Ghiribizzi:気まぐれ


「きゃー、リートくんいらっしゃい!」
ここは平和なスタカット村。
嬉々としたアリアの声が響く。

アリアにとって尊敬するお姉さん的存在で、サスフォーの先輩兵士でもある
スフォルツェンドの女魔闘家・アダージョから話は聞いていた。
リートというとてつもなく可愛い男の子に出会ったこととか、
どんな風に可愛いのか・・・とか。
あのいつもクールで人と馴れ合わないアダージョがこんなにも主張するのだから、
アリアもサスフォーもいろんな意味で会えるのを楽しみにしていた。
そして、今日アダージョたちスフォルツェンドの公務員たちが国の行事で忙しいため
会わせて貰うのも兼ねてこのサスフォーとアリアがリートを預かることになったのだ。
まだ結婚して間もない両方10代の若夫婦であるこのオルファリオン夫妻だが、
どちらも父性・母性はしっかり芽生えており、それを喜んで引き受けた。

アダージョのワープ魔法に連れられやってきたリートは、
初めての土地にも物怖じする様子はなく、ゆっくりと周囲を見渡して
ペコリとサスフォー&アリアに挨拶をした。
言葉は少ないが、その仕草が何とも可愛らしい。


「可愛いでしょう、リートくん」
「はい!な、サスフォー、ほんま可愛いなぁ、リートくん」
「そうだな」
「じゃあ、明後日までお願いね、二人とも」
「はーい!」
元気良く返事をするアリア。
「じゃあ、家の中に入ろうか」
サスフォーが言うと、
「はい」
とリートは小さく返事をして、サスフォーについていった。
アリアはその様子を見て、クスクスと笑う。



サスフォーはリートを居間に案内し、お茶とお菓子を用意した。
「村の皆へも紹介せぇへんとな」
アリアが言う。
「ああ・・・でも今はやめといたほうがいいと思うぞ」
サスフォーが呟いた。
窓から見えるお向かいの家は、たった今どつき合い夫婦喧嘩の真っ最中。
「・・・?」
リートは首を傾げた。
「あ、気にしないで・・・あの夫婦はいつもあんな感じだから」
「気にするだけ無駄ってやつだな・・・犬も食わない夫婦喧嘩は」
サスフォーは溜息をつく。
だがサスフォーの心配も無用だったようで、
リートはハーメル&フルート夫妻の夫婦喧嘩にはあまり興味を示さず、
アリアの作ったレモンクッキーをぱくぱくと食べていた。
「・・・おいしい」
リートは言う。
「ほんまー?嬉しいわぁ!どんどん食べてね」
アリアは大喜びだ。
「おい、あんまり甘いものばっかり食べさせるなよ・・・」
サスフォーは苦笑しつつ注意した。



30分後、どうやらお向かいの夫婦も仲直りしたようなので(早!)
二人はリートをハーメルとフルートに紹介すべく連れて行った。

「あら、アリアさん・・・その子は?可愛いわねー」
「お前らどっちかの隠し子か?」
「馬鹿ねハーメル、こんな大きな子がいるわけないでしょ」
ハーメルとフルートもリートを見る。
やっぱりリートは人見知りする様子もなく、落ち着いた様子だ。
「明後日までうちで預かることになったんよ」
「へー・・・ボク、お名前は?言えるかなぁ」
フルートは屈んでリートに目線を合わせる。
「リート・オーネヴォルテ・・・」
リートは答えた。
「きゃー、可愛いっ」
フルートもリートの可愛さには一瞬のうちにやられた。
母性本能が強いだけあって、尚更。
「可愛いやろー?」
アリアは自分の子供が褒められたように嬉しそうに笑顔を見せる。
「本当可愛いー!ねえハーメルっ」
フルートはリートを抱き上げて、ハーメルの方を向く。
すると、
「ケッ・・・別に」
さっき夫婦喧嘩は終わって仲直りしたというのに、
ハーメルは不機嫌そうに、そっぽを向いていた。

「あらあら」
「ハーメルさん妬いてるなぁ・・・わかりやすく」
アリアとサスフォーはヒソヒソと話す。
「てめーら聞こえてるぞっ!!露骨にヒソヒソ話するなっ!」
ハーメルが二人に怒鳴った。
「ちょっとハーメル、大声出さないでよ!リートくんが驚くでしょっ」
慌ててフルートがハーメルを叱る。
まあ、そのリートは別に驚いた様子は無いのだが。
しかし、旅を始めた頃もトロンにあからさまに嫉妬していたハーメルだが、
やっぱり相変わらずのようだ。

「大人げないなぁ、ハーメルはん」
アリアが言う。
「まあ・・・そこはやっぱりハーメルさんだし、仕方ないだろ」
フルートからリートを渡されながら、サスフォーが言う。
「どういう意味だ、サスフォー!」
「ハーメル静かになさいっ!ごめんねリートくん、うるさくてー」
フルートはサスフォーにつかみかかろうとしていたハーメルに
『てんばつの十字架』を一撃食らわせると、苦笑い。
リートはきょとんとしていたが、頭の中では
(あの大きな十字架はどこから出てきたんだろう・・・)
などと考えていた。



それから、家に戻ったオルファリオン夫妻とリート。
「ハーメルさんは、相変わらずだなぁ」
サスフォーは苦笑する。
するとアリアは言う。
「ええやん、それだけフルートちゃん愛されとるっちゅーことやで?
 ほんまラブラブ夫婦やわー、あの二人・・・素敵やわ」
「素敵か・・・?」
「あはは・・・別にあーいう風になりたいわけやあらへんけど」
アリアは笑いながら、エプロンをつけた。
夕飯の準備を始めるらしい。
ちなみにこのアリア、家庭料理にかけてはかなりの腕前。
身内には『スフォルツェンド給仕女官コンチェルトに次ぐ料理上手』として評判だ。

「アリア、今日の夕飯は?」
サスフォーが期待した声で尋ねる。
「ジャガイモとベーコンのホワイトソースグラタン・・・
 蒸し鶏のサラダと、デザートにコンチェルトから教わったゼリーも作るわー」
「おー、いいなー」
嫁が作る美味しいご飯を想像し、嬉しそうな表情のサスフォー。
しかし世の中そんなに甘くない。
「うちはジャガイモ茹でたり色々下準備しとくわ、その間にサスフォーはお店で
 溶けるチーズと、ゼリーに入れたい果物買うてきてなー」
「・・・了解」



サスフォーはリートを連れてお店に向かう。
家を出ると、お向かいの夫婦はまた夫婦喧嘩をしていた。
今日もまたアリアにはいいように使われてしまっている自分だが、
あれだけどつき合い夫婦喧嘩をするお向かいの夫婦を見ていると、
どうもケンカをする気力は失せてしまうのである。
「・・・」
リートはきょとんとした様子で二人を見ている。
まあ、『超特大バイオリン』や『謎の丸太』が物珍しいだけだろう。
明後日までには、普通に慣れていそうだ。


「・・・まあ、帰ってくるまでには仲直りしてるだろうな」
サスフォーは苦笑しつつ、リートの手を引いて店に向かう。


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