「引っかかりましたね」
スタン、と上から舞い降りたのはレプリーゼだった。
「レプリーゼ!?どしたの」
天井からいきなりやってきた友人に、コンチェルトは驚く。
「ああ、落とし穴の上に結界を張ってたのよ」
「もー、勝手に食堂に作らないでよね、こんなベタで面白げな罠を」
「あはは、ごめんごめん」
どうやらクラーリィが近づいたところを見計らって結界を解くことで、
レプリーゼが罠を作動させたようだった。
「お、おのれレプリーゼ」
「クラ兄、私はただ医者の言うことを聞くように言いにきたんです・・・
注射が怖くて泣く子じゃあるまいし、大人げないですよ」
「うるさいっ!あれは大の大人でも怖いだろ!」
穴の中から叫び声が聞こえる。
下の階まで加工して深い落とし穴にしたのか、クラーリィは出てくる気配がない。
レプリーゼが上に結界で蓋をしているのかもしれない。
「でもこの落とし穴は?」
コンチェルトが尋ねる。
「ああ、私はカデンツァから結界を頼まれたのよ、
間違ってこの落とし穴にコンチェルトやリートくんが落ちないようにね」
レプリーゼが答えた。
するとコンチェルトは頬を膨らませる。
「それなら私にも教えてくれたっていいじゃない、面白そうなのに!」
「こらぁコンチェルト!お前もかっ!」
クラーリィのツッコミが飛んだ。
そして、レプリーゼは言う。
「落とし穴を作ったのは、大工のラウドネスさんだってさ」
ラウドネス、フルネームで『ラウドネス・レトログラード』・・・
スフォルツェンドで建築関係の仕事をやっている青年。
そして、クラーリィやクルセイダーズの同級生である。
「へー」
「ノクターンさんが頼んだってさ」
それはつまり、ノクターンとも同い年ということであるが。
「おのれラウドネス、あいつもグルかぁっ!!」
クラーリィが落とし穴の中から叫ぶ。
だが、同い年でそれぞれ魔法兵団部門とは別職に就いたという共通点があるとは言え、
そこまで二人が仲がいいようには思えないため、疑問もあった。
その時。
「まあグルと言えばグルだな」
声が響き、藁色の髪をした青年が現れた。
クラーリィよりは背が低く、細身・・・鼻の頭に、傷跡・・・それは、ラウドネスであった。
「ラウドネスさん」
レプリーゼとコンチェルトが、ラウドネスを見る。
「コンチェルトちゃん・・・と、えーと、レプリーゼちゃんだったね」
「はい」
よく城内の修繕をしているためコンチェルトとは面識があったラウドネスだが、
魔闘家のレプリーゼはクラーリィやクルセイダーズ達に比べて
ラウドネスと会う機会はそれほど無かったのだった。
「あいつらから聞いてた、自分達の妹分で、魔法兵として頑張ってるって」
「そ、そうですか」
「マリー達の相手大変だろ?あいつら意外と騒がしいから」
「え、そんなことないですよー」
のほほんと、レプリーゼとラウドネスは話し始める。
「お前らー!和んでないで助けろぉ!!出せ!!」
ぎゃーっ、とクラーリィが落とし穴の中から叫び、はっとする一同。
「あ、そっか、早く捕まえて医局に連れて行かなきゃね」
「これに懲りたらおとなしく医者たちの言うことは聞けよクラーリィ」
ラウドネスが落とし穴の中を覗き込む。
「ラウドネス貴様っ!」
「何とでも言え、オレは一番賢明と思われる判断をしただけだ」
あの二人には逆らいたくないんだよ、と笑うラウドネス。
口に出している言葉は怯えだが、状況を楽しんでいるようにも見える。
「とりあえずクラーリィさんを助けましょ」
レプリーゼが言う。
「あ・・・怪我人、穴に落として大丈夫だったの?」
コンチェルトが心配そうに尋ねる。この中では一番の良心のようだ。
すると、ラウドネスが返す。
「ああ、ちゃんと衝撃緩和剤を入れたクッションを敷いておいたからな」
「衝撃緩和剤?」
「魔法薬の応用だから作れるらしい、あいつら・・・」
建築にも応用できるんだよ、とラウドネスは笑顔を浮かべる。
彼がノクターンやカデンツァとの付き合い方をうまく把握できている理由を、
なんとなくレプリーゼ達は察したのだった。
「優しいんですね、こういうの用意しておくなんて」
レプリーゼが、ラウドネスに微笑みかけた。
「ああ・・・まあ、一応友人だからな」
「そう、ですね」
すると、ラウドネスは付け加える。
「オレは魔法は空を飛ぶくらいしかできないが、
代わりにできることでどうにか協力していこうと思ってる・・・
こういう魔法の物質を作ってもらったり、城直したりしてな?
クラーリィ捕まえて怪我治させることも、必要なことだし」
「ラウドネスさん・・・」
レプリーゼは、その言葉が胸に響くのを感じた。
ただひたすら魔力を磨き戦うことで、自分の思いを形にしようとした者たち・・・
自分が兄や姉のように慕う者たちと同じように、またラウドネスも。
「レプリーゼちゃん、魔法でどうにか捕まえられないかな」
ラウドネスに名を呼ばれ、レプリーゼははっとする。
「結界から外に出すと逃げるかもしれませんね」
そして、冷静に答えた。
「そうだな・・・それなら、ノクターンたちを呼んでこようか」
「ミュゼットちゃんを呼べば、絶対に大丈夫です」
「それもそうだな、医務室に行こう」
「はいっ」
いつの間にか仲良くなった二人は、共に医局に向かって走り出した。
「あらあら、意外な組み合わせね・・・よかったわねクラーリィさん、仲人決定ね」
コンチェルトが言う。
「え、何があったんだ?コンチェルトー!」
状況がわからないクラーリィが、穴の中から叫んだ。
「おねーさん」
「あ、リートくん、プリン食べ終わったの?おいしかった?」
「・・・うん」
「きゃー嬉しい、リートくんっ」
そんなクラーリィをさらりと無視して、
コンチェルトはリートと和んでいたのだった。
「おい、レプリーゼ」
そこに、当の本人・・・ラウドネスがやってきて、
レプリーゼは思い出をフォルたちに語るのを中断する。
「ラウドネスさん、どうかしましたか?」
「カデンツァちゃんの結婚祝いにノクターンからことづかってきた物があるけど、
まだクラーリィと話してるみたいだから待ってようと思ってな」
ラウドネスは、レプリーゼの横に腰を下ろす。
「ことづかってきたものですか・・・
それは今渡したほうが、カデンツァは喜ぶと思いますけどね」
「あー、なるほど」
二人は顔を見合わせ、笑う。
スフォルツェンドの騒ぎの中では、いつも傍観者だけれど、
やっぱりそこは友達だから、よく把握しているのだった。
「渡しに行きましょ」
「そうだな」
二人は立ち上がり、カデンツァのところに向かって歩き出す。
そんな二人の背中を見送りながら、フォルたちが呟いた。
「素敵!お似合いの夫婦ね」
「まあ、確かにそうですけど・・・クラーリィさん受難ですね」
「またいいネタが手に入りそうだわ!行くわよシンフォニーくん!」
「ええ、僕もですかー!?」
そして、ラウドネスとレプリーゼの二人を追うように、
シンフォニーとフォルの二人もまた部屋を飛び出すのだった。
|