第三話



「テュービュラーちゃん、まだ食堂で食べる気分にはなれないみたい」
残念そうな表情で、ミュゼットは食堂に戻ってきた。
テーブルについたクラーリィは、呟く。
「・・・オレのせいだ」
「クラ?」
ミュゼットが尋ね返すと、クラーリィは寂しげに言う。
「あの子はまだ心の発達が未熟な状態にあるというのに、
 無理矢理難しいことの理解を求めてしまった・・・
 それが無垢な子供の心を、傷つけたんだ」
「・・・」
ミュゼットはクラーリィの向かいに座る。
「まったく昔からオレは・・・」
悔やむクラーリィに、ミュゼットは微笑む。
「気にしないの、クラ」
「・・・」
「テュービュラーちゃんは絶対に大丈夫・・・私はそう信じてる」
にっこり笑うミュゼットに、クラーリィもようやく笑顔を見せた。



そして、翌朝。
朝食を貰った後、テュービュラーは部屋の本を読み漁っていた。
・・・以前は興味もなかったが、今はこれが少し、教科書になるような気がしたのだ。
しかし外から聞こえてくる子供の声がだんだん大きくなるので、
テュービュラーは不思議に思って・・・そっと部屋のドアを開き、覗いてみた。

「お前ら、何を騒いでいる?朝から騒ぐのは迷惑だろう」
クラーリィが少し強い口調で言いながら、部屋の前を通り過ぎていった。
廊下の突き当たりにはミュゼットと、それを取り囲む子供たちが見える。
「ミュウさんに絵本読んで貰おうと思ったら、こいつがダメだって」
「嫌!だって私そのお話、キライだもん!」
子供たちはそう言いあっている。
おそらくあの童話が好きか嫌いかでもめているのだろう。

「まったくお前たちは・・・来なさい、外に」
クラーリィが言うと、皆そっちの方を向く。
「マホー、やらせてくれるの!?」
「本当、クラーリィ隊長ー!」
むくれていた子供たちも、すぐに笑顔になった。
「いいの、クラ?」
「ああ・・・昨日はほんの少ししか子供たちの相手をしてやれなかったからな」
「そう・・・」
「ミュゼット、お前はテュービュラーの話し相手になってやってくれるか?
 昨日の今日だ、また混乱させるといけないからな・・・」
クラーリィは静かに言う。
ミュゼットはゆっくりと頷いた。



テュービュラーはドアを閉め、椅子に座った。
小さなことでケンカして、小さなことで喜んで。
子供というものは、そういうものだ・・・

・・・そして、自分もまた、同じだと・・・

テュービュラーは感じていた。

「テュービュラーちゃん、入っていいかしら?」
ミュゼットがドアをノックする。
「はい」
テュービュラーは素直に答えた。

「気分はどう?」
ミュゼットに尋ねられ、テュービュラーは言う。
「昨日・・・クラーリィさんの言葉に私、混乱して騒いだ・・・
 クラーリィさんを困らせた・・・後で謝りたいけど、クラーリィさんはここに来る?」
それを聞き、ミュゼットはほっとしたように言った。
「ええ・・・もちろん」
やはりテュービュラーは心を開いてくれているのだ・・・と、嬉しく思った。

そして、テュービュラーは話し始める。
「私は・・・どうしてあの男・・・彼のことが好きだったのか、
 ゆっくり考えてみて、ようやくわかった・・・」
「・・・」
ミュゼットはわかっていた。『彼』が、世界をまた危機に陥れようとしている、
第二の魔王と成ろうとしている者であることを。
「私は小さい頃から、独りぼっちだった・・・育ててくれた親もいつしか死に、独りになって、
 ただ独りで・・・外の世界に出て戦うのも怖くて、それでも独りも怖くて、いつも泣いていた・・・」
「・・・」
テュービュラーの話を、ミュゼットは黙って聞く。
「そんな中、4年か5年くらい前・・・『彼』が、私の目の前に現れた・・・
 力を貸して欲しい、仲間にならないか・・・そう言われて、とても嬉しかった・・・
 それからずっと、『彼』に褒められたい、役に立ちたい、こっちを見て欲しい・・・
 そんな気持ちでずっと、魔界軍に居た・・・幼子のような、ただの我侭で」

