ある日、ヴァルヴとリコーダーはアンセムに遊びに来ていた。
ライエルとサイザーに挨拶したり、オカリナやコカリナと遊んだり、
ヴィオリーネは二人をワープ魔法で連れてきたクラビと
どこかに出かけてしまったようだが・・・。



リコーダーとクラビはアンセムの街の周辺を散歩していた。
オカリナが、弟のコカリナの昼寝につられてか眠ってしまったからである。
アンセムは小さい頃からよく遊びに来ていたが
やはりいつも住む村とは違う風景は、二人にとって新鮮だった。
同じ田舎なのだが、スタカット村に比べて平地が多いアンセムの周辺は
スタカット村の山では見られない植物もある。
「綺麗ねー、この辺」
「そうだな」
のんびりと並んで歩く二人。
こうやっておとなしくしているところを見ると、いつもの子供っぽさと違い
二人の姿はお似合いのカップルそのものなのだけれど。


少し歩くと、向こうから人の声が聞こえてきた。
「ほら、やっぱり危ないじゃないか・・・心配かけないでくれよ」
「ごめんなさい、あなた」
この声は聞き覚えがある。
アンセムに住む夫婦・・・ヴォードヴィル夫妻だ。

「木の上の妖精たちと話すのはいいけれど、君が落ちて怪我でもしたら
 妖精たちも悲しむんだよ・・・?」
「わかってますわ、あなた・・・今度から気をつけます・・・」

ヴォードヴィル夫妻はラブラブだということは有名だが、
今日もその例外ではなく、夫クレフと妻ポプリは二人の世界を作っている。
例えるならそう、背景に花が咲き乱れているほどに・・・。
しかも、クレフはポプリを抱き上げている。
俗に言う「お姫様抱っこ」の状態だ。

会話から推察するに、この状況の原因はこうである。
魔曲で具現化される前の精霊や妖精も見て会話ができるという能力を持つポプリが
木の上に登って木の精霊たちと話していたところ
(彼女は童話作家なので、精霊との会話は創作意欲を与えるものの一つである)
木から落ちそうになって、夫クレフにキャッチされたのだ。


妻を抱きかかえたまま家へと向かうクレフを見送りながら、
「相変わらずラブラブなんだな、あの二人」
とヴァルヴは言う。
「まあ、落ち着いてるからうちの親よりマシかもね?パパもママも子供なんだもの、性格」
「・・・確かにハーメルおじさんたちはラブラブだけどな」
「今ヴァルヴ『お前に子供とは言われたくないだろうな』とか考えたでしょ」
「ええっ、そんなことない・・・ぞっ!?」
またリコーダーに何か言われる、と思ったヴァルヴは驚いた。
いきなりリコーダーが飛びついてきたからだ。

「でもあのお姫様抱っこいいなぁ!やってよヴァルヴー!」
「わわわわ、ちょっと待てっ!」
「私はお姫様なんだから姫抱っこする相手としては文句なしでしょ?
 お姫様を守る騎士みたいでかっこいいわよ!カスタードさんよ!」
「どーいう理屈だぁっ!!それにカスタードさんって嬉しくないし!
 無理だ無理ー!!絶対無理だ!」
ヴァルヴは赤面しつつ、できるだけ冷静につとめようと叫んで自分に言い聞かせる。
その羽でぱたぱた飛ぶリコーダーに上から抱きつかれて、バランスが崩れる。
「どうして無理なのよー!」
不服そうなリコーダー。
すると、ヴァルヴは言った。
「いいか、お前は羽が邪魔で背中に手を回せないんだっ!
 羽が邪魔にならない位置まで手を動かしたら腰より下だぞ?セクハラだぞ?」

首が絞まりかけていたのか、ぜーはーと大きく息をつくヴァルヴ。
リコーダーは諦めたのかようやくヴァルヴから離れた。
「ちぇっ、つまんないの!パパの言ったとおりだわ」
むくれるリコーダー。
「ハーメルおじさんが?」
「私は翼があるからお姫様抱っこもできないし、一緒に海で泳ぐのもできない!」
「まあ、そうだけど気にするなって」
「和服を着ても帯くるくるが羽にひっかかって無理だって!
 ヴァルヴが可哀想っていつもパパ言ってる!」
「ハーメルおじさん何を吹き込んでるんだー!!」
ヴァルヴは真っ赤になって叫んだ。

