その日、シンフォニーは新聞記者を引退してからあまり来る機会がなくなった
スフォルツエンドの城下町へと足を運んでいた。
(というのも前に撮影したクラーリィの娘・カノンの
晴れ着写真の現像が出来上がったのでそれを渡しに行っていたのだ。)
クラーリィの圧力によっていつもの何十倍もかけて丁寧に撮影された晴れ着姿。
現像にもしみ一つつかないように細心の注意を払って行なわれた。
無事にこうやってクラーリィにそれを渡すことができて、
ほっと胸を撫で下ろすシンフォニーはここ数日のもやもやした気分が
大分晴れ渡り、帰り際には肩をぶんぶんと回しながら開放感に浸っていた…のだが。
「おや、ここでキミの姿を見るのは随分と久しぶりだね…」
不意に回していた肩を妙に優しい手つきで触られて、
シンフォニーはぎょっととした表情になる。
この独特のオーラ…記者時代にも相棒の身代わりとして
何度も味わっていたりするので、その正体は彼にとっては明白である。
彼が後ろをすぐさま振り向くとその優しく肩を触った主は
十年来変わらない笑顔を自分に振りまいて「やあ!」と挨拶した。
シンフォニーもその姿にはどうすることもできず、
目の前の主―スケルツォに「おっお久しぶりです…」と返した。
「どうしたんだい、今日は…?」
「クラーリィさんに写真を届けに来たんですよ…
それが終わったんでもう帰ろうかな…と」
ちなみに現在・シンフォニーはこれでも一応立派な(?)所帯持ちである。
家に帰れば妻と可愛い盛りの息子もいるのだ。
それもこの目の前にいる人物はとっくのとうに分かっていると(推測される)のに、
相変わらずの笑顔でシンフォニーの金髪を無造作に触る。
「いやあ…でも何年たっても可愛いね、君は…」
「っいや!!やめてくださいよ!そんな…」
もうあの頃とは違い、背も大分高くなり
幼い声は少々大人びた声質に変化したというのに
スケルツォの振る舞いは昔と全く変わらない。
まあそれにはこうやってちょっかいを出してまだ頬を赤くしている彼の姿が
面白いからなのだろうが…
とにかくこの一連のスケルツォの行動は
シンフォニーにとっては受難の何者でもなかった。
しかもその拒絶の声があまりにも何かを誤解されそうな声だったので、
側にいた周囲の人々は目の前の自分とスケルツォを
明らかに『その目』で見ているのが認識できた。
シンフォニーはその誤解を解くべく頬を真っ赤にしながらも、
急いでスケルツォの腕をほどいてその場を立ち去ろうとした。
「きょっ今日は早く帰らないといけないんで失礼します!!」
「まあまあ、そうとって喰おうなんて思ってないから…ね」
カラカラとした声で…けれども言葉の一片一片は
そこいらの女性を鷲掴みにするような甘い囁きを
シンフォニーの耳元でするスケルツォ。
シンフォニーは自分は何も聞いていない、見ていないんだと必死に抵抗していた。
しかしそれもまた、スケルツォにとってはささやかな楽しみであることを
彼は知る由も無い。
「丁度よかった…暇さえあれば君に渡したいものがあったんだよ」
「渡したいもの?」
シンフォニーが疑問符を言葉につける前に、
スケルツォは手元から綺麗な首飾りを渡した。
彼のもとには不思議と色々な品物が舞い込んでくるのだ。
この首飾りもその一部であろう。
つけられている宝石から察するにかなりの高価なものだとは推測できた。
「あっあの、スケルツォさん…これ、本当にいいんですか?」
「いいんだよ。僕から君へのプレゼントなんだし…
確かこの宝石の効用は君の疲れを癒してくれる効能があってね…」
そう言うとスケルツォはシンフォニーの首にその首飾りを丁寧にかけた。
「はっはあ…ありがとうございます」
一応礼は言っておくシンフォニーであったが、
その首飾りをつけたことが大きな災難へと繋がることを
この頃の彼はまだよく分かっていなかった。
「おかあさん、ドアの外に誰かいるよー…」
母親の手伝いをしていたトリアーデ家の次男・マトラカが母親にそう声をかけた。
彼の母親であり…一応紆余曲折を経て(?)
