案の定、買い物から帰るとお向かいの夫婦は仲直りしていた。
やっぱりな、と思いつつ家に戻るサスフォー。
「ただいまー・・・」
「ありがとなー、サスフォー」
台所に立つアリアは荷物を受け取り、笑顔。
するとリートがトコトコとやってきて、もう一つの包みを差し出す。
「リートくんが自分で選んできたんだよ、果物」
サスフォーは言う。
「・・・レモン」
リートはそう言いながら、アリアに包みを渡した。
「レモンゼリーがいいん?リートくん」
「・・・」
小さく頷くリート。
「きゃー、可愛い!もう、レモンゼリーいーっぱい作るわー、うち」
アリアはリートを抱き上げた。
「甘いものばかり食わせちゃダメだって言ってるだろーが」
サスフォーは注意する。
アリアはちょっとむくれた表情をして、
「・・・頭ではわかってるんよ、サスフォーのゆー通りやて・・・
せやけど、リートくん可愛すぎやからぁ!そんな怒らんでもええやん!」
と、開き直ったように叫び・・・
そして。
リートの頬に、軽くキスをひとつ。
「・・・!」
サスフォーも、これには驚いた。
「でもリートくんが虫歯になったらあかんから、サスフォーのゆー通りにするわ、うち」
リートを抱っこしたまま、アリアは言う。
抱き上げられたまま、リートはアリアの頭を撫で撫でしている。
アリアの口調が急におとなしくなったので、
どうしたんだろう?と少し心配しているようだ。
「・・・」
サスフォーはまだ驚き固まっているが、
「あ、ベーコンとたまねぎの用意!サスフォー、リートくんを」
というアリアの言葉にはっと我に返った。
「あ、ああ」
アリアに抱き上げられていたリートは、今度はサスフォーの腕に。
「じゃあ、ご飯楽しみにしといてなー」
アリアは二人に笑顔。
そして、また料理に目を向けた。
「・・・」
サスフォーはリートを抱き上げたまま、ぼーっと立っていたが。
リートが不思議そうに自分を見ていることに気づき、リビングへと向かう。
リビングにて、二人で食事が出来上がるのを待つ。
ハーメルみたいにあからさまに嫉妬心をむき出しにするわけではないが、
やっぱりモヤモヤした何かが残る気がするサスフォー。
けれども、それが大人げない気持ちだと自分でも解っている。
だから、アリアにそれはぶつけない。
世間一般に父親と呼ばれている存在の男たちは、
多かれ少なかれこんな気持ちを抱いているものなのだろうか・・・
そんなことを考えつつ、サスフォーは溜息をついた。
すると。
「・・・」
リートが立ち上がって、サスフォーの顔をじっと見ていた。
「リートくん・・・」
その時のリートの意図はわからなかったが、
不安にさせてしまったのではないかとサスフォーは思った。
「・・・おなかすいた・・・」
リートは呟く。
「そうか・・・本当、アリアのやつ遅いよな」
サスフォーはリートを膝に座らせる。
ヤキモチとかが全く無いわけではないけれど、
こういうのは悪くないという気持ちが上回った気がした。
そこに。
「おまたせー!サラダ完成やで!グラタンもあとちょっとやから・・・」
アリアがサラダボウルを運んできて、二人のその様子を見て微笑んだ。
「リートくんもオレもかなり腹減ってるんだけど」
リートを膝にのせたまま、サスフォーが言う。
するとアリアは、
「ごめんー、遅うなって・・・怒らんでな」
と、サスフォーに近づいて・・・
今度は、サスフォーの頬にキスをひとつ。
「な・・・!?」
リートを落としそうになるくらい驚くサスフォー。
「すぐ運んでくるわー、待っとってなー」
アリアは、ご機嫌で足取り軽くリビングを出てゆく。
「だ、誰にでも今、あの調子か・・・!?」
サスフォーは激しく動揺。
リートの登場で母性に目覚めてしまったアリアは今、
滅多に無い状況でかなり浮かれているようである。
そしてリートにしたように・・・つまり子供にキスをする母親の気持ちゆえに、
サスフォーに対してもいつものような照れや抵抗感は全く無い。
さも当たり前の日常のように、である。
アリアがご機嫌に左右されやすい気まぐれな『お天気屋』だなんてことは、
サスフォーにとってはよく知ったことだったはずだったのだが・・・
「・・・?」
リートが首を傾げる。
「アリアの奴ー、浮かれすぎだーーー!!」
嬉しくないわけではないが、サスフォーは思わず叫ぶ。
するとそこに戻ってきたアリアがグラタンを机に置きつつ、
「誰が浮かれすぎやて?サスフォー」
と、夫に詰め寄るように近づいた。
「あ、いや」
アリアに頭が上がらないサスフォーは慌てて弁解しようとする。
すると、アリアはサスフォーに囁いた。
「・・・ええやん、ちょっとくらい・・・
うちらに将来、子供できたら・・・その時の予行演習やて、思て」
決定打。
サスフォーは完全に不意打ちに固まった。
「さてと、レモンゼリーは冷蔵庫やし、ご飯にしよか!
リートくん、手ぇ洗いに行こ」
そんな旦那をほっといて、リートの手を引いて洗面所に向かうアリア。
リートはそんなサスフォーとアリアをかわるがわる見て・・・
もう何も疑問もないらしく、普通にアリアにトコトコとついていった。
そして年月は流れ・・・
「で、予行演習されたのね、ヴァルヴが」
リコーダーが言う。
「まぁ・・・結果的に、そういうことになったんやろね」
アリアは笑った。
要するに、突然両親を亡くした幼いヴァルヴを引き取ることになったが、
そういう『予行演習』を何度も行っていたため、戸惑わずに済んだようだ。
結果として10代の頃の経験は、オルファリオン夫妻の今に影響を与えていた。
「ヴァルヴ、リートさんに感謝しなきゃねー!!」
リコーダーはそう言いつつ、隣に座っているリートに抱きついた。
「感謝・・・ねぇ」
ヴァルヴは答えるが、顔が引きつっている。
父親と母親を取り合って子供に嫉妬するようなものだったサスフォーとは違い
ヴァルヴの場合は・・・もうちょっと切実な問題のようだが。
しかし、外がうるさくなってきたのでヴァルヴもリコーダーも外を見た。
お向かいでは、今日もハーメルとフルートが夫婦喧嘩をして騒いでいる。
「どうしたんだ?」
「いつものことよ・・・パパはママに構ってほしくて色々と騒いで、
ママが怒って・・・本当、いつもと何ら変わらないわ」
呆れたようにリコーダーが言う。
やれやれ、と言いたげにサスフォーが苦笑いを浮かべる。
アリアはそんな夫を見て、クスクス笑った。
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