第二話



その日はすぐにやってきた。
今日、ヴァージナルが帰ってくるということで
ダル・セーニョ城の人々はいつも以上に活気に満ち溢れていた。
まるで凱旋でも行うかのような振る舞いである。
トロン王もすぐに宴の準備に取り掛かっており、公務とあわせててんてこ舞い状態。
王妃のコルネットも
「リコーダーさん達が来た以来ですわね〜こんなにお料理をたくさん作るのは!!」
といいながら料理人たちと肩を並べながらせっせと今日のご馳走の準備をしていて
彼が気になる肝心のヴァージナル自体について聞く暇がなかった。
ブラッダー自身も手伝いと言った形で魔族であるが故のその腕力を生かし、
大きなテーブルを一人で軽々と持ち周りの人間の兵士達を驚かせたりもしていた。
王宮の兵士たちの殆どはヴァージナルが帰ってくるということで
オフィクレードと同じような反応を示していた。
ただ…彼が気になったのはヴァージナルの話題を切り出すと
顔を赤らめる輩が多いということだった。
その様子が気になってブラッダーと同じ頃にこの城に入ってきて
仲が良い若兵士の一人にヴァージナルについて尋ねた。

「えっ、ヴァージナルさんについて?」
「ああ…この盛り上がりといい気になってな。
 俺はそいつと会ったことがないから…どんな奴なんだ?」
「う〜ん。俺もヴァージナルさんにこんな間近で会うのは初めてだから何とも説明しづらいけど…
ヴァージナルさんはダル・セーニョ王国の騎士団長としてこの国では凄い有名な人なんだ」
「騎士団長…?」
元・騎士団長のあの老人がヴァージナルのことを自分に紹介した理由が
何となくそれで結びついてきた。
しかし仮にも騎士団長なのにこの城に不在ということはどういうことなのだろうか?
つい先日、自分がトロンとの一騎打ちの勝負の時のためにダル・セーニョを攻めていた時、
その姿は見受けられなかった。
「ああ、それはヴァージナルさんはこの広大なダル・セーニョを守るために…」
彼がそう言い掛けた瞬間、

「きゃああああっ!!!」

女性の悲鳴が向こう側の礼拝堂の方から聞こえてきた。
「なっなんだ…!また魔族の襲撃か!!」
「あっ、ブラッダーさん!」
人々が混乱している最中、ブラッダーは一目散にその場を離れて
悲鳴が聞こえた礼拝堂の方向へ向かった。
昔の自分からは考えられない行動だったが、今はただ眼前の人々を守るために彼は走っていた。


『グヘヘヘ…なんかお祭り騒ぎだから寄って見たら
 こんな易々と通れちまって張り合いがねえなあ…』
「まあ、落ち着けや兄弟。この女を人質に取っていろいろこの城のもん全部奪い取っちまおうぜ!」

礼拝堂には人質に取られた若いシスターと二人の悪党の影があった。
一人は20年前の超獣軍崩れの虎型の魔物で人質である彼女を捕らえていた。
しかし隣にいるのは同じ魔族ではなく、人間の盗賊である。
この20年の間、人間と魔族の融和政策が取られ
双方ともに協力してこの世界で生きていくようになったが
それが何も正しいことだけに適用されていることではない。
一方ではお互いの利害関係の一致により盗賊などが魔族と手を結び、
周囲の国を脅かしている場合も少なくは無かった。
ブラッダーは礼拝堂に一番乗りで駆けつけ、その光景に舌打ちをした。
単なる愚行のためだけに手を結んだこの二人の悪党が自分とトロン、
オフィクレード達のことを考えると、許せない存在になっていたのだ。
特に手を組んでいるあの超獣軍崩れの魔物は
自分の過去に刻まれたあの男を思い出させ、酷く嫌な気分にさせた。

「ブラッダーさん!」

彼に気が付いたシスターが声を張り上げる。
「何、ブラッダーだと!!」
『元・魔界軍王の幻竜王…』
「彼女を放せ!さもないとお前達とて斬るぞ!」
彼は背中に背負った並大抵の人間には到底持ち上げることすら出来ない太刀を構え、
剣先を彼等に向けてそう言い放った。
二人はその迫力にたじろいでいたが魔族の方はすぐに不敵な笑みを浮かべ、
『クックク…幼い頃、ギータ様に敗れ剣客としての人生を奪われたも同然のお前が
そこまで偉くなるとはな…いや、正しくは『落ちぶれた』と言ったほうがいいか…』
「何っ!!」
昔の超獣軍の主・ギータと同じように鼻につくようなこの狡猾な喋り方は
彼の怒りを益々掻き立てた。
『間違いではなかろう!保守派としてこの城に攻め込んだはいいものの、
人間の国王にあっさりと敗れ去った貴様が落ちぶれたといわずして何という!
そして結局は人間の飼い犬…いや、飼い竜に成り下がった貴様に!』
「ふざけるな!俺は人間の飼い犬になった覚えはない!
俺とトロン王、王子は…同じ誇り高き剣を磨く同士だ!喚くのもそこまでにしないと…」
「おおっと!飼い竜・ブラッダー様もこんな人質がいちゃあ…俺たちにははむかえねえよなあ…」
人間の盗賊の方も彼の同様を見てたじろぎがなくなってきたのか
シスターをブラッダーの目の前に引きずり出し、再度脅迫を始めた。
彼自身、魔族として『誰かのために』に戦うという機会が今まで無かったため、
いや、仲間を救い出すという概念が無かった世界に生まれついたために、
このような場合にどうすればよいか、その対処法が思い浮かばなかった。


