「ただいまー…」
仕事の忙しさから最早医局が帰る場所となっているカプリチオは
扉を開けるや否やそんな言葉を口にする。
そんなカプリチオの洋服を掴みながら、シンフォニーも恐る恐る部屋の中へと入っていく。
意外と医局の中は小奇麗な感じで、真っ白な壁や棚が清潔感を与えている。
そこのデスクに座っているのは2人の男性で、
二人ともほぼ同時にカプリチオに気がついた様子。
真っ先に彼の元へ駆け寄ってきたのは、カプリチオの同期であるヴァイゼであった。
「お帰り、カプリチオ…いやーこっちは大変だよ。
カデちゃんが友達との旅行でいない状態でお前もスラーに里帰りしちゃってて…」
「悪い悪い。今日からはまたバリバリ働くよ。あっ、ノクターンさんもいたんですか?」
「…いて悪いのか」
医局の中とはいえ、タバコを片手にカルテを眺めているノクターンの姿に
シンフォニーは思わず見惚れる。
カプリチオは「そんなこと言ってませんよ」と流石に先輩に対して、一歩引き気味だ。
まあそうでなくてもノクターンは元々医局の薬剤局長であり、
普段は研究のため自分の家の専用ラボにいることが多いので
用がない限り滅多にこちらには来ないのだが。
「あっ、そういえばノクターンさんその子は…」
カプリチオがふとノクターンの膝の上にのっかって
ノクターンの研究書をじっと見ている子どもを指差す。
ノクターンもノクターンで反対に
「そういうお前の隣にいるのは…」
とシンフォニーの方を指差してきたので思わずシンフォニーは
「はい!」とそそくさとカプリチオの隣に出てくる。
「そういえばこっちもそうでしたね…紹介します。僕の従弟のシンフォニーです。
ほら、お前も挨拶しろよ…」
そう言ってポンと肩を押すカプリチオになされるがままに、前に出る。
「はっはじめまして…シンフォニー・トリアーデです…」
「・・・・・・・・」
おどおどしながらノクターンに自己紹介するものの、
終始無言である彼になんだかシンフォニーはみるみる自信がなくなっていく。
そんな彼に気づいたヴァイゼが元々ああいう人だから気にしなくていいよと
声をかけてくれて、少しほっとした。
(元々彼自身もノクターンを恐れているからこそいえる台詞であろう。)
そしてシンフォニーはそのまま目をノクターンの方から下にいる子どもに向ける。
こんな大人ばかりの医局の中に自分と同じような子どもがいることで
どこか安心感を持ちたかったのかもしれない。
「ああ、彼はリートくんといってノクターンさんが引き取った子なんだよ」
彼に興味を示しているシンフォニーに
ヴァイゼが説明する気のないノクターンに代わり、説明してやった。
「ああそうか!随分久々に見るから忘れてたけど…大きくなったなー。
そうだ、シンフォニー。よかったらリートくんと遊んであげたらどうだ?」
「えっ…いっいいですか…?」
ノクターンはそんな周囲の状況と無関心にカルテを眺め、
仕事を行なっているようでなんとも言い難かったが、
遊び相手と言われたリートはシンフォニーをじーっと見つめて了承してくれたのか
こくんと頷いてくれた。
シンフォニーもそんなリートの姿に和やかな雰囲気になったのか、
リートの方へ手を差し出す。
「はじめまして…よろしくね。リートくん」
「…うん」
リートもシンフォニーの手をぎゅっと握ってノクターンの膝から軽やかに降りてきた。
元々トリアーデ家の中で最年少である彼にとっては
弟みたいな存在ができたと思ったのかもしれない。
どこかしら、いつもより大人びた表情が垣間見えると兄代わりのカプリチオは思った。
ノクターンは相変わらずそんな二人にも我関せずといった様子だったが。
「あっそういえば、ヴァイゼ。仕事が忙しいって…」
「ああ、そうだった!早く白衣に着替えてくれよ!!急患がそろそろ来るんだ!」
「急患…?」
魔族の襲撃があったわけでもないのにそんなに重傷な奴がいるのかと
思わず?マークを浮かべてしまうカプリチオ。
しかしその急患である人物に心あたりがあるのを思い出し、手をぽんと叩いた。
そして急いでロッカーから白衣を取り出して、本職であるレントゲン技師の姿へと変わる。
リートと遊んでいたシンフォニーもそんな仕事モードに入った従兄の姿に思わず溜息をつく。
やはり、尊敬している存在がこうやって理想の仕事を行なっている姿を
みるのはとてつもなく新鮮なことで、また自身の夢がふくらむようであった。
が、しかしこれから見ることになる(ある意味)地獄の光景に
その夢は脆くも崩れ去ったのだ。
「でー…結局ノクターンさん達に投薬実験されるクラーリィさんを見て、
トラウマになっちゃったって訳?
なんともシンフォニーくんらしいわねー…」
そんなシンフォニーの幼い頃の話を聞いてフォルが情けないといった様子で、
隣にいる相棒を見やる。
対する彼はカプリチオに過去を暴露されて少々赤面していた。
「でもあの悲鳴、物凄かったんですよ!ホントこの世のものとは思えないくらい!!
リートくんと一緒にいたんですけど、リートくんはそ知らぬ顔でお絵かきしてて…
凄いなって思いましたよ、本当に…」
思い出すだけでげんなりした表情になっているシンフォニーに
カプリチオが苦笑いを浮かべてポンと肩を叩いた。
「リートくんはノクターンさんと普段一緒にいるから慣れちゃってたのよねー…」
「そういうことだね。
でも、僕は今のシンフォニーの歩んだ選択肢が間違っているとは思わないけど。
人には向き不向きがあるから…別に僕の真似しなくてもいいんだし」
「うん、今でも兄さんのことは尊敬してるけど…
やっぱり僕はこの道を選んで正解だったなって思う。
医者はずっと憧れていたけど、このカメラマンの仕事も
自分にとって凄いやりがいがあるよ」
そう照れくさそうに言うシンフォニーの頭をカプリチオはくしゃっと撫でた。
「む…なんか入り込めなさそうな雰囲気…」
「あら、フォルちゃん妬いてるの?」
くすくすとカデンツァがそんなフォルを嗜める。
しかし、この手の恋愛観に元々疎いフォルは「はて」といった感じの表情をしているが。
「妬いてるって言うか…そうなんですかねー。
まっ、あんなにこの仕事が好きなんだったら相棒として
これからもどんどん仕事をやってもらいますけどね!」
フォルはそう笑顔で言いながら、
カプリチオに構われて笑っているシンフォニーをじっと見ていた。
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