「全く、ハーメルさんもフルートさんも毎日毎日飽きずに喧嘩ばっかり・・・
この際だから何とかならない、カデンツァ?」

久しぶりにスフォルツェンドに遊びに来ていたエリは
友達のカデンツァに愚痴を零していた。
「何とかってねえ・・・そんなに酷いの?姫様とハーメルさんの喧嘩って・・・」
「酷いも何も久々にスタカットに里帰りしたら
あの家からいきなり椅子が飛んできたのよ!
私にぶち当たりそうだから、キャッチして投げ返してやったわ!!」
既に怒り心頭のエリは飲んでいた紅茶のカップを
今にも握りつぶしそうな勢いで熱弁していた。
そんな彼女の姿にカデンツァも「それはさすがに酷いわね・・・」と言葉を零す。
「ったく・・・どうせ喧嘩の原因はあの馬鹿でヘタレな男が
フルートさんを怒らせるような一言でも口にしてでしょうねー!フン!」
「まあまあ・・・あっ」
怒り心頭のエリを抑えようとしたカデンツァにそのとき、ある妙案が浮かんだ。
「エリ・・・いいことを思いついたわ。」
「えっ、何よそれ?」
「元々の二人の喧嘩の原因はその馬鹿でヘタレな男の一言なのよね。
だったらいっそのこと・・・
その男の「馬鹿でヘタレ」な部分を反転させちゃいましょう」
一気に女医モードにチェンジしたカデンツァは冷静に薬品の辞典を取り出しながら、
早速そんな薬を作る準備を始めたようだ。
エリはそんなカデンツァのモードチェンジに少々驚いていたが、
カデンツァの提案に「おもしろそー!」と胸をわくわくさせていた。
そして勿論、薬となるとあの人の力が加わって
更に強力なものになるだろうとも思った。


「ノクターンさん、ちょっとこんな感じの薬なんて面白いと思いませんか?」
数日後、ノクターンのラボにやってきたカデンツァは先日まとめた
例の薬の主成分を書いたリストをノクターンに見せた。
「・・・人格を反転させる薬か」
「ええ、ちょっとうちの友人が困っていることがありまして。
ほんの戯れ程度のものですけどね、作ってみますか?」
そう言うカデンツァにノクターンは表情を変えずにリストにさらさらと丁寧な字で
新しい薬品を付け加えていた。
カデンツァはそんな彼の様子に、これは了承のサインであるということに気がついた。
そしてノクターンは付け加えたリストをまたカデンツァに戻すと、
「・・・なかなかに興味深いな。」
「では、調合の方はよろしくお願いしますね。」
「実験台は」
「言うまでも無く」
カデンツァは不適な笑みを浮かべてその質問に即答した。
勿論ノクターンもその件については十分承知していたのだが。
この二人の実験となると巻き込まれるのは・・・ただ一人。



数時間後、ノクターンはすぐさま例のカデンツァのレポートに書いてある
主成分を強化した性格反転薬を完成させた。
カデンツァは早速厨房に赴いて、コンチェルトに薬を見せた。
「で、早速私にこれを混ぜて欲しいってこと?」
「ご名答よ。」
「まあ今更確認なんてしなくても私の方もコレには慣れっこだけどね」
コンチェルトはそう言うとカデンツァから薬を受け取って、
早速どれに入れるか品定めを始めていた。
今日の3時のおやつはパウンドケーキとダージリンティー。
勿論入れるとなると・・・すぐに混ざってわからなくなる
ダージリンティーの方だ。
コンチェルトはすぐさまクラーリィの愛用のカップに
カプセルを開けて粉を入れておいた。
「これであとは上からお茶を注げば完成・・・てね」
「さすがコンチェルト、手際がいいわね。
でもこのままだとさすがに怪しまれるから、
私はミュゼットちゃんを呼んでくるわ」
「普通のおやつの時間に見せかけるのねー・・・
じゃ、私はクラーリィさんの方を」
カデンツァに対してコンチェルトはウインクでそれに応える。
そして彼女は丁度おやつを食べにやってきていたリートに留守番をお願いした。
「リートくん、ちょっと私達お出かけしてくるからここよろしくね」
「・・・うん」
リートはコンチェルト特製のパウンドケーキを頬張りながら、
いつものように静かに返事をした。
二人はそれを確認して、それぞれのところへ向かっていった。


