第四話



そんな王宮の広間で繰り広げられている宴の明るさとは対照的に、
暗く静まり返った王宮特徴の広々とした廊下を
ただ一人ブラッダーは見回りのために歩いていた。
彼はあまりああいった宴の席を好む性格ではなかったのに加え、
昼間の事件のことも相まってか何となくトロン達に顔を合わせづらかった。
そして何より今の自分について静かなところで落ち着いて何かを考えたかったのだろう。


今までの単なる『強さ』を求めた戦いではない『誰かを守るための』戦い。
それを戦い抜ける『強さ』が自分自身の中に本当に存在するのか?


彼はただそれだけを悶々と考えていた。


すると彼の目にふらふらとこちら側に歩いてくる妖しい人影が見えた。
明かりがともっていないにも関わらずランプも持たずに歩いているということは
即ちその存在をこちら側に気がつかれたくない証拠。
つまりそんな容貌でこんな時間にここをうろうろしている輩は大方泥棒か何かだろう。
彼はそう思って背中に背負う大刀を構え、相手の様子をうかがった。
昼間のような失態は犯したくない。
そんな思いもあったのだろう。
相手側が行動を起こした瞬間、彼は自身の持ちうる能力を生かし
すばやく相手側の方へ移動し、
ほんの一瞬で抜刀し喉元へ剣を付こうとした。
だが、剣は何かに反発し弾き返された。
彼の剣を弾き返したのは音から察するに同じ剣であるのは彼の耳ですぐに分かった。
それとほぼ同時に窓から少しばかり月明かりが入ってきて、相手の姿を照らし出す。
そこにいたのは昼間、自分を助けこの国に舞い戻ってきたばかりの女剣士の姿。
彼女は剣を鞘に収め彼に言った。

「通りかかった瞬間にいきなり斬りつけるとは…
私じゃなかったら問題になっていたぞ、ブラッダー」
「すっすまない…つい侵入者かと思って焦ってしまって…」
「いや、こんなところに明かりも持たずにふらふらしていた私も…悪かったよ…」
そう言うと彼女はぐったりとした表情でブラッダーの方へ倒れこんだ。
「おっおい!ヴァージナル!!」
さっきの攻撃が当たっていたのかとブラッダーは一瞬混乱して、
彼女の身体を支えながらその様子を見る。
しかし目立った外傷は存在せず、彼は首を傾げるしかなかった。

「すっすまない…どうやら…酔ってしまったらしいんだ…」

そういうチェレスタの顔は随分青ざめていた。
これには流石のブラッダーも目が一瞬点になった。
妖しい歩き方をしていたのもそれが理由か…
そう思いつつ彼は彼女の肩を支えて医務室へ行くよう彼女に促した。
しかし彼女は首を横に振り、外の空気を吸えば多少良くなるからと
彼に王宮の中庭に連れて行ってくれと頼んだ。
ブラッダーは彼女の言うとおりに彼女を連れて中庭に出た。


中庭に出ると空気が澄んでいるのか、
満天の星空が一つ一つとこの夜空をそっと照らす満月とが、
しっかりと視覚で感じ取れた。
ブラッダーは朝、オフィクレードと稽古を行ったあの木陰の場所に
酔いの覚めないチェレスタを連れて行った。
彼女は大丈夫と言いながらそこへ腰をおろした。

「はは…ダル・セーニョの騎士団長がたったのワイン一杯で
 こんなに酔いつぶれてしまうとはお笑い種だな…」
自嘲気味な声でチェレスタが言う。
「本当に一杯しか飲んでいないのか?酔い方がそれにしては酷すぎると思うが…」
少々からかうようにブラッダーが彼女に言う。
「ああ、本当に昔から酒は苦手なんだ…こんな歳になってもね。
そういうお前はどうなんだ、ブラッダー」
そうチェレスタが尋ねるとブラッダーは自分の記憶を思い起こす。
魔界軍にいた頃から今まで酒というものを飲んだ記憶があまり無かった。
昔は自分のいた幻竜軍の軍王・ドラムやその部下の竜族達がやたら酒を好み、
酔って淫らに暴れまわり自分が鎮静に加わったくらいの記憶しかない。
ここにやってきた当時、トロンが宴の一杯だと自分のグラスにそれを盛り、初めて飲んだが
自分にとってそれ程快楽を得られるものではないと思ってそれ以上は飲まなかった。
「俺も…それ程好きではないな。
 トロン王から振舞われた時もそれ程よいものとは思わなかった。」
苦笑いを浮かべながらそう答えた。


