「一体何の騒ぎですかー!!」
そんなどたばたした厨房の様子に何かを察知したのか
彼の相棒のフォルが嬉しそうにやってきた。
大抵スフォルツェンド城が騒ぎになれば、彼女は特ダネの
においを嗅ぎ付けてやってくるのが世の常になっていた。

「何の騒ぎってなあ・・・騒ぎもなにも」
クラーリィは頭を抱えながら、フォルの応対に応じる。
フォルはそんなげんなりしたクラーリィの様子にまた彼が
カデンツァとノクターンの実験にでも巻き込まれたのかと思い、
嬉々としてメモ帳を手に取り取材モードに突入していた。
が、しかしクラーリィの姿を見ていると特に実験された様子もないので
彼女は顔に?マークを浮かべていた。
そんな彼女に人格反転したシンフォニーはカッターシャツの胸をはだけさせながら、


「おい、フォル」


と随分と柄の悪い声で応対する。
一瞬フォルはこの場にいるのは誰なのかわからなかった。
新しくスフォルツェンドにやってきた人だろうかとも思ってしまった。
けれども、クラーリィはそんな彼女の様子に

「アレが誰だかわかるか?」
「・・・誰って・・・」
「声質でわかるだろ、何年オレの相棒やってんだよお前は・・・」
彼の発した『相棒』と言う一言ですかさずフォルの顔が顔面蒼白になる。
そして途切れ途切れの声で

「まっまさか・・・あんた・・・シンフォニー・・・くん?」
「そうに決まってんだろ、このクソ馬鹿女」
ぐいと彼女の手を引いて彼は不満げに彼女を見下ろす。
「なっ何よ・・・」
思わずそんな彼の様子に怯えてしまうフォル。
「何よってねえ・・・先ほどまでこのオレをこき使ったのは
どこのどなたでしたっけ?」
「くっクラーリィさん、コレってどういうことですか?」
すかさずフォルはいつもネタの矛先になっている
クラーリィに助けを求めてしまう。
クラーリィは何も解らないので少々にらみつけるような形で
隣のコンチェルトに事情を聞く。

「そっそれがね・・・カデンツァとノクターンさんが
人格反転薬っていうのを作って・・・ハーメルさんに飲ませようとしたのよ。
それがどこをどう間違えてか・・・シンフォニーくんが飲んじゃって」
「何だ、ハーメルの奴に飲ませようとしたものなのか」
それならいいだろうという感じにクラーリィもなってしまう。
今までの実験台が自分ばかりだったので被害にあわなくて
すんだという安堵もあったのだろう。
しかしそれでもシンフォニーのこの豹変には二人とも面を食らっていた。

「しかし性根の優しい子があんな不良少年になってしまったということか」
クラーリィはまるで担任の先生のように、シンフォニーの豹変を嘆いていた。
何だかんだいっていつも自分の心配をしてくれていたのが彼だけだった
というのもあったのかもしれない。
そんな話題になっているシンフォニーはフォルに更に近づいて

「おい・・・」
「何よ」
「取材、行くんだろ?」
「行くんだろってねえ・・・」
あんたに指図されるつもりは毛頭無いわよといいかけたが、
目つきの悪くなった碧眼でひと睨みされると
何もいえなくなってしまった。
そのまま彼女は彼と外へ出ることになってしまった。
嵐が去ったとばかりにクラーリィとコンチェルトは呆然と
二人を見つめることしか出来なかった。
リートは何もなかったかのようにまたケーキを食べ続けていた。



二人が取材に来たのはスフォルツェンド界隈で
有名になりつつあった洋食店である。
この前城で働く兵士さん達のアンケート調べで一位に
なったこの店を取材しようとは前々から言ってはいたのだが・・・

