第十話


「ブラッダー、チェレスタ!!」
そんな絶対絶命の危機の中
トロン、クルム、コルネット、騎士団長のじっちゃんが闘技場へかけこんでくる。
4人が見えた光景にはあの魔族に打ちのめされている二人の姿だった。
「父さん!母さん!!」
奥の方からはクラリオンと共にオフィクレードがやってきた。
「オフィクレード!」
「よかった!無事でなによりですわ!!」
息子の無事な姿を見て、トロンとコルネットは思わずかけより
コルネットに至っては息子をぎゅっと抱きしめていた。
「いっいたいよお、母さん…」
オフィクレードはそんな母親の胸の中で苦しい声を上げていた。
でも彼も両親の無事を知って安堵の表情を浮かべていた。
「リオンちゃん…あの二人の状況は?」
クルムが今までこの場で戦いを見ていた彼女に今の状況を尋ねる。
「そっそれが…あの魔族がいきなりこの練兵場にやってきて…
師匠とブラッダーさんが食い止めるっていって…でも、今の状況じゃあ」
闘技場では魔族の力を必死に食い止めながらもさっきの攻撃でボロボロの状態の
二人の姿があった。戦いが長引けば、長引くほど彼らの状態は危険になるだろう。
「国王…!早くあの二人の加勢に!」
クルムがトロンに加勢の指示を仰ごうとしたそのとき、その言葉を引きとめた人物がいた。


「待つんじゃ。」
「えっ…!?」
元・騎士団長のじっちゃんがクルムの手を引きとめる。
「どういうことだ、じっちゃん。」
「ぼっちゃ…いや、国王。あの二人への加勢はもう少し…
もう少しだけ待ってもらいたいのですじゃ。」
「でっでも…今の状態じゃヴァージナルとブラッダーが…」
オフィクレードが不安そうな声で言う。
そんな彼の様子にじっちゃんは凛とした表情で言う。
「じゃが…あの二人が『答え』を見出す時は今だとわしは思っているのですじゃ。」
「答え…?」
オフィクレードはそう呟くと戦っている二人の姿を見た。
ボロボロになりながらも、剣を振るいつづける二人の剣士。
自分達の力に迷いながら、傷つきながら、苦しそうな表情を浮かべながら…
彼らはそれでも相手を見据えて戦い続ける。
今の戦いが自分達の迷いに対する答えへの過程ということを
彼等自身でも気がついていないかもしれないが…
そんな彼等をこの戦いへ導いた老兵のゆるぎない瞳を
この国を統治する蒼き若獅子はじっと見つめ、
構えていた剣の鞘を収めた。

「国王!?」
トロンの下したその行動にクルムは驚きを隠せなかった。
「どっかの国のお偉いさんがいってたっけな…国王たるもの率先して動くものじゃないってな。」
その言葉を紡ぎだす彼の表情はこの国を統治する為政者の顔。
普段の彼の表情からは想像もつかない威厳に満ちた国王の姿がそこにはあった。
そんなトロンの姿にクルムやオフィクレード、クラリオンは思わず後ずさった。
「それに…例え仲間が傷つき倒れていても…容赦なく見捨てる…ってな」
「父さん!?」
オフィクレードは自分より大きな父親に思わず劇昂し、掴みかかりそうになった。
「誰かのために剣を振るう」ことを真っ先に教えてくれた父親がそのようなことを
言い出すなんて血迷ったかと思ったのだ。
しかしトロンはそんなオフィクレードの頭をぽんと撫でて言葉を続ける。
「だがな…このダル・セーニョは国民がいなければ成り立たない国。
あいつ等を見捨てることが…できるわけ無いだろ」
さっきとは一変してトロンの表情はいつもの…穏やかな表情に戻っていた。
「なら…どうして…あんなことを…」
オフィクレードの言葉がトロンの足元を見て、詰まった。
彼の負傷した足は妻であり、オフィクレードの母親であるコルネットに支えられていたのだ。

