「テュービュラーちゃん、まだ食堂で食べる気分にはなれないみたい」
残念そうな表情で、ミュゼットは食堂に戻ってきた。
テーブルについたクラーリィは、呟く。
「・・・オレのせいだ」
「クラ?」
ミュゼットが尋ね返すと、クラーリィは寂しげに言う。
「あの子はまだ心の発達が未熟な状態にあるというのに、
無理矢理難しいことの理解を求めてしまった・・・
それが無垢な子供の心を、傷つけたんだ」
「・・・」
ミュゼットはクラーリィの向かいに座る。
「まったく昔からオレは・・・」
悔やむクラーリィに、ミュゼットは微笑む。
「気にしないの、クラ」
「・・・」
「テュービュラーちゃんは絶対に大丈夫・・・私はそう信じてる」
にっこり笑うミュゼットに、クラーリィもようやく笑顔を見せた。
そして、翌朝。
朝食を貰った後、テュービュラーは部屋の本を読み漁っていた。
・・・以前は興味もなかったが、今はこれが少し、教科書になるような気がしたのだ。
しかし外から聞こえてくる子供の声がだんだん大きくなるので、
テュービュラーは不思議に思って・・・そっと部屋のドアを開き、覗いてみた。
「お前ら、何を騒いでいる?朝から騒ぐのは迷惑だろう」
クラーリィが少し強い口調で言いながら、部屋の前を通り過ぎていった。
廊下の突き当たりにはミュゼットと、それを取り囲む子供たちが見える。
「ミュウさんに絵本読んで貰おうと思ったら、こいつがダメだって」
「嫌!だって私そのお話、キライだもん!」
子供たちはそう言いあっている。
おそらくあの童話が好きか嫌いかでもめているのだろう。
「まったくお前たちは・・・来なさい、外に」
クラーリィが言うと、皆そっちの方を向く。
「マホー、やらせてくれるの!?」
「本当、クラーリィ隊長ー!」
むくれていた子供たちも、すぐに笑顔になった。
「いいの、クラ?」
「ああ・・・昨日はほんの少ししか子供たちの相手をしてやれなかったからな」
「そう・・・」
「ミュゼット、お前はテュービュラーの話し相手になってやってくれるか?
昨日の今日だ、また混乱させるといけないからな・・・」
クラーリィは静かに言う。
ミュゼットはゆっくりと頷いた。
テュービュラーはドアを閉め、椅子に座った。
小さなことでケンカして、小さなことで喜んで。
子供というものは、そういうものだ・・・
・・・そして、自分もまた、同じだと・・・
テュービュラーは感じていた。
「テュービュラーちゃん、入っていいかしら?」
ミュゼットがドアをノックする。
「はい」
テュービュラーは素直に答えた。
「気分はどう?」
ミュゼットに尋ねられ、テュービュラーは言う。
「昨日・・・クラーリィさんの言葉に私、混乱して騒いだ・・・
クラーリィさんを困らせた・・・後で謝りたいけど、クラーリィさんはここに来る?」
それを聞き、ミュゼットはほっとしたように言った。
「ええ・・・もちろん」
やはりテュービュラーは心を開いてくれているのだ・・・と、嬉しく思った。
そして、テュービュラーは話し始める。
「私は・・・どうしてあの男・・・彼のことが好きだったのか、
ゆっくり考えてみて、ようやくわかった・・・」
「・・・」
ミュゼットはわかっていた。『彼』が、世界をまた危機に陥れようとしている、
第二の魔王と成ろうとしている者であることを。
「私は小さい頃から、独りぼっちだった・・・育ててくれた親もいつしか死に、独りになって、
ただ独りで・・・外の世界に出て戦うのも怖くて、それでも独りも怖くて、いつも泣いていた・・・」
「・・・」
テュービュラーの話を、ミュゼットは黙って聞く。
「そんな中、4年か5年くらい前・・・『彼』が、私の目の前に現れた・・・
力を貸して欲しい、仲間にならないか・・・そう言われて、とても嬉しかった・・・
