で剣を振るうことは…出来なくなるらしい。」

あまりにも重いその言葉。
誇り高き剣を振りつづけこの国を守護するダル・セーニョの騎士団長…いや剣士にとって
自分の剣が振りたくても振れなくなる事がどんなに辛いことか
ブラッダーには安易に想像できた。
自分が…かつてギータに幼い頃に剣と修行の場所を奪われ、
ギータが死ぬまで剣を振るうことができなかったその悔しさと同じ。
「人間っていうのは…こういうところでも脆弱な存在…なのかもしれない。
どう抗っても『時』というものには勝てないのだから。」


そう、ペルンゼンゲルが魔王候補として出てきたこの20年後の世界では
かつての勇者であるハーメルとフルートは…もう戦う術を失っていた。
人は時が経つに連れて変わってゆく。
20年前は純粋だった少年や少女が成長し、大人になり、結ばれ、子供を作っているように。
時はよい方向にも悪い方向にも人を変えてゆくのだ。
彼女もまた、人としての『肉体』の限界が近づいていた。
まさに砂時計が落ちてゆくように。


「さっきの昼間の騒ぎの時…動きが鈍っていたのはそのせいなのか…」
彼も一介の剣士として彼女の異変に繋がることをその目で見ていた。
魔族の攻撃を回避する時の跳躍が心なしか鈍っていたために、
ロープが切られ姿が露になったということを。
チェレスタはそれにただ頷くだけであった。
「『剣が振れない騎士団長』なんていたら困るだろ?
だから…その時が来る前にけじめをつけるためにここに戻ってきたんだ。」
そう言うと彼女は後を振り向いて、二本の剣を抜刀する。
そしてその一振りを自分がさっきまで腰を降ろしていた大木を一刀両断した。
一瞬の出来事でその太刀筋は普通の人間では直視することは出来ない。
しかし、大木は完全には倒れなかった。
ほんの一部分だけ、斬れなかった部分があった故に。


「だが…お前はそれで…本当に満足しているのか?
今のお前は…迷っているように見える。」


その姿を見たブラッダーは彼女にそう問い掛ける。
数日前に自分が騎士団長の老人から問い掛けられた問いを彼女に向ける。
まるで自分自身にも問い掛けるように。

『迷いは剣を鈍らせる』。

老人のその言葉通り、チェレスタの剣もまた『剣を振れなくなる』という動揺から
鈍り始めていたのに彼は気がついた。
「…確かにお前の言うとおりだよ。
お前が自分の『強さ』に迷いを感じているのと同じ…なのかもしれない。
私も…このいつ、消えてしまうかもしれない『強さ』に迷いを持っているんだ。
さっきまで偉そうなことを並べて…お前に説教していたが…私だって…迷っているんだ」
「ヴァージナル…」
「だからこそ、今度は私がお前に尋ねたい…私はどうすれば…いいと思う?」
ブラッダーはその答えに詰まった。

確かに『時』は今までの強さを封印してしまう。
人間の…失われゆく強さは止めることができない。
それでも今までの強さがなくなってしまっても出来ることはあるのではないかと彼は思った。
自分もそうだがただ迷っているだけでは何も始まらない。
ならば…自分にできることは一つしかない。
彼の脳裏には一つの手段がよぎった。


「ヴァージナル…俺と、戦って欲しい」
「えっ?」
その言葉にチェレスタは驚く。
「俺は……その問いに対して明確な答えを出すことが出来ない。
自分自身の強さについても同じだ。
俺は魔族だからどうやってお前の気持ちに答えてやっていいかまだ…分からない。
でも…これだけは言える。
戦うことで俺は大切なものに気が付いてきた。トロン王との戦いがそうであったように…
本当の『強さ』は何か…それで知ることができるはずだ。」

戦うことが強さに直接繋がるというわけではない。
だが彼はトロンとの戦いで戦いの中で強くなるために必要なものを見出された。
今回も同じように、戦いの中で自分と彼女の迷いを解決する道を彼は選んだのだ。