「この国は…国王の俺一人では到底守りきれない。
だから…お互いの背中を任せあって…この国は繁栄してきたんだよ、オフィクレード」

「父さん…」
「ぼっちゃま…」
老人はそのトロンの姿にかつて自分が仕えていた国王であり、
トロンの父・シュリンクスを重ね合わせて、涙を浮かべていた。
「今は…ブラッダーとチェレスタがこの国の人々を守るために、
あいつと…いや、あいつを救うために戦っているんだ。
勿論本当に危なくなったら兵を出すけれど…
今はあいつ等の戦いに水をさすようなことはしたくない。」
「父さん…」
「それにあの二人は魔族最強の剣士とこの国の騎士団長だぜ?
あいつ等ならきっとやり遂げてくれると…俺は信じてるよ」
トロンは決して希望を捨てることの無い瞳をまっすぐに戦っている二人に向けていた。
そこに疑念など全く存在しなかった。
オフィクレードもその父親の姿にまた一つ、何かを学び取った。
そして彼もまた父親と同じように二人の戦いをじっと見つめた。

(がんばってね…ブラッダー、ヴァージナル…)


魔族の追随は留まるところを知らず、二人に襲い掛かってくる。
『ドウシタ!!サッキカラ防戦イッポウダゾ!コノ貧弱者ドモメ…!!』
「くっ…」
チェレスタはさっきの攻撃で骨を折りながらも二刀流の剣を交互に繰り出し、
魔族の動きを止めようと必死だったが
魔族はそれ以上のパワーをもって彼女の剣を防ぎつつ、攻撃を繰り出していた。
「ならこれならどうだ!!」
その魔族の隙をついて、ブラッダーの太刀が繰り出される。
多少その攻撃で魔族は傷を負ったが瞬発力は体躯に似合わず
ある模様で動きを止めるまでには至らない。
『オレノ注意ヲヒクトコロマデハナカナカ『飼イ竜』と『ニンゲン』ニシテハ賢イホウダガ
ワスレルナヨ…人質ガオレノ手ノ中ニイルッテコトヲナァ!!』
そうやって二人の注意を人質になっている子供のほうに向けさせて、
彼はがら空きになっている自分の尾を使い、鞭のようにしてブラッダーの動きを止めた。
「ぐっ…貴様!!」
これ以上近づくと人質になっている子供の命の危険にも関わった。
子供の方はというと泣きつかれたのかぐったりとした表情で魔族の手の中にいた。
『コウヤッテオケバ、キサマモ動キガトレナイダロウ…
ミジメナ『ニンゲン』ドモトトモニ生キルコトヲ選ンダキサマノ負ケダ!!
キサマガ昔ノヨウニ『ジュンスイナ強サ』ノミヲ求メテイレバ、
コンナコトニハナラナカッタノニナア…』
魔物の彼を締め付ける力がどんどん強くなってくる。
しかしブラッダーは最大限の力を持ってそれを引きちぎろうと歯を食いしばっていた。

「そんなことはない…俺は、トロン王やオフィクレード王子に出会って
弱くなったとは思っていない。
国王や王子は強さに固執した俺の目を…この王国は覚ましてくれたのだから!」

そう叫ぶブラッダーの声は遠くにいる…かつて敵として剣を交えたトロンや
オフィクレードの耳に届いていた。
「ブラッダー…」
その言葉を聞いた親子はじっと彼のほうを見つめていた。
『ダガ…ソレモ『詭弁』デシカナイナ…ゲンニイマノキサマノジョウタイハ
最早…覆ルコトハナイノダカラ。
キサマハコノ人質ガイルカギリウカツニ手ガ出セナイ。
ソコノ『ニンゲン』ノ女ハ、疲労トコノオレの攻撃デミルモムザンニヘバッテイル…
『ニンゲン』トハカナシイ生キ物ダナァ…
老イトイウモノデコンナニ脆弱ナモノに変ワッテシマウノダカラ」
その言葉に胸骨を砕かれ、痛みに喘ぎながら立ち上がっているチェレスタが反応した。
ある意味正論とも思えるその言葉で彼女自身は苦々しく唇をかむことしか出来なかった。
「ヴァージナル…ぐぅ!!」
チェレスタのことを案じるブラッダーだったが彼の身体に巻き疲れている尾が
さらに力強く彼を締め上げる。
魔族は彼の目の前に人質の少年を見せびらかすかのようにしながら手を振り上げる。

