テュービュラーは、この目の前に居る女性・・・ミュゼットに、
母親、というイメージを直感的に抱いた。
子供を連れて歩いて行くミュゼット。
彼女と子供たちが部屋から出た後、テュービュラーはクラーリィに尋ねた。
「今の子供たちは、クラーリィさんの子供?」
テュービュラーの問いに最初クラーリィはきょとんとしていたが、すぐに笑い出した。
「違う違う・・・オレは独身なんだ、子供はいない」
「じゃあ今のミュゼットさんという女の人が、子供のお母さん?」
「いや、違う・・・あいつらは、スフォルツェンドの城下町に住む子供たちだ」
クラーリィのその答えに、テュービュラーは戸惑う。
母親ではない・・・では何故そんなに、あの人に母親というイメージを持ったのか。
「お母さんじゃないのか・・・」
「どうした、ミュゼットがそんなに母親っぽく見えたのか?」
思わず呟いたテュービュラーにクラーリィは尋ねる。
「・・・」
黙って頷くテュービュラー。
「そうか・・・小さい頃はそんなの想像もつかなかったがな・・・
あいつはドジで、いつもぼーっとした奴だったんだけれども・・・
そんな風に人から『母親らしい』と見られるようになるなんてな」
クラーリィは呟いた。
「・・・二人は幼なじみ?」
「ああ、そうだ」
幼なじみと聞き、テュービュラーにある二人の人物の顔が浮かぶ。
「リコーダーとヴァルヴ、あの二人みたいな?」
「・・・さあ、どうだろうな」
クラーリィの答えに、テュービュラーは首を傾げる。
「あ・・の」
その意味がよくわからず、尋ねようとしたとき・・・クラーリィが言った。
「もうすぐ医者が診察に来るから、それまではあまり動き過ぎないように」
「・・・」
テュービュラーはすぐに頷く。
まあそのうちわかるようになるかもしれない、と前向きに考えることにした。
それから間もなくして、
「クラーリィさん、こんにちは」
テュービュラーの部屋に、一人の女性が入ってきた。
白衣を身につけている。手には鞄。
「ああ、カデンツァ・・・わざわざご苦労だったな・・・
じゃあオレは外に出ているから、診察を頼む」
「はい」
白衣の女性・・・カデンツァは答える。
「カデンツァ・・・さんが、クラーリィさんが呼んだ医者?」
「そう、クラーリィさんに呼ばれてあなたを診察しに来たの」
カデンツァはにっこりと笑った。
暫くして。
「クラーリィさん、診察終わりました!入っていいですよ」
カデンツァはクラーリィを呼ぶ。
クラーリィはすぐにドアを開けて入ってきた。
「見たところすっかり怪我も完治しているようだが」
「はい、少し詳しく検査しましたが異常は見られませんでした・・・
あとは体力を回復させるだけなので、食事から気を遣ってあげてくださいね」
カデンツァはカルテをクラーリィに見せながら、色々と言う。
「そうか、よかったな・・・さすがリコーダー姫、治癒の法力が強い」
「・・・そうですね」
カデンツァは微笑む。
「私は起きてもいいん・・・ですか」
テュービュラーはたどたどしい敬語で、カデンツァに尋ねる。
「ええ、いいわ・・・でも体力が回復するまで無理はいけない・・・あ!」
カデンツァはそう言ったあと、時計を見て叫んだ。
「・・・?」
「もうこんな時間、家に帰らなきゃ!子供と旦那の夕食がー」
慌ててカデンツァは荷物を鞄に詰めて、立ち上がる。
「わざわざご苦労だったな、カデンツァ」
「いえ、また何かあったら来ますから!それでは!」
足早にカデンツァは部屋から出て行った。
「カデンツァさん、忙しそう」
「ああ、あいつはもうスフォルツェンドには住んでいないんだ・・・
薬剤師の男と結婚して、今は子供が二人いる・・・
たとえ忙しくても呼んだら来てくれる、頼れる医者だ」
クラーリィの言葉に、テュービュラーは尋ねる。
「あの人も、クラーリィさんの友達?」
「ああ、仲間だ・・・スフォルツェンドで共に働いた」
「そう、なんですか」
テュービュラーは微笑んだ。
カデンツァが出て行って間もなく、テュービュラーの部屋のドアがまたノックされる。
顔を出したのは、ミュゼットだった。
「あ、ミュゼットさん」