「お互いに…戦うことで自分達の迷いを断ち切ろうということか…ならば」
チェレスタは彼が導きだした方法を聞くと、ふっと笑みを浮かべ二本の剣を抜刀する。
そしてブラッダーにその剣を向けた。
彼もまた瞬時に背中の大刀を抜刀し、それを防ぐ。
二つの剣がぶつかる音がダル・セーニョ城の夜空に響く。
「ならばブラッダー!お前の言うとおり戦おう!
それが答えを導き出す手段というならば!!
お互いの答えを…この戦いで出そうではないか!」
「ああっ、言っておくがダル・セーニョの騎士団長とあろう者に手加減はしないぞ。」
「こちらだって…元・魔界軍王のお前に容赦は一切無用と考えているからな」
二人はお互いを見つめあい、頷いた。


「じゃが…それは何も今でなくてもよかろうて。」


その声に臨戦体制だった二人はすかさず振り向く。
二人の会話の間に何時の間にか割り込んできたのは
二人を出会わせた張本人の騎士団長のじっちゃんだった。
彼の隣にはオフィクレードとクラリオンの姿もあった。
「しっ…師、それにクラリオンもこんな夜中に一体どうして…?」
困惑するチェレスタにクラリオンは、
「そりゃああんな剣の音がすれば寝ていた私でもすぐに起きますよ。
仮にも騎士団長の弟子なんですからナメないでくださいね。ねっ王子?」
彼女に話をふられたオフィクレードは眠い目をこすりながら、
「うん…僕も二人が気になってつい隠れてきちゃったんだけど…」
「ほほほ…弟子二人の気配に気がつかんとはおぬし等もまだまだよのお…」
豪快に笑う老人を見て、二人はただ呆然とするしかなかった。

「しかし、今でなくてもということは…?」
ブラッダーが老人に尋ねると、彼はこう答えた。
「ほら、前に国王が言う取ったじゃろ。剣術大会を明後日…開くとな。」
トロンとブラッダーとの戦いの後から始まった魔族と人間が共に剣技の腕を競い合い、
精進するための剣術大会。
最近はトロンの公務が忙しく中々実行に移す機会がなかったが
今回ようやくその話が通ったと言う。
二人が全力で戦うには今より最適の環境であると老人は思っていたのだ。

「今、おぬし等が全力で戦いなんぞをここでされたら、
翌日の掃除をやるのは誰だと思っているんじゃ!
今でももう木を一本切り倒しおってからに…
またお主らの部下どもがお主の尻拭いをせにゃならんのだぞ。」
からかうような口調で老人は二人に述べた。
確かに老人の言う通り、彼等が全力で今この場で戦いなどをしたら
確実に城の城壁などが壊れたり、木が倒れたりと損害が続出する。
そうなるとまたクルムが頭を抱える様子や二人の部下たちが眠い目を擦りながら
復旧作業をする様が彼らの間に思い起こされ、二人はそれに対して苦笑いを浮かべた。

「そうですよ!そんなことにならない前に、
きちんとした場所で戦いましょうね!お二人とも!」
クラリオンがそれに続いて言う。
「また父さんが公務で忙しくなるのも息子の僕としても嫌だなあ…」
オフィクレードもそれに続く。
弟子二人にそのような一言を次々といわれ、
二人は苦笑いを浮かべながらもさっきの深刻な表情から一転して
すっかり穏やかな表情になっていた。
その様子に老人は安堵の表情を浮かながら、二人にこう言った。


「戦うにしても…答えを見出すにしても焦ってはいかん。
明後日までじっくり時間はある。
もう一度その自分達の…『強さ』について考えてみてはどうかの?
そして…それぞれの『答え』をその場で見出すがよい。」


その一言は今の二人に深く染み入った。
互いの答えを導き出すために、互いに戦うことを選んだ二人。
満月はその二人の姿を、二人の剣と共に更に克明に明るく照らしていた。







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