最終決戦から5年と少し経ったある日。
その日は、女医カデンツァ・ヴァーダーが結婚し、国を出る日であった。
彼女はスフォルツェンド以外の国の者(薬剤師)と恋愛中だったのである。
「ご結婚おめでとうございますー!」
フォルとシンフォニーが、突撃のようにカデンツァの部屋にやってきた。
「ありがとう・・・でもまだお仕事は続けるから、呼ばれたら来るわよ」
にっこりとカデンツァは答える。
いつものあの恐ろしい天才女医の表情は見えないが、
それは主に言うことを聞かない患者やその前科がある者・・・
特にこの国の大神官に発揮されるのである。
「ではこの国トップの美人女医の結婚を取材させていただきますね!」
フォルはメモを構える。
「あまり踏み込んだ質問以外なら答えるけど」
「えっと、では美人女医のカデさんのご結婚、泣いた男性たちも多いでしょうが、
彼らに対して一言お願いします」
芸能リポーターの如く尋ねるフォル。
「あら・・・そうなの?初耳だけれど・・・」
カデンツァがそう言ってクスクス笑うと、そこに走ってくる男一人。
「うわぁああ、カデンツァさん!国を出るってどういうことですか!?」
医者のヴァイゼ・クヴェレンバウム・・・医者一家のお坊ちゃんで、カデンツァの後輩。
まあカデンツァは飛び級なので、ヴァイゼは年上の後輩なのだが。
そしてこのヴァイゼ、カデンツァに片思いしていたのだ。
「どういうって・・・結婚するんですよ?国外の人と」
「薬剤師の彼って、この国の薬剤師じゃないんですか!?」
「?この国の薬剤師は、ノクターンさんでしょう?
どうして私とノクターンさんが結婚するなんてことになるんですか?」
しかもヴァイゼは、カデンツァの相手をノクターンだとずっと勘違いしていたので、
カデンツァが結婚しても国を出て行くとは思ってもみなかったのだ。
確かにカデンツァとノクターンはよく一緒に居るが、
それはあくまで研究仲間、同レベルで話せる数少ない存在としてのことだ。
勘違いとカデンツァの門出のダブルショックを受けているヴァイゼを見ながら、
フォルは残念そうに呟いた。
「でも、アダージョさんも結婚して軍をやめちゃったし、
ヴィヴァーチェさんもそうだし、コンチェルトさんも子供できたらやめるっていうし、
皆さんが居なくなっちゃってすごく寂しいですー・・・」
横でシンフォニーも頷く。
するとカデンツァは優しく微笑んで、答えた。
「私はこの国を出るけど・・・私たち仲良し組の中では、一人残ってくれてるわ?」
その時、丁度ドアが開き、一人の赤毛の女性が顔を出した。
「カデー、クラ兄・・・じゃなくて、隊長がお祝いくれるって言ってるわよ」
レプリーゼという名前の、スフォルツェンド魔闘家。以前はアダージョの隊であった。
カデンツァたち同い年メンバーの中でも、クラーリィやクルセイダーズに魔法を習った彼女は
特に親しい妹分のような存在のようである。
そして今・・・スフォルツェンドの人間と結婚し、
『レプリーゼ・ショーファル』から『レプリーゼ・レトログラード』となり、
この国に残って、守り続けているのである。
「そっか、レプリーゼさんが居るんだ!」
フォルは嬉しそうにレプリーゼに駆け寄る。
話が読めないレプリーゼが首を傾げたので、シンフォニーが付け加える。
「レプリーゼさんはスフォルツェンドの方と結婚したので、
国を出て行かないから寂しくないですね、という話です」
「ああ、そういうこと・・・そうね、私はこれからも夫とこの国で頑張るわよ」
レプリーゼは笑顔で答えた。
廊下の向こうで、カデンツァがクラーリィに挨拶をしているのが見える。
『一時休戦といったところね』とフォルが言い、シンフォニーが苦笑した。
いつもクラーリィはカデンツァに実験されかなり怖い目に遭わされている。
(元々はクラーリィがあまりに医者の言うことを聞かないのでキレたのが原因だが)
しかし今日は笑顔を交わして、思い出のひとつふたつも語っていた。
「思い出すわね・・・私の時も祝ってくれたわね、クラ兄」
レプリーゼが呟く。
「そりゃそうですよ、クラーリィさんや元クルセイダーズの方々にとっては
レプリーゼさんは可愛い妹分なんですから」
「そうかしら・・・でもまあ、私の夫はクラーリィさんたちの同級生・・・
・・・それもあって、結婚式の時は仲人までしてくれたわね」
レプリーゼは、夫・・・ラウドネス・レトログラードとの馴れ初めを思い出していた。
それは、4年前・・・ミュゼットが目覚めた直後くらいのことだった。
コンチェルトが城の食堂で、いつものようにリートにお菓子をご馳走していた時。
いきなりドタドタという足音が聞こえ、クラーリィが飛び込んできた。
「コンチェルト!」
「うわ、びっくりした!どうしたんですか、クラーリィさん」
コンチェルトは突然のことに驚く。
そしてリートはやっぱり驚くことはなく、プリンを口に運んでいた。
「かくまってくれ!」
クラーリィは叫ぶ。
だが、これはよくあることだ。
呆れた顔をするコンチェルト・・・しかしあることに気づき、表情を変えた。
「・・・ってクラーリィさん、義手が・・・折れてるじゃないですか」
心配するコンチェルト。
しかし、クラーリィは間髪入れずに反論する。
「こんなのはたいしたことない!あいつらに関与されることに比べれば!」
青ざめた顔で言うクラーリィには、理由があった。
最近世界が平和になり、ミュゼットが目を覚まして看護女官として働き始めて。
ようやく幸せな生活を手に入れたはずが、非常にやりにくい。
ミュゼットは看護女官、つまり医局勤務なのである。
そのためカデンツァと姉妹のように仲がよく、ミュゼットとケンカでもしようものなら
絶対にミュゼットの味方であるカデンツァから反撃を食らうのである。
その方法は、カデンツァがよくつるんでいるノクターンの謎の薬を投与すること・・・
最近はもう何かあるたびに実験実験実験!!なのだ。
「あのですねクラーリィさん・・・そういうときにお医者さんの言うこと聞かないと
余計にカデンツァを怒らせることになると思うんですが・・・」
「いいからつべこべ言わずかくまえ!」
「はぁ・・・」
コンチェルトの注意も聞かず、クラーリィは食堂の奥、廊下から見えない場所へと隠れた。
「ちっ・・・このオレが逃げ隠れることになるとは・・・」
「クラーリィさん、何か飲みますか?」
「遠慮しておく」
警戒しきったクラーリィに、コンチェルトはやれやれと溜息をついた。
これが大神官でいいのだろうか、と言いたそうである。
「別に何も入ってませんよ・・・ね、リートくん」
「・・・」
リートは黙ってコクンと頷き、2個目のプリンを食べ始めた。
暫くクラーリィは食堂の中を挙動不審なほどにオロオロと隠れたりしていた。
リートはプリンの器をどんどん空にしていき、
コンチェルトは嬉しそうに次々とお菓子を運んできている。
「やれやれ・・・」
警戒し続けるのに疲れたのか、それともあまりにほのぼのとした空気に当てられたか。
クラーリィは一番端の椅子を引き、腰掛けた。
その瞬間・・・
ぱかっ。
ドサッ!!
いきなり床に綺麗な四角い穴が空いて、
地界に敵魔族が吸い込まれるが如くクラーリィは穴へと消えたのだった。
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