暫くするとそんな厨房に一人の来客者がやってきていた。
いつもこのスフォルツェンド城にやってきている
カメラマンのシンフォニーである。
本来は不法侵入に値するのだが、あまりに頻繁に出入りしているので
リートの頭の中では彼らが城にいることは当たり前のことだと
思っていたので、この場に彼がいても別に気をとめずに
自身はケーキの方に夢中になっていた。
まあ、不法侵入であっても彼は気にもしていないだろうが。
「はぁ〜・・・全く今日もフォルさんは僕に使いぱしりさせるんだもんな。
本当に嫌になっちゃうよ、この関係・・・」
深い溜息をつきながらシンフォニーはすごすごと
リートの向かい側のテーブルに腰を落ち着けていた。
「今日はリートくん一人なの?」
シンフォニーがそう尋ねるとリートはケーキを頬張った口で「うん」と
首を縦に振って頷いた。
そんな美味しそうにケーキを食べている彼の姿にシンフォニーは
羨望の目を送っていた。
「いいよなあ・・・リートくんは・・・僕もなんか食べたくなっちゃった」
相変わらず首をげんなりさせているシンフォニーの目にふと
コンチェルトが準備しっぱなしのカップが映った。
「お茶飲みたくなっちゃったな・・・失礼します、コンチェルトさん」
この場にいないのに丁寧にコンチェルトに侘びをいれてから、
シンフォニーはカップに淹れたてのダージリンティーを注いだ。
砂糖を注ごうとしたとき、ふと下に白いものが沈殿しているのがみえた。
「あっもう僕、砂糖入れちゃったっけ?」
皮肉にも今日のシンフォニーはフォルに強制労働をさせられた結果かなり
精神的にも肉体的にも疲れていたらしい。
そんな些細なことにも気を留めることができずに、彼はそのままその粉ごと
紅茶をかき混ぜてしまった。

「じゃあ、仕事の間の一服・・・させていただきます」

シンフォニーはそう言うとカップに手をかけて、ぐいと一杯紅茶を飲んだ。
するとそんな彼の様子に気がついたリートは
一応教えたほうがいいかなと頭に浮かんではいたが、
「あ・・・」
という一言しかもはや言えなかった。
彼の目の前には既に空っぽのティーカップしかなかったからだ。



「ああーっ!!!」
先にクラーリィをつれて戻ってきていたコンチェルトは
目の前に広がる様相に目を丸くした。
彼女の目の前には性格反転薬が盛られていたはずのカップがあったにはあった。
けれどもそのカップの中身は見事に空。
ということは飲んだ人物がいるということだ。
「せっ折角クラーリィさんに盛るはずの・・・」
「盛るって何をだ!!」
落胆しているコンチェルトの傍でクラーリィは冷静に突っ込みを入れた。
「リート君、これ飲んだの誰だかわかる?」
コンチェルトは目の前にいるリートに質問をする。
「・・・・・・」
リートが黙りながら指をその人物に指をさそうとした瞬間、


「んぁ・・・オレかよ」


リートが指をさした先にはだらしなくテーブルに足を乗せて腕を組んでいる
人物の姿があった。一同はその姿に顔面蒼白。

「えっ・・・まさか・・・あなた・・・」
「シンフォニーか!!」

クラーリィとコンチェルトの質問に人格が見事なまでに反転した
シンフォニーはだらしの無い声で、二人をにらみつけた。

「んだよ、オレがシンフォニー・トリアーデでなんか文句あんのかよ!!」

いつもの穏やかで温厚な彼の姿とはまるで正反対な口の利き方に
クラーリィは呆然、コンチェルトにいたってはショックで腰を抜かしてしまった。

「いっいやよ・・・こんなシンフォニーくん・・・絶対いやー!!」
「おっ落ち着けコンチェルト!」
今にも泣き出しそうなコンチェルトを必死でなぐさめるクラーリィ。
リートは相変らずわけのわからないといった表情であったが、
何だかコンチェルトが泣いているということだけはわかり
彼女の頭をぽんと撫でてあげていた。



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