『ドウダブラッダー、ドウダヴァージナル!…コレデワカッタダロウ!
『ニンゲン』の脆弱サヲ!コノオレサマのゼッタイテキナ『強サ』ヲ…!!』

魔族はそう言って人質になっている子供を振り上げて勝利の雄叫びを上げた。



「師匠!ブラッダーさん!!」
「国王!最早これ以上は…!」
クラリオンとクルムが二人の助太刀をしようと
観客席の階段を駆け下りようとしたそのときである。
誰かがよろめきながら入ってくる音が聞こえた。
息が絶え絶えの様子で練兵場へやってきたのは牢の守護を任されていた
あの先輩兵士った。
「先輩!!どっどうしてここへ…?」
すかさず若兵士がよろめきそうになっている先輩兵士の肩を支えながら尋ねる。
「…元々は私の不注意で招いた惨事です。責任者としてここに来ないわけには行きません…」
「だからってそんな重傷の身体でここまでやってきても…」
クルムが駆け寄ってきて、先輩兵士の体の生々しい傷を見つめて言った。
それでも先輩兵士は魔族のところへ歩み寄ることを止めない。
彼はは重傷の身体で言葉を必死に振り絞りながら答える。

「あの人質になっている子供は…私の…一人息子なんです…」
「なっなんですって…!?」
その事実にトロンとコルネットは驚きを隠せなかった。
今の今まで自分の息子の心配をしていた身としては
どうしても他人事とは思えなかったからだ。
そして彼ははよろめきながら自分の腰にかけてある剣を手に取り、
まっすぐにその切っ先を遠くにいる魔族へ向けた。

「だから私はここに来たのです…国王、王妃…
こんな不甲斐無い父親ですが…私は…
私の息子を助けるために…私は剣を振るいにここまで来たのです!!」

彼の剣幕は周囲の空気を瞬く間に変えた。
彼の声は戦っている二人の耳にも入ってきた。
そして…彼の息子を捕らえている魔族の耳にも。


『ククク…死ニゾコナイノニンゲンがナニシニキタ…
貴様のガキハ確カニコノ手ノナカダガ…ソンナヘロヘロなカラダデ
コノオレニ勝テルトオモッテイルノカァ!!!』
魔族はそう叫ぶと、トロン達のいる観客席へ爪を振り下ろした。
「国王!王妃!!!」
クルムが先導してトロンとコルネット、騎士団長のじっちゃんを守るようにして立ち塞がった。
オフィクレードとクラリオンも反対方向へ跳躍して爪をかわす。
「先輩!!」
若兵士が先輩兵士に逃げるよう促して腕を引っ張ったが、
それでも彼は剣を構えたまま、逃げようとせずにその場に佇んでいた。
かろうじて皆爪をよけることには成功したが、
自分の攻撃に対し微動だにしなかった先輩兵士に魔族は少々苛立ちを覚えていた。
『貴様、ナゼニゲナイ…息子トニドトアエナイカラ自殺デモシヨウトシテルノカ?』
魔族の疑問に答えるかの如く、彼はゆっくりと剣を振り上げて答える。


「いや…例え…お前に勝てる…力がなくとも、
このような老いぼれでも…私は…私の息子のために剣を振るんだ!!
それだけで…私は幾らでも強くなれる!!」


その言葉にブラッダーとチェレスタははっとなった。

例え人を助ける術を知らなくても、
例え時の力によって戦う力を失いつつあっても、
『あの言葉』が自分達に更なる力を与えてくれる…
自分達の強さの元になることを思い出した。
それこそが…自分達の強さに対する迷いを払拭する『答え』。
それこそが、自分達の強さへの確証となる。


二人の目に精気が蘇り、このダル・セーニョの騎士としての誇り高き炎を瞳に灯した。




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