このトリアーデ家の主婦になっていたフォルはそんな息子の声を聞いて、
包丁でにんじんを切るのをやめて息子のいるリビングの方へと向かった。
「どうしたのよ、マトラカ。」
「だからドアの外に誰かいるんだってばー…」
むくれた表情になるマトラカの頭をぽんと叩いて、フォルはドアをあける。
「誰って…どうせシンフォニーくんでしょ。まったくお昼までには帰ってくるって
言ってたのにどこで油売ってたのかしらあの馬鹿…」
またあの性格だから厄介ごとにでも巻き込まれているのだろうか?
不幸にも彼女のその予想は見事に当たっていたのである。
そこには青白い顔をしてドアの前で力尽きているシンフォニーの姿があったのだ。
「おっおとうさん!!」
「ちょ、シンフォニーくん!あんた一体どうしたのよ!」
「あっ…うう…我が家には帰ってこれた…」
そんな感じでまるで燃え尽きたようになってしまっているシンフォニーを
フォルはビンタしまくって天国から帰還させた。
とりあえず、家の中にと彼女は息子とともに
彼の身体を支えてベッドに寝かしつけた。
熱を測ったら四十度の高熱。咳や鼻水は止まらないわ、眩暈はするわ…
いつしかトリアーデ家はシンフォニーの大風邪に大騒ぎになっていた。
「まったく、あんたって人は…こんな高熱出して一体何やったの!」
「どぶにでもおちたのー?」
フォルとマトラカはせっせとシンフォニーの頭にあてるタオルを変えながら尋ねる。
「ちっ違うんだよぉ…これにはふかーい訳が…」
熱にうなされながらもシンフォニーはかくかくしかじかと訳を話し始めた。
実はというとスケルツォにつけてもらったあの首飾り、効用が『逆』だったのだ。
つまり…疲れを『癒す』のではなく、
そこにある邪気によって疲れを『溜める』首飾りということ。
(本編12巻でフルートがつけられたのろいの首飾り参照)
おかげでシンフォニーは原因不明の高熱に犯される羽目になったというわけだ。
スケルツォもこれには少々驚いた様子で、
「困ったものだね…その首飾り、一度つけると中々外れない首飾りなんだ…」
「じゃあなんでそげなものを僕にー!!」
「いやあ…効能が逆だとはすっかり間違えてしまっていたよ。
全く年は取りたくないものだね、シンフォニーくん。」
「そっそんなことはいいからはっ早く…これを…何とか」
首飾りの効果は確実にシンフォニーの身体を蝕んでいき、
彼の意識は既に朦朧とし始めていた。
「仕方が無いか…なら…」
そういうとスケルツォは謎のオーラを発してシンフォニーに近づき始めた。
一応年齢はヴァイラより1、2個下だ…と聞くスケルツォであるが
実は何年生きているかすらも分からない謎の人物であるのも確か。
それゆえに謎の術も身につけていたりするらしいという噂は
元・新聞記者のシンフォニーの耳にも十分入ってきていた。
スケルツォの繰り出す闇のオーラに
たちまち見をたじろがせてしまう、シンフォニー。
「大丈夫さ、それほど酷い目には遭わないからね」
シンフォニーを安心させようとしているのか笑顔で答えてはいるものの、
そのオーラは最早シンフォニーを脅えさせるには十分なシロモノであった。
「ひっひぃぃぃぃっ!!」
シンフォニーはそのスケルツォの姿を見ただけで、
脱兎の如く逃げ出してしまったのだ。
そして猛スピードでスフォルツェンド郊外にある我が家へと戻ってきた
という話らしい。
「じゃあ、これって単なる病気じゃなくて呪いってこと…?」
「そうみたい…ゲホゲホ!!」
「おかあさん…おとうさんどうなるの?」
マトラカもどんどん容態が悪化していく父親の姿を見て
不安になっているようだった。
「うーん…私はそういう呪い系のことには詳しくないし…
そう言うの解くのって専門家…あっ!!」
フォルは何か心当たりを思い出したようでぽんと手を叩いた。
それと同時にまたしても、家のドアを鳴らす音が聞こえた。
マトラカが母親の代わりにドアを開けるとそこには
先ほどまでシンフォニーがお邪魔していた家の大黒柱である
クラーリィの姿があった。
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