あれは恋という名前の独占欲。すぐに消滅してしまうほどあっけなく朧げなもの。
ただ彼に褒められて、笑いかけられるのが、自分だけであって欲しいという我侭。

けれどもミュゼットはそれを優しく受け入れる。
「・・・だれかに必要とされることは、本当に幸せなことだと思うわ・・・
 だから・・・全然おかしいことじゃない」
そう言って優しく頭を撫でてくれたミュゼット。
テュービュラーの心は、とても落ち着いた。


笑顔が戻ってから、テュービュラーは言う。
「そういえばクラーリィさん、子供たちと外で遊んでる?」
「ええ・・・でも、遊んでいるだけじゃない・・・魔法を、教えているの」
「魔法を・・・?」
テュービュラーは首を傾げる。
「でもクラは本当に子供たちから好かれてて、すごいと思うわ・・・
 私がなかなか解決できなかったあの騒ぎを、一言で何とかしたから」
「確か、絵本が好きって子と嫌いって子に分かれてた・・・」
「そう・・・・あのお話は、嫌いって子もいるの」
ミュゼットは苦笑いを浮かべる。

「なんていうお話ですか?」
テュービュラーの問いに、ミュゼットは答えた。

「・・・『人魚姫』」
「にんぎょひめ・・・?どんなお話ですか?」
「『シンデレラ』とか『白雪姫』は、王子様とお姫様が結婚して、幸せになって終わるでしょう?
 けれども『人魚姫』は違う・・・王子様への恋は叶わずに、人魚姫は海の泡になってしまうの」
「・・・悲劇、なんですか」
テュービュラーはしんみりと言う。
その問いにはミュゼットは答えずに、こう言った。
「後で本を持ってきてあげるから、一度読んでみて」
「はい」
テュービュラーは、話を聞いただけでの『人魚姫』を想像する。
子供がはっきりと『嫌い』と言うくらいだから、悲しいお話なのだろうと。

「初めてあのお話を読んだときに、泣いちゃった子供たちもいたの・・・
 お姫様が可哀想だって・・・優しい子供たちだから・・・
 可哀想だから、悲しいから嫌い・・・って、言う子もいるの・・・
 でも、悪いお話じゃない・・・だから今まで、読み継がれてきたの」

ミュゼットはそう言って、窓のところにゆっくりと歩いて行く。
そして、窓を開け放った。
外は青空、風も優しいそよ風。
なんだか心地よくなって、テュービュラーも同じように、窓の傍に立ち外を見た。


すると。

ふわりふわり・・・と、いくつかのシャボン玉が、下のほうから飛んできた。

「これ・・・シャボン玉?」
理科に関する本などで写真を見たことはあったが、
テュービュラーはシャボン玉を実際に見るのは初めてだった。
「そう・・・クラが連れて出た子供たちが、飛ばしているの・・・」
「晴れた日に飛ばすと、こんなに綺麗なんですね・・・」
「ええ・・・私も、シャボン玉は今でも大好き・・・小さい頃から、ずっと」
ミュゼットは懐かしそうに微笑む。
「でも、魔法を習っているんじゃなかったんですか?」
テュービュラーの問いに、ミュゼットはクスクス笑った。
「シャボン玉は、入門魔法なの・・・クラも、友達も、同じように小さい頃教わった・・・
 誰にでも出来る、魔法の初めの第一歩なの」
「・・・え?」

テュービュラーは首を傾げる。
どういうことを意味しているのかはよくわからなかったが、
昨日よりはもやもやした気持ちはどこかに消えうせていた。
下に見える、クラーリィの姿と・・・シャボン玉を飛ばす、子供たち。



ひとつ、またひとつ・・・虹色に輝く丸い泡が、空へと舞い上がってゆく。

そして、舞い上がっては・・・シャボン玉は、儚く消えていった。




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