フォルが連れて来られた医局にはシンフォニーの様子を
心配したクラーリィやコンチェルトの姿があった。
そろそろ薬の効き目が切れる頃だからこの場に居たほうが
いいということになったのだ。
「フォル・・・」
「クラーリィさん・・・」
「大丈夫?あのシンフォニーくんと一緒に居て大丈夫なのかって心配していたのよ。」
「ああ、はい・・・」
そう応える返事にもどこか元気が無く、フォルまでもがいつもの
彼女ではなくなってしまったと思った。
すると、とんとんとドアを叩く音が聞こえた。
「誰だ?」
クラーリィがそう尋ねる前に、フォルにはその主が誰だか影でよくわかっていた。
思わず身をすくめてしまう彼女の代わりに、クラーリィがドアを開ける。
そこには・・・紛れも無いシンフォニーの姿があった。
「あっ・・・クラーリィ・・・さん」
自分を「さん」付けしたという事実にクラーリィは
少しばかり安堵の表情を浮かべる。
「シンフォニー・・・お前・・・大丈夫か?」
「あっ、はい・・・僕は大丈夫です」
僕という一人称を聞いて、思わずフォルは目を見開かせる。
そんな驚いた様子の彼女にシンフォニーも驚いた様子で、
「フォルさん、どうしたんですか!何かあったんですか!!」
「しっ・・・シンフォニーくん・・・」
「えっ?」
「シンフォニーくーん!!」
思わず、駆け寄って元に戻ったシンフォニーに抱きついてしまう。
何がなんだか解らないといった様子のシンフォニーは少しばかり頬を
赤らめて彼女に対応する。
フォルはずっとシンフォニーの腕の中で
「よかったあ、よかったよお・・・」
と涙を流して喜んでいた。
周囲にいたカデンツァもほっとした表情で、
クラーリィもコンチェルトも元に戻ったシンフォニーの姿に笑顔になっていた。
やはり彼らにとってもシンフォニーはこのままのシンフォニーが一番だったのだ。
カデンツァからの説明を受けて、ようやく事の自体を飲み込めた
シンフォニーは丁寧に謝った。
「すいません、折角ノクターンさんとカデンツァさんが作った薬を
勝手に飲んでしまって・・・」
「いいのよ、元はといえばシンフォニーくんが来ることを
考えていなかった私達に責任があるし」
薬を作ったことには責任がないのかとクラーリィは思わずシンフォニーの
代わりに突っ込みをいれそうになった。
「それに代わりの薬もあるから大丈夫よ」
そういうとカデンツァは懐から用意周到といった様子で
もう一つのカプセルを取り出す。
「じゃあ、これを今度はクラーリィさんに盛ればいいんですね!」
相棒が元に戻り、元気になったフォルが勢いよく手を上げる。
「おい、何だそれは!!」
「だって元々そういうためのお薬だったんでしょ、カデさん?」
カデンツァは何も応えずに含み笑いを浮かべるのみ。
「それは『その通りよ』ってことかー!!」
「あっでも元々薬飲んだのはシンフォニーくんなんだから、
シンフォニーくんが盛ればいいじゃない!」
「なんでそこで僕に責任が転嫁されるんですかー!!」
いきなり話を振られたシンフォニーは思わず硬直してしまう。
また医局がいつものように混乱した様子になる。
カデンツァとコンチェルトはもう慣れっこという表情だ。
「ほら、縄でしばってクラーリィさんに薬飲ませる!」
「こらフォル貴様ー!!」
「嫌ですよー!」
「文句言わずに早くしなさいよ!」
三人の中でめまぐるしくカプセルが回されていると、
正当防衛でシンフォニーがはじいたカプセルが
ひょいと口論をしていたフォルの口のなかにすっぽりと入ってしまった。
「あっ・・・」
「前シンフォニーがああなったのだから、フォルも・・・」
クラーリィがおそるおそるフォルの顔を見上げる。
そこにはずいぶんとしおらしくなった可憐な少女の姿があった。
「あの・・・どうかしましたか、クラーリィさん」
「おっお前・・・フォルか?」
どう見たって本人であるはずなのにうっかりそんなことを聞いてしまうクラーリィ。
「はい、フォルですけれど・・・あっ、シンフォニーくん・・・」
「はっはい・・・」
一気にしおらしい少女に変貌してしまったフォルにシンフォニーは
更に頬を紅潮させる。
元々この手の性格はシンフォニーの好みのタイプであったので尚更だ。
「あっそういえばさっき変貌した僕のせいで取材・・・
やり直さなければいけませんよね・・・」
するとフォルは驚いた表情になって、
「しゅっ取材だなんてそんな・・・私には恐ろしいことです」
「「「「ええーっ!!!!」」」」
その場にいた本人以外の4人は思わず声を上げてしまった。
そしてシンフォニーは随分とおしとやかなフォルの様子に
胸を高鳴らせ、手をぎゅっと握った。
「大丈夫です、フォルさん!僕がフォルさんを守りますから!!」
どこぞのドラマのワンシーンだといった感じになるシンフォニー。
「シンフォニーくん、頼もしいわ・・・」
そんなワンシーンに置いてけぼりの周囲の皆様。
「つーか誰から守るんだ、誰から」
「幸せそうね」
「あーいうタイプ、シンフォニー君の好みだから」
すっかり言いたい放題になってしまっていた。
そんな3人をさておいて二人は取材に出かけてしまっていたが。
「まっ暫くしたら元に戻るからいいじゃないですか?」
いつものようにクールな口調でカデンツァは言う。
「しかし、あの薬の効き目は絶大だな・・・
いっそのことあのノクターンにでも飲ませればいいんじゃないか?」
クラーリィがふと冗談めかして言う。
そうすればあの恐ろしい人格が直って、自分が被害を受けることも少なくなる・・・
そんな都合のよいことをクラーリィは考えていた。
その言葉に思わずカデンツァはそんな人格が豹変したノクターンの姿を想像する。
無駄に口数が多くて、無駄に優しいノクターンの姿が目に浮かぶ。
キラキラとまぶしい笑顔を振りまく彼の姿は・・・
正直言って天地がひっくり返ってもありえない姿である。
そんなノクターンの姿を想像して、カデンツァは顔面蒼白になっていた。
「おい、カデンツァ・・・どうした?」
「・・・・・・嫌だ・・・」
「えっ?」
「そんな・・・そんなノクターンさん、怖いじゃないー!!!」
わあといきなりカデンツァが泣き始めてしまった。
そんな様子にクラーリィは思わず目をまんまるくさせる。
「ええっ、カデンツァが泣いた!?あのカデンツァが、
こんな些細なことで泣くなんて・・・!!」
爽やかなノクターン程ではないにせよ、泣くカデンツァもかなり驚く存在だ。
「些細なことじゃないですよ!重大な問題です!」
するとそこにやってきたのはミュゼット。
彼女の目の前には泣いているカデンツァとおろおろしているクラーリィの姿。
普通は男女関係のこじれとか言われそうだが、
ミュゼットの頭には大切なカデさんを苛めたクラーリィの姿が想像されていた。
「クラ、何やってるんです!」
「なっ何をって・・・」
「カデさんを泣かすなんて・・・許さないですー!!」
「ちょっミュゼット誤解だ!!」
そんな言い訳をする間もなく、ミュゼットはクラーリィを追いかける。
手にはクラーリィ用の特製の薬品。
「くらえー塩酸クロルプロマジン!!」
「ぎゃー!!!結局こうなるのかー!」
ただ一人その場に取り残されたコンチェルトは結局何だかんだいって
クラーリィは投薬の運命から逃れられないんじゃないかと思っていた。
|