第三話



「その顔…私が『女』だってことに驚いた表情だな?」
彼女は少し苦笑いを浮かべながら彼に言った。
「あっああ…俺が聞いていたのはお前の名前だけだったからな…
誇り高き剣士にそのような偏見をもってしまってすまない。」
そういって彼はチェレスタに礼をした。
「いや…よく他国の大臣や大使からも間違われるから気にはしていない。
これでも状況は良くなったほうさ」
もう20年も前の話だが当時の世界会議の場でホルンが女性ということで
グロッケン大帝にその政策を愚弄され、
同じように世界中の女性兵士達がそのような目で見られた時期があった。
チェレスタも当時はまだこの地位についていたわけではないが
彼女に対する世間の風当たりは決して良いものではなかった。
その時代に比べれば性別の差、種族の差が取り払われようとしている現在は
彼女にとって良いものになっていた。


「ああー!こんなところにいたんですか師匠!探しましたよ!!」
「ブラッダー、大丈夫!?魔族は!?」
そんな会話をしている間に大分遅れてオフィクレードや王宮の兵士達が礼拝堂にやってきた。
オフィクレードの隣にはチェレスタを『師匠』と呼んだ見知らぬ少女が立っていた。
軽装の鎧をつけた10くらいの少女で
この国では珍しい黒髪のロングヘヤーが大きな特徴だった。
「王子…大丈夫だ、この…ヴァージナルと共に何とかな。」
「あっ!ヴァージナル!!もう来てたの!!」
オフィクレードはチェレスタの姿を確認すると目を輝かせた。
彼女は礼儀正しくオフィクレードの前に跪いて、
「お久しぶりです、オフィクレード王子。
騎士団長・チェレスタ=V=オブリガード、只今帰国いたしました。」
「えっ…あっ…うん、お帰り…」
普段あまりオフィクレードの家庭では王族であるにも関わらず
あまりこういう礼儀正しい仕来りに囚われていないので、
たまにこう言った場になると少し彼も緊張するのかそのチェレスタの姿に動じていた。


「もう、師匠ったら…王子が混乱しているじゃありませんか」
少女がその場をとりなすようにチェレスタに声をかけた。
「リオン、お前は礼儀をもう少しわきまえたほうがいいのではないか?」
チェレスタは跪くのをやめて、弟子にそう忠告した。
「はっはい…」
師匠のその言葉に流石に弟子である彼女も居竦まる。
ブラッダーはその場に少し取り残された気分になっていた。
それにいち早く気がついたオフィクレードがすかさず、
「あっ、そう言えばブラッダーに紹介してなかったね。
 もう知ってると思うけど改めて説明するよ。
 こっちがじっちゃんが一昨日紹介したヴァージナル。そしてこっちが…」
「クラリオン・スケルツォです、ブラッダーさん。
師匠…チェレスタの弟子で皆からは『リオン』って呼ばれてます。
改めてよろしくお願いします!」
「ああ…よろしく」
クラリオンと名乗ったその少女は快活そうな顔で敬礼しながら魔族である彼に物怖じせず、
いや魔族に馴れていると言った表情で自己紹介した。
彼女もまたオフィクレードと並ぶくらいまだ10歳といえども大人びていた。
チェレスタの弟子ということは彼女からの影響も大きいのであろう。


「さっ、ヴァージナル。父さんも母さんもじっちゃんもクルムも皆ヴァージナルの帰りを
待ち侘びていたんだよ!早く早く…!!」
オフィクレードがそういいながら楽しそうにチェレスタの手を取った。
「おっ王子…しかし私はこの事件の指揮をとらねば…」
流石に彼女も困った表情をしながら答える。
「いいじゃないですか師匠!折角2年ぶりのダル・セーニョなんですから…
それにほら、兵士の皆さんだって師匠の帰りを心待ちにしていたみたいですよ」
クラリオンが目配せする先をチェレスタが見ると、
せっせとこの場の後片付けをしようとしていた兵士達がロボットのように身体を固くしながら
顔を赤らめてその場に立っていた。
そして彼らは口々に彼女が帰ってきたことを素直に喜んだ。