それからずっと、『彼』に褒められたい、役に立ちたい、こっちを見て欲しい・・・
そんな気持ちでずっと、魔界軍に居た・・・幼子のような、ただの我侭で」
あれは恋という名前の独占欲。すぐに消滅してしまうほどあっけなく朧げなもの。
ただ彼に褒められて、笑いかけられるのが、自分だけであって欲しいという我侭。
けれどもミュゼットはそれを優しく受け入れる。
「・・・だれかに必要とされることは、本当に幸せなことだと思うわ・・・
だから・・・全然おかしいことじゃない」
そう言って優しく頭を撫でてくれたミュゼット。
テュービュラーの心は、とても落ち着いた。
笑顔が戻ってから、テュービュラーは言う。
「そういえばクラーリィさん、子供たちと外で遊んでる?」
「ええ・・・でも、遊んでいるだけじゃない・・・魔法を、教えているの」
「魔法を・・・?」
テュービュラーは首を傾げる。
「でもクラは本当に子供たちから好かれてて、すごいと思うわ・・・
私がなかなか解決できなかったあの騒ぎを、一言で何とかしたから」
「確か、絵本が好きって子と嫌いって子に分かれてた・・・」
「そう・・・・あのお話は、嫌いって子もいるの」
ミュゼットは苦笑いを浮かべる。
「なんていうお話ですか?」
テュービュラーの問いに、ミュゼットは答えた。
「・・・『人魚姫』」
「にんぎょひめ・・・?どんなお話ですか?」
「『シンデレラ』とか『白雪姫』は、王子様とお姫様が結婚して、幸せになって終わるでしょう?
けれども『人魚姫』は違う・・・王子様への恋は叶わずに、人魚姫は海の泡になってしまうの」
「・・・悲劇、なんですか」
テュービュラーはしんみりと言う。
その問いにはミュゼットは答えずに、こう言った。
「後で本を持ってきてあげるから、一度読んでみて」
「はい」
テュービュラーは、話を聞いただけでの『人魚姫』を想像する。
子供がはっきりと『嫌い』と言うくらいだから、悲しいお話なのだろうと。
「初めてあのお話を読んだときに、泣いちゃった子供たちもいたの・・・
お姫様が可哀想だって・・・優しい子供たちだから・・・
可哀想だから、悲しいから嫌い・・・って、言う子もいるの・・・
でも、悪いお話じゃない・・・だから今まで、読み継がれてきたの」
ミュゼットはそう言って、窓のところにゆっくりと歩いて行く。
そして、窓を開け放った。
外は青空、風も優しいそよ風。
なんだか心地よくなって、テュービュラーも同じように、窓の傍に立ち外を見た。
すると。
ふわりふわり・・・と、いくつかのシャボン玉が、下のほうから飛んできた。
「これ・・・シャボン玉?」
理科に関する本などで写真を見たことはあったが、
テュービュラーはシャボン玉を実際に見るのは初めてだった。
「そう・・・クラが連れて出た子供たちが、飛ばしているの・・・」
「晴れた日に飛ばすと、こんなに綺麗なんですね・・・」
「ええ・・・私も、シャボン玉は今でも大好き・・・小さい頃から、ずっと」
ミュゼットは懐かしそうに微笑む。
「でも、魔法を習っているんじゃなかったんですか?」
テュービュラーの問いに、ミュゼットはクスクス笑った。
「シャボン玉は、入門魔法なの・・・クラも、友達も、同じように小さい頃教わった・・・
誰にでも出来る、魔法の初めの第一歩なの」
「・・・え?」
テュービュラーは首を傾げる。
どういうことを意味しているのかはよくわからなかったが、
昨日よりはもやもやした気持ちはどこかに消えうせていた。
下に見える、クラーリィの姿と・・・シャボン玉を飛ばす、子供たち。
ひとつ、またひとつ・・・虹色に輝く丸い泡が、空へと舞い上がってゆく。
そして、舞い上がっては・・・シャボン玉は、儚く消えていった。
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