最終話

「うぉぉぉぉっ!!!!」
魔族の尾に身体を囚われていたブラッダーは渾身の力をこめて、
竜族特有の腕力の強さを生かして尾を引きちぎった。
『ナッナニィ!!!』
魔族は尾を引きちぎられた痛みよりもなによりも
精神的に自分に打ちのめされていた彼が立ち上がってきたことに驚愕していた。
「はぁぁぁぁ!!!」
胸骨をやられふらついていたチェレスタもその痛みに耐えきり、
二刀流の剣をしっかりと握り締めまっすぐに立ち上がった。
『バッバカナ…オレノ…アノ攻撃ヲクラッテマトモニ立テルハズガ…』
流石に勝利の余韻に浸っていた魔族も二人が立ち上がったことに対して動揺していた。
二人はゆっくりとその魔族の顔を見上げ、睨みつける。
『ぐっグゥ…!!?』
そのまっすぐな二人の瞳に魔族は射竦められた。
正にそこにいるのは魔族最強の剣士と…ダル・セーニョを背負う騎士団長の誇り高き姿。
「師匠…」
「ブラッダー…」
迷いの晴れた二人の表情に真っ先に気がついたのは
二人の弟子であるクラリオンとオフィクレードだった。
その姿にトロンも、コルネットも…クルムも兵士達も、そして騎士団長のじっちゃんも
思わず笑みを零した。

(ホホ…二人ともこの土壇場でついに見出したようじゃのう…自らの『答え』を)

『ダッダガ…イクラソンナ顔ヲシタッテコノオレガ負ケルハズハナイィ!!
ソコノ死ニゾコナイトモニ殺シテクレルワ!!』
たまりかねた魔族は人質である気絶している子供を大きな手とともに
オフィクレード達がいる観客席の方へ振り下ろそうとした。
『ハハハ…コレデ親子の感動的ナ再会ガハタサレルトイウワケダ・・・アノヨデナァ!』
幾ら力を振り絞っているとはいえ、一歩間違えれば死ぬ状態にある先輩兵士には
すぐさまそれをよける力は残されていなかった。
しかし彼を支ようと駆け寄って傍に付き添っているオフィクレードと若兵士、トロン達は
決して逃げ惑うことはせずに、魔族の攻撃に立ち向かう。
そう、それは二人を信じているから…
彼の攻撃と同時に剣の鳴り響く音が聞こえた。
オフィクレード達の目の前にいたのは魔族の腕を大剣で受け止めるブラッダーと
その一瞬の隙をついて、魔族の腕の中にいた子供を腕に抱いているチェレスタだった。
『ナッ…キサマラ、ナゼ……』
攻撃が当らなかった…否、彼らは物凄い瞬発力で彼の攻撃を防ぎ且つ
今まで自分の手中にあった人質を取り戻した。
魔族が彼らの力に驚愕している間に、チェレスタはオフィクレード達の所へ舞い戻り、
先輩兵士の下へ愛する息子を届けた。
「国王…王子、クラリオン…この子らを頼みます」
静かな声で…しかし今までの張り詰めた表情とは一変して穏やかな顔でチェレスタは頼んだ。
その姿を見て、オフィクレードとトロンは同時に頷いて、
「ああ…ダル・セーニョを守護する騎士としてのお前達に…この場は任せる」
とトロンは言った。
チェレスタと…また、魔族の腕を防いでいるブラッダーはまたその言葉に頷き返した。


『グヌヌ…キサマラ!!ソンナ手負イノカラダデ…
イクラ意地ヲハッテモ…コノ戦局ハ変ワラントイウノニ!!』
防がれている腕を外し、魔族が忌々しそうな顔で目の前にいる二人の騎士を見つめた。
「意地を張っているのはお前のほうだろう…」
ブラッダーが防いでいた剣を構えなおしながら言う。
『ナッナニィ!!タカガニンゲンノ『飼イ竜』フゼイガワカッタヨウナクチノキキカタヲ…』
「分るさ、俺もほんの少し前まではそうだったのだからな…
純粋な強さのみを求めて…憎しみ、怒りだけで力が得られると思い込んでな。
人間の…いや、仲間の手を跳ね返しつづけた…
だがそうやって破壊しながら生きているだけでは
決してお前の望んでいる真の強さは手に入らないぞ!!」
『デモ貴様ハイママデノ闘イカラオレガスイソクスルニ…
ヨワクナッテイル…ゼイジャクナ『ニンゲン』トトモニ生キテイルノダカラ…!』
その言葉に今度は振り向いたチェレスタが答える。
「確かに魔族のお前やブラッダーと違って…人間である私は力が衰えているのは事実…
だがな…決してそんな脆弱な人間と共に生きることが…
身体を衰えさせる時間が私やブラッダーを弱くすることなどありえない!
お前のような誰かに対する憎しみや怒りではなく…『強さ』を得る方法はある!!」

『ホザケニンゲンガ!!
ナラバキサマラノソノ剣デコノオレサマニイドンデ…ソレヲショウメイシロ!!』
最早魔族も破れかぶれといった姿で両手の爪で縦横無尽に二人を攻撃しようとした。
しかし二人の騎士は全くそれにひるまず、それぞれの剣を握り締め体勢を整える。