「お帰りなさい!ヴァージナル様!」
「俺たち、ヴァージナル様の帰り本当に心待ちにしてたんスよ!」
「ほら!早くしないと折角コル王妃が作ってくれたディナーが冷めちまいますよ…!!」
中には感激のあまり涙を流す者もあった。
彼らのその姿に彼女は少しだけだが頬を赤らめていた。
それを悟られないようにしてふいと顔を彼等からそむける。
それを後押しするように、ブラッダーが彼女の肩を叩いて、
「王子達がそう言っているんだ…早く行ってやったらどうだ。
この場の後始末なら力のある俺のほうが手伝えるしな」
彼女と兵士達の姿を見ていると、
彼も同じようにただ強さを求めていた頃から自分を理解し、付いてきてくれた
今はここで共に働く部下達のことを思い出したのだろう。
「そうですよ師匠!!ほら早く早く!!」
オフィクレードと同じようにクラリオンもチェレスタの手を引っ張りながら言った。
皆のその後押しにチェレスタは少しばかり俯いた後、
「じゃあ…頼む、ブラッダー。迷惑をかけるな…」
「いや、それはこっちの方さ…帰って来た矢先にこんなことに巻き込んでしまって」
そう彼女に言うブラッダーの瞳が少し揺らいでいたのを彼女は見抜いていた。
しかし彼女は遭えてそのことについて言及しなかった。
彼女なりの気遣いがあったのだろう。
彼女はオフィクレードとクラリオンと共にその場を後にした。


そしてブラッダーは残った兵士達と共に倒された盗賊たちの牢への護送を手伝い、
戦いで半壊した礼拝堂の後片付けに当たっていた。
その間に先ほどの戦いのことや彼女のことが頭にちらついていた。
そして一昨日の朝騎士団長の老人に指摘された『強さ』に対する迷いを改めて実感した。
魔族である自分が今までに縁の無かった『誰かのために剣を振るうこと』の難しさを
あの戦いで痛感したのだ。


(俺は…あれから…強くなってはいなかったのか…?
強くなったというのは単なる自己満足でしかなかったのか…?)

彼は残りの瓦礫を片付けながら彼は自問自答していた。


その夜。
ダル・セーニョ城の大広間ではチェレスタの帰還を祝い、
本人の意向によるささやかな(?)パーティが行われていた。
皆それぞれが2年ぶりにこの国に戻ってきたチェレスタの帰還に喜んでいた。
コルネット手製のローストチキンがテーブルに並ぶと
普段の鍛練や警護に忙しい兵士達が一斉に食いついてくる。
これには彼女も「作った甲斐がありますわ〜」と大喜びであった。
クラリオンはオフィクレードと一緒に大人達に混じって
大きなローストチキンを切り取ろうとしていた。
「王子、このくらいでいいですか?」
まるで実の姉のようにオフィクレードの世話をするクラリオンは
彼のために適度な量のローストチキンを盛った。
「うん!リオンはもう少し食べなくてもいいの?」
「大丈夫!お気遣い無くですよ、王子!私今ダイエットしてる途中だから…」
「ダイエット…?」
きょとんとした表情でオフィクレードはクラリオンを見た。
一応ダイエットという言葉自体は認識していたが、
それが彼女くらいの年頃にとってどういうものなのかは
まだ6歳の彼にとってはあまり想像がつかなかった。
そういった面では彼女はお年頃の女の子の側面をきちんと持っているのだろう。


そんなちょっとしたお祭り騒ぎの中当の本人のチェレスタは
会場の隅の方でグラスワインを片手に持って窓から見える満月を眺めていた。
そこにようやく公務を終えた若きダル・セーニョの王トロンとその付き人のクルム、
そして元・騎士団長の老人がやって来た。
「よっ、チェレスタ!久しぶりだな…」
「王…」
チェレスタは久々にその姿を見て、すぐさままたオフィクレードと同じように跪いて言った
「騎士団長・チェレスタ=V=オブリガード、只今帰国いたしました」
「おいおい…チェレスタ。
毎回毎回思うけどよ、そんなにかしこまらなくても…」
トロンもこの堅苦しいチェレスタ流の挨拶になれていると言えども
息子と同じように少々動じていた。
「すみません、どうも昔からの癖が抜けないもので…クルム様も師もお久しぶりです。」
立ち上がってまた彼女は礼をした。
「いえいえ…ご無事で何よりですよ。」
クルムはそう彼女に声をかけた。
「今回の旅はどうじゃったかの?」
そう老人が尋ねるとチェレスタは何時もの険しい目つきを少し緩めながら答える。
「ええ、良いものでしたよ。今回は南の方まで行きましたから…
北方生まれの私やクラリオンの体力が持つかどうか問題でしたが何とか。
旅の厳しさは随分昔から馴れていますから。」
「そういえばもうお前の剣術指南の旅も…15年になるんだよな。」
トロンが感慨深そうに呟く。