「お前、何食うんだよ?」
乱暴にウェートレスからメニューを奪った彼はフォルに尋ねる。
「・・・あんたが先に選べば。」
フォルは彼から目をそらしつつ、応える。
目の前にいるのはいつもの相棒・・・のはずなのだが
どうしてかその事実を拒絶したくなっていた。
はだけた胸にはこの店に来る前に買ったチェーンのネックレスをかけており
やたら魅力的に見えた。
けれどもこれはいつもの彼ではない。
優しくて、喧嘩もするけれど・・・こきつかったりもするけれど、
めげずについてきてくれて、笑顔を振りまく彼ではない。

自分の相棒は・・・あのシンフォニーだったのだ。


「なんか・・・文句があるなら言えよ」
「文句って・・・」
思わずそのシンフォニーの質問にフォルはどもってしまう。
『今のあんたに文句があるのよ』なんてこの状況では到底いえなかった。
仕方が無いので折れた状態になってしまった彼女は小さな声で
「カルボナーラ」とメニューを指差して言った。
「じゃあ、オレはペペロンチーノ」
二人はそれぞれパスタを注文して一言も会話をせずに食事をした。
こんな騒動があったので取材のことなんてフォルの頭からなくなってしまっていた。


お金を払って、会社への岐路へ着こうとしたとき
おもむろにシンフォニーが口を開いた。
「おい、フォル・・・今日のあれって取材じゃなかったのか?」
その一言で彼女の遠い記憶の片隅にあった取材という言葉が
頭によみがえってきた。
「ああー!!っていうかあんた、
何で知ってたのに言ってくれなかったのよ!!」
思わずフォルはいつもの様子でシンフォニーに掴みかかってしまう。
しかし、その掴みかかった手はひょいと軽く持ち上げられてしまい、
彼女は体ごと壁に打ち付けられてしまった。
そんな一瞬の出来事に思わずフォルも彼も男だったのだとふと思ってしまう。
いつものなよなよしい体からこんな風な力を出すなんて思いもしなかったからだ。
逆転した状況にフォルは体を硬直させてしまう。





「・・・オレに口答えするとはいい度胸じゃねーか、フォル」
先程よりも更にどすの聞いた声で彼女の耳にその言葉をささやく。
「・・・あんたなんか大嫌い・・・最低よ・・・私より小さいくせに!!
偉そうにすんじゃないわよ!」
「お前だっていつもオレをちび扱いしてるじゃねえか・・・
いつも舐めてもらっちゃ困るんだよ・・・」
この様子に流石にフォルも身の危険を感じた。
力のこもり始めた腕を必死に解いて、彼女は勢いよく彼の頬をばちんと叩いた。


「私をどうこうしようなんて・・・500年早いわよ!!
この馬鹿シンフォニー!!」

フォルはそう捨て台詞を残して、その場を立ち去っていった。
殴られたシンフォニーというと、ぽかんとした表情になったが
すぐにはっとなってレンガ造りの家に拳を振るった。

「何だよ・・・あのクソ女」



「カデさん・・・カデさぁぁぁん!!」
「フォルちゃん・・・」
スフォルツェンド城に助けを求めようとしたフォルは
その途中でカデンツァに出会い、思わず泣きついてしまった。
カデンツァはコンチェルトから事の顛末を聞いてはいたのだが、
実際に彼と接していた彼女から話を聞いて事の深刻さを理解した。
「もう、あんなのシンフォニーくんじゃなくて・・・
私、襲われそうになって・・・頭のなかまっしろになって・・・
殴って逃げてきて・・・あんなの・・・あんなの・・・
シンフォニーくんじゃ・・・」
「落ち着いて。あの薬を作った私にもそれには責任があるわ。
ごめんね・・・けれども、大丈夫よ」
フォルにハンカチを差し出してカデンツァは優しい声で言った。
(クラーリィがいれば卒倒しそうな光景であろう)
「大丈夫って・・・」
「流石にあの薬も永遠にって訳じゃないわ。ノクターンさんの調合だと
効果があるのは約6時間だって言っていたから・・・だから、ね。」

そういったカデンツァの言葉を信じて、
フォルは少しばかり落ち着いた表情へと戻った。



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