「ブラッダーさん、私のことは構いません!早くこの二人を…」
『おおっと!人質は黙っていてもらおうか!』
魔物のほうが彼女の口を無理矢理塞ぐ。
魔物の力は強く、下手をすれば彼女は呼吸困難に陥り命を失ってしまうだろう。
「なっ!!やめろ!」
「なら、てめぇの持っている剣を捨てやがれ!そうすれば人質の命だけは助けてやる…
いいか、剣を捨てても抵抗はするなよ…」
人間の盗賊の方は魔族である彼の圧倒的な力を少々恐れてか、そう忠告してきた。
ブラッダーはそれに従う他なかった。
構えていた太刀を下ろし、床に置く。
それを確認した人間の盗賊は
シスターを拘束している魔物の手を緩めるように魔物の方に指図を送った。
入れ替わるかのように魔物のほうがブラッダーの方へよってきて彼の太刀を拾い上げた。
『グヘヘヘ…落ちぶれ者にしてはいい剣を使っているではないか…』
「どっかで売っぱらっちまえば、いい金になりそうだぜえ…」
自分の命とも等しい剣をこんな愚劣な奴等に奪われるのは
ブラッダーにとって酷く許せないことであった。
そうしてそうさせてしまった自分に対しても強い憤りを感じていた。
「これで…彼女を解放してくれるんだな…」
確認を取るかのように彼は呟いた。

『ああ、開放してやるよ…『彼女』からなあ!!!』

そう言って魔物の爪がブラッダーに迫る。
一瞬の隙を付かれたが故に彼にそれを防ぐ手段がなかった。


(くっ…やはり…俺は…強くはなっていないのか…!今までの鍛練は全て無駄だというのか…)


彼が覚悟を決め、そう思った瞬間、


『うぎゃああああああっ!!!!』


彼の目の前であの魔物の爪が止まっていた。
魔物の腕は大量の血が吹き出ており、魔物自身は痛みに喘いでいる。
「なっなんだあっ!?」
人間の盗賊の方が動揺した表情でその一瞬の光景を見ていた。
ブラッダーの前には魔物と相対するように一人の人間が立ち塞がっていた。
全身に茶色いロープを被っており、顔や姿はよく分からない。
『なっなんだてめえは!!この俺の爪を引き裂くなんて…』
「悪いが貴様に説明している暇は無い」
低い女性の声がその魔物に言い放つ。
彼女はそう言うと物凄い速さで魔物に突進していった。
『ぐっぐおおおおおおっ!!!』
魔物はやけになったのか残った左腕の爪で彼女を攻撃する。
しかしそんな乱暴な攻撃は彼女に掠りもしない。
唯一彼の爪がその茶色いロープに引っかかり、彼女の姿が空中で露になった。
紫色のショートカットが特徴の剣士。
顕著な身体に銀色の甲冑を身に纏い、構えるのは女性には扱えるはずのない二本の太刀。
彼女はブラッダーの目の前で彼の左腕を斬った。
『なっ…きっ…さま…』
彼の右腕からブラッダーが奪われた太刀がすり落ちる。
ブラッダーはすばやくその隙をついて、太刀を取り戻しそのまま魔物を切り伏せた。
『ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
魔物はその巨躯の身体を前のめりにして倒れる。
「きょっ…兄弟〜!!!」
その光景を呆然として見ていた人間の盗賊もその場に崩れ落ちた。
「安心しろ…峰打ちだ。この巨体だ、致命傷にすらなってない。時間が経てば目覚めるだろう…」
哀れみ程度の言葉でブラッダーが呟いた。
そして彼は太刀を背中に仕舞い、向うにいるあの女剣士を見つめた。
彼女もまた2本の剣を鞘に収めこちらを見つめている。
「お前は一体…」
そうブラッダーが尋ねようとした瞬間、
助けられたシスターが二人の所へかけよってきてこう言った。


「有難うございます!ブラッダーさん、ヴァージナル様!!」
「ああ…久々に帰ってきてみればいきなりお前が襲われていたから驚いたぞ、
 今度私から警護班にはきつく注意しておく。」
淡々とした口調で彼女…ヴァージナルはシスターにそう答えていた。
ブラッダーはその発言に驚きを隠せなかった。
「お前が…ヴァージナルなのか…?」
そう彼が呟くと、彼女は彼の方を振り向き頷いた。
「さっきは盗賊退治に協力してくれて感謝する…
私の名はチェレスタ・ヴァージナル・オブリガード。ダル・セーニョ王国騎士団長だ。
昔から縁のあるものからは『チェレスタ』と呼ばれているよ」
彼女はそう言うと右手を差し出してきた。
これは確か…人間で言う『握手』―友情の証といわれるもの。
そうトロンに教えられたものだ。
彼はそれを思い出し、自分の竜の手を彼女に差し出した。

「俺の名はブラッダー…よろしく頼む。」

これがブラッダーとヴァージナル…いや、チェレスタの出会いだった。






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