「ならば…教えてやろう…」
「俺達が『強くなれる』方法を…」

『ホザケェェェェ!!!!』
魔族の爪が二人に襲いかかろうとしたその刹那に
二人は同時に剣を魔族に向かって繰り出した。


「「『誰かのために剣を振るう!!』それこそが真の強さへと繋がるんだ!!!」」


渾身の力で繰り出された二人の剣の剣圧は、
最早いくら巨躯である魔族でも十分吹き飛ばす力はあった。
『グッグワアァァァァァァァァ!!!!』
魔族のみぞおちに二人の剣が入り、
そのまま魔族は練兵場の反対側まで吹き飛ばされていた。
その圧倒的な二人の力にそこにいた者たちはしばし呆然となっていた。


「すっすごい…これが…この二人の強さ……」
先輩兵士はポツリポツリと言葉をつむぎだすのが精一杯の様子だった。
「まさか…殺したりなんかはしてない…っすよね?」
初めて剣豪と呼ばれる者たちの剣技を目の当たりにした若兵士が尋ねる。
それに答えるかのごとく二人は反対方向へ吹き飛ばされた魔族の元へ向かっていた。
暫くすると痛みにこらえながら魔族が目を覚ました
さっきのような錯乱状態から、大分落ち着いた様子だった。
『うっ…うう…』
「大丈夫か?」
起き上がれるようにとチェレスタが魔族に手を差し伸べる。
その瞳には彼を敵としてではなく、仲間の一人としてみなしている…そんなような顔だった。
『ヴァージナル……何故、敵である俺に…』
「人間と魔族が敵だなんていつ、誰が決めたんだ?」
穏やかな表情で彼女は魔族に答えた。
『……』
その姿に魔族も少々動揺した様子だった。
「気分はどうだ?」
ブラッダーもその腕力を使い、彼を起こす。
それは彼ががトロンと戦ったときの状況によく似ていた。
『…『飼い竜』と『人間』といって…お前のことを魔界の騎士として…
いや、落ちぶれた魔族の戯言で揶揄して、ここの国の人々に迷惑をかけた。
本当に…すまなかった改めて侘びを言わせてもらう。』
そういって彼は二人の支えで起き上がりながら礼をした。
『しかし…お前達二人の力には感服した。
『誰かのために剣を振ること』がこれほどまでに強くなれることになるとは…
俺も…見習いたい』
その表情にはもう二人に対する憎しみは消え、
二人の強さに感服する一介の騎士の表情だった。
「いや、お前が見習ったほうがいいのは私たちではなく国王や…この国の兵士達だよ。」
チェレスタがそう言っているとほぼ同時に、
トロン達も観客席のほうから降りてきてこちら側にやってきた。


「お疲れ様です…師匠!」
いつもの明るい笑顔でクラリオンが言う。
「ああ…お前にも迷惑をかけたな、リオン。」
「いえ…そんなことないですよ。
それにこの戦いでまた師匠が教えてくれましたから!
ダル・セーニョの誇り高き騎士のあり方を…『誰かのために剣を振る』ということを!」
彼女はそういうといつものように敬礼をして、笑った。
そして彼女の後ろには同じように敬礼をしている二人の男の姿と…隣には
目が覚めた人質であった先輩兵士の息子の姿があった。
彼もまた父親のまねをするかのごとく一生懸命右手で敬礼をしていた。
「ヴァージナル様、ブラッダー様…息子を助け出してくれて本当にありがとうございます」
左手で手を震わせながら敬礼をしながら先輩兵士が言った。
「確かに俺やヴァージナルがあの子を魔族の手から開放したが
俺達の「強さ」への答えを見出してくれたのは…他ならぬ貴方だ。
こちらこそ、改めて礼を言わせてもらう」
ブラッダーはそういうと先輩兵士に向かって礼をした。
「ヴァージナル様も流石ダル・セーニョを守る騎士団長っすよ!
ホント、俺感激したっす…」
若兵士がチェレスタの手を握り、振り回しながら言った。
チェレスタはそんな彼の行動にあっけに取られながらも自分を騎士団長として
尊敬してくれる部下の存在に改めて気づき感謝の意を示していた。
「そうか…ありがとう」
彼女の姿を見て、トロンや騎士団長のじっちゃん達も安心した表情をみせていた。


そんな最中、とことこと彼の足元のほうにいた小さな少年がブラッダーの服のすそをつかんだ。
「こっこら、コーダ!!」
先輩兵士が息子の無礼をしかりつけ、改めてブラッダーに謝罪しようと思ったその時、
コーダと呼ばれた少年は明るい笑顔で

「ぼくをたすけてくれてありがとう、けんしのおじちゃん、おばちゃん!!」
と言ってくれた。

その言葉にブラッダーとチェレスタははお互いに顔を見合わせ穏やかな笑みを浮かべ、
コーダの頭を優しくなでた。

「またしても親子に教えられたな…誰かのために剣を振るうということを」
「こんな感覚久しく忘れかけていたが…こうしているだけでなぜか力が湧いてくるよ…」
「同感だ」
頭をなでられているコーダはうれしそうな表情で二人を見上げていた。