元々15年前先代騎士団長の推挙によりダル・セーニョの騎士団長に就任した時点では
チェレスタは普段からこの城に常駐しており、
トロンが他国の王との会談の場合にもボディーガードとして同伴していた。
しかし『ある事件』をきっかけに、彼女は騎士団長という身分でありながら
自分の剣術を、昔魔族から自分を守る術がなかった地域に広めようと
数年前から、世界を廻る旅を続けていた。
今では本来守るべき国にいるよりも旅をしている時間の方が多くなってもいた。
国を投げ出して旅に出たも同然の彼女の風当たりが
このダル・セーニョで強くなってしまうのではという懸念も当初はあったが
トロンを含む大多数が彼女のその信念の強さに快く同意し、特に彼女に指南を受けた兵士達は
彼女の強さや丁寧な剣術指南を知っているからこそ、
彼女に自分達のためだけでなく他の人たちのために剣を振るって欲しいと
旅に出る彼女を見送り、自身たちは彼女を落胆させないよう一層剣の鍛練に励んだ。

「そうですね…」
彼女は腰にかけてある愛刀の二刀流の剣を握り締めながら複雑な表情を浮かべた。
その姿にトロンとクルムは少々不可解そうな顔をしたが
彼女の師匠である老人は何かを察したらしい。


「しかし今回はどうなされたんです?いつもはもう少したってからいらっしゃるのに…」
クルムが何の気もなしに彼女に尋ねる。
「この国が魔界軍王に襲われたという知らせを聞いて、いてもたってもいられなくなって…
でもあの様子を見て安心しました。」
そう言って彼女は向こう側でコルネット特製ローストチキンの取り合いを繰り広げている
人間の兵士と魔族の兵士を見る。
以前はこの国を滅ぼした『敵』が今はこうやって
国の中心であるこの城で肩を寄り添いあって生きている。
時代は変わったのだと改めて彼女は感じた。
「リコーダーちゃん達が協力してくれたおかげだよ。」
「ああ…あの勇者ハーメルとフルート王女の実子の…一度お礼を申し上げたい」
チェレスタは感慨深そうに言った。
リコーダーが二代目の勇者としてオフィクレードと共に旅を続けて、
世界を救ったということは彼女の耳にも入っていた。
そして…自分がいない間にこの国を守る手助けをしていてくれたことに
感謝の意を表したいと思っていた。

「リコーダーさん達の協力のお蔭でこの国にも魔族の兵士が増えてきたんですよ。」
「人類最強の剣士であるオレと魔族最強の剣士のあいつ、それにコルネットとお前も加われば
ダル・セーニョには怖いもの無しだな!」
トロンは胸を張り上げて言う。
「あいつ?」
彼女は首を傾げながら尋ねた。
「ああ、ブラッダーのことだよ。
さっきの騒ぎはお前とあいつが何とかしたって兵士達から聞いてるんだが。」
「ええ。」
「結構強いだろ、あいつ。元・魔界軍王だからな〜」
そのトロンの一言にチェレスタの目が少し変わった。
「では先日ダル・セーニョを襲った魔族というのは…」
「彼…ですけど。でっでも、国王とリコーダーさんのお力によって
 彼は今新たな道を歩もうと努力してるんです!
彼だって色んな理由があって強さに固執してしまったが故に、あのようなことを…」
もしかしたらチェレスタが彼に敵意を持ってしまうのかもしれないと
クルムが彼の替わりに必死になって弁明していた。
騎士団長になりたての頃の彼女は非常に責任感が強く、
自分は王家のために生きていると豪語していたくらいだったから。
それを踏みにじるものは徹底的に潰す傾向にあったのも事実だ。

しかし…

「そうですね…彼は…このダル・セーニョの名に恥じない剣士の一員だと
 一目見た瞬間から思っていました。」
彼女の語り口は極めて穏やかなものだった。
あの礼拝堂での出来事で彼の優しさやその実力、
責任感の強さを知っていたからかもしれない。
彼女は彼を『魔族』としてではなく一介の『剣士』としてその実力を認めていた。
「案外…お主と似たもの同士…なのかもしれんなあ。」
隣にいた老人が言う。
「そうかもしれませんね…」
チェレスタは少し苦笑いを浮かべながらそう答えた。
すると老人はチェレスタにそっと耳打ちをして、


「じゃからこそ…おぬしに頼みたいことがあっての。
 これはお主にとっても…よい事かも知れんぞ。」
「えっ?」








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