「そうか…しかし毎回帰って来て思うがつくづくこの国の人間は宴が好きだな」
チェレスタが少々あきれた表情をしながら言う。
「国王と王妃が張り切っているからだろう。
よく王子やクルムがそれに関して俺に愚痴をこぼして来る。
あの二人は根が真面目過ぎる帰来があるからな。
でも…俺はそういうのは別に悪いことではないと思う。」

国王という身分にも関わらず明るい笑顔でまるで少年のように瞳を輝かせるトロンと、
少々少女趣味が強いといえいつも自分達のために大量の食事を料理してくれるコルネット。
その二人の子供であり、自分の弟子のような存在であるオフィクレード。
そしてクルムや騎士団長のじっちゃん、
兵士達が自分達を暖かく迎え入れてくれた姿を思い出し、
穏やかな表情でブラッダーは答えた。
それは昔の彼からは到底考えられないような幸せそうな顔であった。


「そうだな…この王国はいつも暖かく迎えてくれる。
私もいつも帰ってくるとそう思う。
だから…例え遠くにいてもこの国を誇りに思っている。
この国にいる人々を誇りに思っている。
皆も…こんな私を慕ってくれている。
そうやってお互いが『信じている』から…お互いの背中を預けられる、
そしてお互いの…笑顔を守れるんだ。」

彼女はそう言いながら自分の胸に飾ってあるブローチに手をあてる。
そのブローチはダル・セーニョ王国の国旗をかたどったブローチであった。
まるで彼女がこの国を自分の心に刻んでいるかのようにそれは見えた。

「俺も…そうなれるだろうか、お前のように…強く…
そんな守るべきものを…国王が教えてくれた『誇り高き剣』で救うことができるのだろうか?
ただがむしゃらに強さを求めていた俺の目を国王が覚ましてくれて、
身体を張って『誰かのために剣を振る』ことが強くなることだと教えてくれた…
そのために俺は…『誰か』のために今まで鍛え上げてきたのに…
いざとなったらそれが出来なかったことが…」
ブラッダーはふと自分の今の本音を呟いた。
鍛練を積み重ね、強くなったと確信していたのにたった一度だけ
目の前にいるその『誰か』を守りきれなかったが故に
人々を守るための剣の強さに対する確信が揺らいでしまったこと。
そんな自分の不甲斐無さを感じているからこそ彼は彼女に尋ねた。
魔族として生まれついた自分より本来の能力は劣っているはずの人間の彼女に。
そんな彼に酔いが醒めてきた彼女は夜空を仰ぎながらゆっくりと答える。

「『誰かのために』剣を振るってことは…簡単なことじゃない。
それを実行することも、理解することも時間がかかるんだ。」

あのトロンも幼い頃先王からそれを教わっていたが、
それを理解したのは北の都を目指す旅の最中だった。
まだ脆弱で弱虫で泣き虫だった彼が両親の敵として敵対視していたサイザーがこの地で
彼にどんなに疎まれようとも彼女の母・パンドラと同じく皆のために戦う姿を見て、
彼はそれを理解し、その力で魔族に囚われていた兵士達や両親である国王や王妃の魂、
そして北の都の牢獄に閉じ込められ生きることを放棄していた人々―
今のこの国の国民の心をを魔族から救ったのだ。


「お前はまだここにきて日が浅いから…いろんな面で戸惑いを受けるかもしれない。
でも焦る事なんて無いんだ。
私だって騎士団長になって最初のうちその…数ヶ月前のお前みたく
一つの物事に固執して、ただがむしゃらに戦ったりして…何度も失敗していたからな。
その弱さをただ…ダル・セーニョを守ることを通して隠したいと思ったこともあった。」
「ヴァージナル…」
ブラッダーにとって彼女その言葉一つ一つが重く受け止められた。
彼はチェレスタの今までの人生を知らないが彼女も昔、
自分と同じように彼女なりの葛藤があったのだろうということだけは
充分察することができた。

「それに昔から今でも自分の不甲斐なさを感じたことは何度でもある。
昼間だって…お前の力が無ければ…あの事件は解決できなかったよ。
あの魔族を倒せたのはお前が力を貸してくれたお陰だ。」
「何故…そんなことを言う。あの時のお前は…俺を助けてくれたではないか?」
ブラッダーが彼女にそう問い掛ける。
すると彼女は首を横に振りながら、


「ブラッダー…何故、私が今回ここに戻ってきたと思う?」
「えっ…」
当たり前だが、ブラッダーはその理由が皆目見当がつかなかった。
ただ皆の無事を確認したかったから…
それだけの理由ではないらしいということは彼女の表情から確かだった。
するとチェレスタは自身の二刀流の剣を力強く握り締めながら呟いた。


「実は…今回私は騎士団長を…辞めるつもりでここに来たんだ。」


その彼女の言葉とほぼ同時に、彼女が腰をかけていた大きな大木の葉が風で揺れ動いた。





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