その日ヴァルヴはハーメルに抗議に向かったものの、
当然ハーメルに勝てるはずもなかった。




そして、数日後。
今度はリコーダーたちはスフォルツェンドに遊びに来ていた。

「うーん、やっぱりスフォルツェンドのグルメは最高〜!
 コンチェルトさんのお菓子が一番だけど!」
「そうだなー」

二人は街中をぶらぶら歩き回っていた。
「お店の人も私には割引してくれるし!姫って得ねぇ」
一応リコーダーにとってはお忍びなのだが、
その容姿が明らかに目立つので全然お忍びにはなってないようだ。
二人が街中を散歩しているのは、
クラビとヴィオリーネがそれぞれ習い事を終えるまで時間を潰すのが目的。
「お兄ちゃんの練習が終わったら私もクラーリィさんの家に行こうっと、
 クラーリィさん面白いから!奥さんのミュゼットさんに尻にしかれて
 笑顔で脅されたり毒を盛られそうになったりしてるとこが面白いのっ!」
「・・・」
リコーダーの言葉に、ヴァルヴは苦笑するしかなかった。


すると。
二人の頭に、上空から水滴が落ちてきた。
同時に上空を見上げると、真っ黒な積乱雲が立ち込めている。
「雨・・・?うわー、いつの間にか空が暗いっ!
 お店に入る前はあんなにいい天気だったのにーっ」
「傘持ってくればよかった!」
二人は慌てて走り出す。
「羽根が濡れちゃうー!」
リコーダーが叫んだ。
そう、リコーダーの弱点は羽根が濡れると飛べなくなるということだ。
だから台風や大雨がリコーダーは大嫌いなのである。
・・・いつもの強気さも元気さも、なくなってしまうくらいに。

「・・・っ、とにかくどこかで雨宿りするぞ!」
ヴァルヴはリコーダーの手を引いて走り出した。
しかしスフォルツェンドの町から少し外れたその場所では、
思い当たる雨宿り可能の場所は・・・ひとつだった。




「こんにちはーっ・・・すみません、突然お邪魔して」
ドアをノックするヴァルヴ。
「・・・」
ドアを開けたのは、リートだった。
そう、ここはノクターンの研究室と住まいがある場所。
「リートさんお久しぶりです、あの・・・」
「・・・雨・・・」
リートは外を見て呟いた。
そして、ドアを大きく開けた。中に入ってもらおうという意思表示である。
「ありがとうございます、リートさん」
「リコーダーちゃん・・・大丈夫?」
リートも心配そうだ。
リコーダーは大丈夫と言うように、笑顔を見せた。


「リコーダーちゃん、それにヴァルヴくんも大丈夫!?」
中には、カデンツァも居た。
結婚してスフォルツェンドを出たカデンツァだが、
ノクターンとは相変わらず研究仲間なのである。
「大丈夫ですー」
「早くタオルを・・・!」
カデンツァは慌てて、タオルを用意する。
リートは服を運んできた。
「ヴァルヴくん・・・着替えないと」
リートは自分の着替えであろうか、男物の服をいくつか差し出した。
「リートさんの服だと丈が余っちゃうわよね」
からかうように言うリコーダー。
「うるさいリコーダー、そんなこと言ってる場合じゃないだろが!」

そこにカデンツァも服を持ってやってきた。
「リコーダーちゃんは私の服の着替えを使ってちょうだい、
 安物のブラウスだから翼を出す穴をあけちゃっても構わないから」
カデンツァも着替えをリコーダーに渡す。
「は、はあ・・・でもなんでカデンツァさんの服がここに・・・」
リコーダーもヴァルヴも怪訝そうな表情になる。
「薬品で服が汚れたら着替えようと思ってたんだけど?他に何か意味が?」
カデンツァは、珍しく子供のような表情で首を傾げた。

(よかった・・・浮気、いや、不倫じゃなくて)
そう二人がこっそり思ったということはカデンツァは知らない。
カデンツァにとってノクターンは昔から『知的好奇心を満たす仲間』であり、
『数少ない同レベルの頭脳の人』だから他の人よりも彼と付き合いがある。
二人はそれ以上でも以下でもない関係なのだが、
常にスフォルツェンドに居るわけではないリコーダー達にとっては
そういう細かい事情はわからないようである。
要するに、天才同士のハイレベル会話が、
『二人にしかわからないやりとり』に見えるだけの話であった。



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