道を一人歩くのは・・・黒い服の上に白い布を羽織った、細身で背の高い青年。
幼さの残る顔立ちに、草原のような綺麗な緑色の髪の毛、瞳は緋色。
しかしその瞳の色は、片方・・・左眼しか窺うことは出来ない。
右眼は包帯によって覆い隠されているからだ。
彼・・・リート・オーネヴォルテは、ある場所を目指していた。
その場所は、人類の希望の土地と呼ばれる場所。
「・・・つかれた・・・・」
暫く歩いて、リートは木陰に腰を下ろした。
辺りは見渡す限り、森。
山越えの道は作られてはいるものの、民家も人影も見えない山の中。
このままの調子だと、今日は森の中で夜を明かすことになるかもしれない。
けれども、急がなければという気持ちは全く無かった。
目的地はあるが、急いでいる旅ではない。
寧ろ、旅に急いで自分を見失うよりは、のんびり向かう方がずっといいような気もしていた。
水の流れる音が聞こえた気がして、リートはそちらに向かった。
岩の隙間から、湧き水が噴き出していた。
リートはその水で手を洗い、その後、顔の包帯を外した。
顔を洗った後、開かれた右眼は、紫紺色だった。
緋色と紫色のオッドアイ。
彼が包帯をしているのは、それが理由だった。
彼は閉鎖的な小さな民族社会に生まれた。
人間とも少し違う、特殊な・・・生き残りの違う、僅かな種族。
あまりに小さすぎる社会だったため、瞳の色が違うリートは忌み嫌われたのだ。
彼らにとっては魔族も、他民族の人間も同じ。
自分達と違うものは怖いもの、よくないもの・・・そう思っていた。
生き残りが少ないからこそ、尚更そうだったのだろう。
リートは異端児という扱いを受け、表立った迫害はないものの、近寄ってくる人も無かった。
親ですらも恐れていたのだ。
そのため、彼はその瞳を隠すために包帯を巻いていた。
村を出た今も巻いているのは・・・慣れているから、なのだが。
しかし、彼自身、自分のそういった生まれを不幸だとか、辛いとか思ったことは無かった。
自分が少しでも皆に好かれたいがために包帯を巻いたのではなく、
他の人がそれで怖く思わないならという理由で包帯を巻いたほどだ。
それに、自分のこの紫紺の瞳を自分でも気に入っていたから。
この眼さえなければ、とか・・・どうして自分ばかりこんな目に・・・とか、
そういったことは全く思っていなかった。
恨みも憎しみも無いけれど、別の理由で彼は、自分達の住んでいる村を出てきた。
このまま変化の無い生活を続けるよりは外に何かを求めようと思ったからだ。
そして、そのきっかけをくれたのは、ある一人の人間。
それは20年ほど前の幼い記憶に残る、一人の若い女性の姿だった。
リートの村は辺境の地にあるため、魔族にも他の人間にも発見されず、
村人たちは皆ひっそりと暮らしていた。
しかし、ある時・・・
略奪と人殺しを繰り返していた大悪党の一匹の超獣魔族を追い、
数人の兵士が村の近辺までやってきたことがあった。
リートは村の中に居ると皆が恐れるので、村はずれで一人寝転がって空を見ていた。
すると、一匹の魔族がリートを突然掴み上げ、叫んだ。
「てめぇら動くな!動くとこのガキの命はないぞ!」
幼いながらに、リートは感じた。
ああ、この得体の知れない化け物は、自分を殺そうとしているのだと。
御伽噺でしか聞いたことの無かった魔族という存在。
どうしたらいいかわからずにリートはただ動かずに居た。
そこに。
「結界縛!」
金色の光の糸が魔族をがんじがらめにして、思わず魔族はリートを落とした。
「人質は私達には通じないわ・・・だって魔法という飛び道具があるんですもの」
「隊長!早くとどめを!」
リートは見たことが無いから当然わからなかったが、それはスフォルツェンドの兵士だった。
兵は、皆・・・女だった。女兵士が、三人。
一人は今この魔法を使っている、赤い髪の女性。
もう一人は自分達民族と同じ緋色の瞳をした、暗めの青色の髪の女性。
そしてもう一人は隊長と呼ばれた、コバルトグリーンの瞳に、薄い青色の髪の女性だった。
黄色い宝石の甲冑に、桃色の羽飾りが目を引いた。
「お、おのれ・・・お前は国の指示には従わぬはずでは・・・!」
魔族が苦しみながら、女隊長を睨んだ。
すると女隊長は答える。
「私は魔族だとか人間だとかいう理由で敵は倒さないわ・・・
子供を人質にするなんて非道なことをする・・・
そんなお前が私にとって許せない奴だったから、倒すまでのこと!」
そして、素早く動き、リートを腕に抱き上げた。
跳躍して空中から魔法を撃った。
「地・神・天・風・光・・・爆!!」
リートには何が何だかわからなかった。
ただその女性が現れたことで、自分が助かったのだということはわかった。
「坊や、大丈夫?」
その女性はそっとリートを地面に下ろすと、心配そうに尋ねる。
「・・・うん」
リートが小さく頷くと、ほっとしたように微笑んだ。
「よかった・・・でも、こんなところを一人で歩いてたら危ないわ・・・
お家の人は、近くにいないの?」
女性が尋ねると、リートは首を横に振った。
両親が自分を心配することなど、無い。
それは幼い自分にもわかっていることだった。
殴るわけでもない、殺そうとしたわけでもない。でも、恐れているのだ。
「僕といっしょに、来てくれないから」
「え?」
リートの言葉に、女性の笑みが消えた。
「僕のこっちの目・・・こうだから、来てくれない・・・お父さんも、お母さんも」
リートが紫の瞳を見せてそう言うと、女性は戸惑ったような顔をして。
そして、しばらくして・・・リートに尋ねた。
「坊やは、この目・・・嫌?」
「ううん・・・僕、紫好きだから、好き・・・」
リートが答えると、女性はにっこりと微笑んだ。
「私も好きよ・・・とても綺麗な色・・・赤い瞳と、紫の瞳・・・
日の入りのお空は赤い色、日の出のお空は紫の色・・・
その両方を映したみたいで、とても素敵だと思うわ」
「・・・・・・きれい・・・?」 初めて、この瞳を綺麗だと言ってくれた人が居た。
リートは彼女の言葉の意味が理解できなかったものの、
それがとても嬉しいものだと感じた。
「あの・・・僕・・・、リート」
リートは思わず名乗っていた。
するとその女性は言う。
「リートくんか・・・私の名前はね・・・」
記憶は、そこで途切れている。
何度も試みたが、思い出せなかった・・・あの女性の名前。
今その女性に逢いたいと願うのは、その人に助けて欲しいとかそういうものではない。
ただ逢いたいから、逢いに行くのだ。
幼い記憶の中、名前にすらいつしか靄のかかっていた、その女性。
覚えているのは・・・あの女性がつけていた十字架が、
スフォルツェンド公国という国のシンボルだということだけ。
そう、あの女性は、スフォルツェンドの人。
・・・この旅の間、スフォルツェンドには何度か行った。長く過ごしたこともあった。
けれどもあの女性はいつしか、まるで消えたように居なくなってしまったのだ。
彼女の居た国、スフォルツェンドにも。
・・・また会えるかはわからないけれど、でも、会えるかもしれないから。
リートはスフォルツェンドを目指している。
また逢えるのではないかという淡い期待を持ちながら。
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