テュービュラーは少し嬉しそうに言った。
あの夢のこともあるが、テュービュラーはミュゼットの雰囲気が好きだった。
「よかった、テュービュラーちゃん元気ね・・・クラ、カデさんはもう帰ったの?」
「ああ、家の仕事があるからって帰ったぞ」
「あーあ、久しぶりにお話したかったのにな」
ミュゼットの手には、お盆。
「どうしたんだ、それ」
「テュービュラーちゃん何も食べてないから・・・晩ご飯までの間に軽く」
それはガラスの器に盛られた苺だった。
「・・・いただきます」
テュービュラーは嬉しそうに、苺を一粒口に運んだ。
「テュービュラーちゃんは普通の食事で大丈夫なの?」
「ああ、体力を回復させるためにもきちんとバランス良く
ちゃんとしたものを食べた方がいいそうだ・・・」
「そっか!じゃあ普通の食事でいいのね!私、頑張って作るわ」
「え、お前が作るのか?給仕係は?」
「今人手不足だから、私手伝うの」
ミュゼットの表情が輝く。しかし、
「・・・まともなもの作れよ、『きちんとバランス良く』食べさせるんだからな」
クラーリィにからかわれ、
「わかってますっ!マリーやティンから色々習ったこと、クラも知ってるでしょ」
すぐにミュゼットの表情はむくれ顔。
テュービュラーは思わず笑ってしまった。
「じゃあテュービュラーちゃん、あとで食堂に来てね」
ミュゼットはそれでも楽しそうに部屋を出て行く。
「ミュゼットさんの料理・・・どんな感じ?」
「昔は色々変なもの食わされた!甘すぎるカレーとか、納豆の入ったおにぎりとか・・・
三食お菓子ばっかりっていうのもあったな」
「・・・」
テュービュラーはぽかんとしている。
幼なじみというのはこういうものなのだろうか、と少し思ったりもした。
だがクラーリィは付け加える。
「だが友達に色々習ったのもあって、今はちゃんとしたものを作るから・・・
少しは期待してもいい」
それを聞き、テュービュラーは嬉しそうに微笑んだ。
だが、テュービュラーの中にひとつ疑問が生まれた。
「クラーリィさん、女の人の知り合い沢山いる・・・なのに結婚してない?」
テュービュラーは思わず尋ねていた。
付き合いの短い自分でも、クラーリィとミュゼットがとても仲がいいことは判る。
他にもカデンツァや、マリーとティンという友達。それに城には色々な女官たちが働いている。
だからテュービュラーには不思議だったのだ。
何故クラーリィが、結婚していないのか。
「独り身の方が、気楽だ」
クラーリィはそう答えた。
「寂しくない?」
「別に寂しくはない」
さらに問いかけるテュービュラーに、クラーリィは言う。
すると、テュービュラーが強い口調で言った。
「・・・どうして寂しくない!?」
「・・・」
思わずクラーリィはテュービュラーの瞳を覗き込む。
その瞳からは、涙が溢れそうだった。
「私、家に誰もいなくて独りだったら・・・絶対寂しくて、不安に思う!
クラーリィさんはどうして寂しくない?私は解らない・・・」
テュービュラーは叫ぶように言う。
自分でも何故そんな風に言うのか分からなかった。
・・・ただ、その『独りは寂しい』ということが、
自分の心の奥底を抉ったような、そんな気がしたのだ。
「・・・焦ってわかる必要はないことだ」
クラーリィはただ、そう答えた。
「わからない・・・クラーリィさんの気持ち、解らない・・・」
テュービュラーは呟く。
「・・・とりあえず、冷静になることが必要だな」
クラーリィは席を立ち、部屋の外へと出て行った。
夕食の時間。
「テュービュラーちゃん、夕食出来たの・・・ビーフシチュー、一緒に食べよう?」
ミュゼットが部屋の外から、テュービュラーを呼んだ。
「ごめんなさいミュゼットさん・・・この部屋で食べてもいいですか?」
テュービュラーは力なく答える。
「・・・わかったわ」
ミュゼットは悟ったのか、静かにそう答えた。
「私に・・・人間の心、理解できるの?」
テュービュラーは暗い部屋で、一人不安そうに呟いた。
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