「イタタタタ…!ほんとにもう最近のクラーリィさん容赦ないわね。」
いつものように不法侵入→クラーリィに発見される→お仕置きの3段構成によって
フォルとシンフォニーの記者コンビは鋼鉄製ゲンコツを食らわされてしまった。
そうなるとすぐさま彼女たちは医局に駆け込み、
カデンツァやミュゼットら医局メンバーに治療してもらうのだ。
(ついでにクラーリィに対する報復も時折、お願いしているらしい)
相変わらずの二人の様子にカデンツァは苦笑いしながらも
きちんと常連患者の面倒を見てあげる。
まあ殴るといってもクラーリィもそれほど強くは殴っていないので、
軽くコブが出来ている程度なのだが。
「最近クラーリィさんなんだか大変そうですよね…申し訳ないことしちゃったな」
怪我を負わされたのは自己責任だと感じているシンフォニーは
相変わらず申し訳なさそうな顔をして俯く。
それに対して、計画の首謀者であるフォルはあっけらかんとした態度で、
「どうせミュゼットさんと喧嘩してストレス発散に私らに八つ当たりしてるのよ!
お互いああいう性格だから融通きかなそうだしさ。
ストレス発散に私らいじめられても困るんですけどー…」
言いながら頬を膨らませるフォルの姿にカデンツァは思わず笑みを零してしまう。
そして治療完了と同時にフォルの頭をぽんと叩くとにこやかな笑みで
「そういうお二人さんにはあとで私がちゃんと言っておくから」とフォルを嗜めた
そのにこやかな笑みの裏には間違いなくノクターンと一緒にまた
新薬投入のための実験をするという事情が見え隠れしているのに
すぐさまシンフォニーは気がついた。
故に、それがまたクラーリィを受難の道へ引きずり込むことになってしまったのかと思うと
彼はカデンツァの様子に苦笑いを浮かべるほかなかった。
隣にいる相棒のフォルはむしろそんな状況を楽しんでいるかのように、
ワクワクした表情で「ありがとうございますー!」とカデンツァに返していた。
するとそんな三人組の目の前に向うのレントゲン室から一人の青年が出てきた。
彼の名はカプリチオ・トリアーデ。
レントゲン技師としてスフォルツェンド医局のメンバーの一人であり、
シンフォニーの実の従兄弟にあたる存在でもある。
彼はクラーリィに殴られた二人の頭部のレントゲン写真を撮影し、
出来上がったものを患者である二人に見せにきたのだ。
「この図を見てくれれば分かるけど、二人とも一応異常ないよ。」
「これで異常あったらクラーリィさんを記事で袋叩きにしてやるんだから!
『スフォルツェンド大神官K氏、記者に暴行』ってねー!!」
レントゲンを見ながらフォルはまだクラーリィに対する怒りをぶつけていた。
「ははは…でもありがとう、兄さん」
「何、こんなのお安い御用さ」
弟のような存在であるシンフォニーに礼を言われて、カプリチオはウィンクで返す。
そんな兄弟のような二人のやりとりに
ほほえましさを感じているフォルとカデンツァであった。
「流石カプリチオさん!花の医局のお一人ですね!
感謝を込めて次回の記事の特集組んじゃってもいいですか!」
「花の医局ってねえ…まあそうなるの?カデちゃん」
苦笑いを浮かべながら、フォルに慕われるカプリチオだったが、
従兄弟のシンフォニーはそんなカプリチオを慕う彼女の姿に複雑な様子であった。
弟のような存在の彼のそんな姿に気がつくのは自然なことで、
彼はシンフォニーの隣へと移動して、ぽんと彼の肩を叩いた。
そしておもむろにその場にいるフォルとカデンツァに話をする。
「その花の医局とやらに…実はというと
コイツも入ろうとしてたことがあったんだよ、フォルちゃん」
「それってどういう…」
フォルが目を点にしながらカプリチオに尋ねる。
「つまり医者を目指してたってこと」
「にっ兄さん!何でそんなこと蒸し返すんですかー!!」
「まっ減るもんじゃないし、いいだろ?」
とシンフォニーの反撃にもさらりと身をかわすように答える。
「医者ねえ…シンフォニーくんが…
兄貴代わりのカプリチオさんに感化されてって感じなの?」
「まあ、そんな感じ…ですよ…」
実の兄のような存在であるカプリチオに過去の一片を暴露されたシンフォニーは
少々照れと苦笑いが交錯したような表情を浮かべてフォルの問いに答える。
「ふーん、でも何で医者になるの諦めたの?それにはやっぱり…」
「フォルちゃんの考えているとおり、深い理由があるってことだよ」
カプリチオは妙に爽やかな笑顔で答え、隣にいる彼の従兄弟は視線を横へそらす。
どうやらあまり良い理由ではなさそうだとフォルは感じた。
「でも私も気になるわね、シンフォニーくんが私達のメンバーに
入っていたかもしれないのに。」
いつの間にやらカデンツァも話の輪に加わって、
女衆二人はシンフォニーの過去に興味津々な様子。
「それは…シンフォニーが僕に連れられてスフォルツェンドに
遊びに来た時のことだったんだけどね」
北の都の大戦が終了して一年過ぎたころ、
かねてからスフォルツェンドに医師として出向いていたカプリチオに憧れて
幼いシンフォニーは初めてスフォルツェンドへとやってきていた。
自分もいつか従兄弟のようにここで立派な医師になりたいと思っていた彼は
カプリチオに連れられて一回医局に来たことがあったのだという。
「あの時はドタバタしてたからなー…
カデンツァちゃんも休暇で今付き合ってる彼氏さんの所に行ってたし。
僕とヴァイゼで色々やりくりしてたんだよ」
「あっなるほど、あの時ね…」
カデンツァも昔の記憶が繋がってその事実を認めるかのように、頷く。
「そんなときにシンフォニーが医局の様子を見たいって
里帰りして戻ってきた僕と一緒に来たんだよ」
カプリチオは話を続ける。
今と比べて幾分か背丈も小さく幼い顔つきのシンフォニーは
カプリチオに手を引かれてスフォルツェンド城の前に来ていた。
元々スラー郊外の田舎町育ちの彼にとっては
要塞のような構えの複雑な城は初めて見るもので
目をキラキラと光らせながら自分が尊敬しているカプリチオの
仕事振りを見られるのかと思うとワクワクしてきた。
そして…やがては自分もここでカプリチオのような医師として働きたいとも思っていた。
一方でそのカプリチオは外部者であるシンフォニーが
城の中に入れるように手筈を整えていた。
シンフォニーが気がついたときには書類をひらひらとさせながら、戻ってきた。
「カプリチオお兄ちゃん、ありがとう。僕のわがままをきいてくれて…」
「いやいや、一応僕もここで働いている身だし…これくらい何のそのさ。
まあ条件として手術室とか危ない場所には連れて行けないけどね」
「それでも、このスフォルツェンド城に入れるなんて…凄いことだよ!
本当に聞いていたとおりおっきいなあ…」
「そうだなー…友達にでも帰ったら自慢したらどうだ?」
そんな他愛もない会話をしつつ、二人はあいた門から王宮の中へと入っていた。
女王ホルンが亡くなった後とはいえ、この城には未だに大勢の女官や兵士、
大臣たちがせわしなく動いている。
比較的田舎ののんびりとした空気の中で育ったシンフォニーにとっては
新鮮な環境であった。
そんな人の波に飲まれないようカプリチオはシンフォニーの手を引いて、
医局の前までやってきた。
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