「しっかし、この国最強の騎士と歌われる方々をおじさんおばさん呼ばわりするとは
先輩のお子さんって結構肝っ玉座ってるっすね〜」
若兵士がからかうようにして言う。
「はは…将来は大物になるかもな!」
トロンがそれに同調して茶化した。
「こっ国王……ったくお前もなんていう言葉遣いを」
先輩兵士は顔を赤らめながら、
ブラッダーに抱き上げられている自分の息子の頭をぽんと叩いた。
当の本人は何もわかっていないようできょとんとした表情で、
「ねぇパパ…おおものってなぁに?おおきなものなの?」
とたずねてくる始末。
「ますます大物になりそうな気配ですわねv」
とコルネットが言って、その場にいるみんなで笑いあった。


その後、剣術大会はそのまま中止になり優勝者もなにもあやふやな状態になった。
例の魔族はというとあの後すっかり落ち着きを見せて、
しばらくは本人の希望により刑に服した後にブラッダーと同じく傭兵として働くことが決まった。
トロン達は今回の事件の被害もあいまってかさらに公務に励むことになるが、
つらそうな表情は見せず、元気にやっている。
チェレスタも骨折の影響で数週間ほど絶対安静といわれ、
医務室に寝たきりの状態が続いたが
ここ数日はすっかりよくなりほとんど全快と変わりない状態になっていた。
そして……


「行くのか?」
「ああ…今回の出来事で自分の未熟さを知ったからな…
修行の余地があると思ってね。
まだまだこの国の『騎士団長』としてやるべきことをやってみようと思う。
この国の皆が…私を必要としてくれる限り。」
茶色いロープを身にまとい、旅道具を背負ってチェレスタとクラリオンは
また剣術指南兼修行の旅に出かけることになった。
「またしばらくお会いできないのは寂しいですわね」
暇を縫って城門まで見送りにやってきたコルネットが寂しそうな表情で言う。
「国王、王子…また成長して帰ってきますね!」
クラリオンが笑顔でいつものように敬礼をした。
「うん、楽しみにしてるよ!」
「また何かあったらいつでも戻って来いよ、チェレスタ…
いつ、どこにいたってお前はこのダル・セーニョを守る立派な騎士団長なんだからな。
だから…これにもまだ印を押さなくてもいいだろう?」
清々しい表情でトロンが言う。
手には剣術大会直前に彼女が渡した書類をひらめかせていた。
「はい…国王。」
チェレスタはそういうと、トロンたちの前にひざまずいて深々と礼をした。
彼女の忠義に対する深い気持ちだとは分かってはいるものの、
トロンとオフィクレードは困った表情になっていた。


「それとブラッダー…」
チェレスタはそう言うとまっすぐに立って、彼にあるものを渡した。
それは今まで自分の胸に刻み込むようにつけていた、
ダル・セーニョ王国の紋章をかたどったブローチだった。
「これは…」
「お前に預けておく。ダル・セーニョ王国騎士団長である人間の身として、
お前にも…おこがましいことかもしれないが
この誇り高きダル・セーニョを守ってもらいたい…その証としてこれを預ける。」
この国に生きる誇り高き剣士の一人としてチェレスタは彼を見つめていた。
彼もそんな彼女の意を汲み取ったのかブローチを握り締めながら、
「分かった…俺もこの国に生きるものの一人としてここを守ってみせる。
お互いに支えあって、この国を守っていこう。」
彼の表情は今まで彼女が見てきた彼の表情の中で一番穏やかで、
希望に満ち溢れたものだった。
「そうだな…」
そして別れ際に、二人は出会った時と同じように硬い握手を交わした。

「また会おう!ヴァージナル!」
「ああ!その日を楽しみにしているよ、ブラッダー!」

二人の姿をオフィクレードやクラリオン達は晴れやかな顔で見つめていた。
そしてチェレスタとクラリオンはそのまま旅立っていった。


「行っちゃった…」
オフィクレードが母親と同じく少々寂しそうな表情で言う。
「さぁ!湿っぽい気分を吹っ飛ばすために仕事仕事〜ってね!」
「国王、早くしないとどんどん仕事がたまりますよ」
クルムがあきれた表情で言う。
「分かってるって…ったく…いちいち言われなくったって」
「これじゃどっちが大人でどっちが子供かわかりゃしないよ…」
オフィクレードがまた愚痴るようにして父親のそばに行く。
そして城門の前でチェレスタ達の後姿を見送っていたブラッダーに声をかける。
「あっ…ブラッダー!行こう!
僕たちもまだまだヴァージナルやクラリオンに負けないくらい修行しなくちゃね!」
そのオフィクレードの言葉にブラッダーは振り向いて穏やかな声で答えた。


「ああ…行こうか、王子。」


彼の胸にはチェレスタからもらったブローチが太陽の光で輝いていた。




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