そして。
翌日、元に戻ったけれど怒りのおさまらないミュゼット。
カノンの前では苛立ちを剥き出しにはしたくはないが、
それでも今回のことにはかなりご立腹だった。
「全くあの人は・・・きっとカデさんから薬を強引に奪ったのね」
自分が小さくされたということよりも、
看護女官時代からカデンツァとは姉妹のようにべったりだったミュゼットは
『クラーリィがカデンツァから薬を奪ってこんなことをした』ということが
許せないようであった。

そして、掃除の途中、薬の入っていた箱を見つけたミュゼット。
箱を開けて中の説明書を見ると・・・
・・・自分が元に戻った薬は、『年をとらせる薬』であるということを知った。
若返る薬と、年をとらせる薬。
お互いに解毒剤になる薬。
クロラゼプ酸二カリウムよりも、こっちの方がいいお灸になりそう・・・
ミュゼットは、そう思った。




夕方。
「うわぁああ!!何だこれはぁー!!」
クラーリィが一気に老けた自分の顔を鏡で見て、驚いて叫んだ。
今よりも30以上は年をとったように見える。
あの薬の効果だ・・・ということは、簡単に想像がついた。
ミュゼットが仕事帰りに出してくれたお茶に、薬が盛られていたのだ。
(チッ!!)
しかし自分に非がある以上、ミュゼットに文句は言えない。
それもこれも『恐妻に怯えないあの日々に』などと
考えてしまった浅はかな自分が悪いのである。
それにこの姿を見たカノンが驚いて泣くことだけは避けたい。
(カノンたんを怖がらせることはどうにか避けねば・・・!)
と、クラーリィはマジ顔で考えた。

深呼吸して、今後の対応を鏡を見つつ考える。
髭の生えた顔・・・基本的に母親似であったクラーリィだが、
こうやってかなり年老いた姿になってみると、父親に似ていることに気づく。
男の子は若い頃は母親に似て、年をとると父親に似るとよく言われるものだが
まさにその通りだ・・・と、クラーリィは思った。


クラーリィはこっそりと『若返る薬』を探したが、見つからない。
彼は知らないが、ミュゼットがカデンツァに返してしまったのだ。
こうなったらカデンツァから直接解毒剤を貰うしかないようだ・・・と、
クラーリィはこっそりと、自宅から抜け出した。
(くそっ!)
城の医務室へと走るクラーリィ。
すると、丁度所用で来ていたと思われるマリーとティンとすれ違った。
クラーリィの幼馴染である彼女たちは、もう魔法兵団を辞めて結婚した。
しかし突然走ってきた男をのほほんと笑ってやりすごすような
呑気な一般人主婦になってしまったわけではない。
その緊迫した様子をおかしいと思って、その顔を覗く。
・・・老けたクラーリィの顔は、死んだ彼の父親そっくりだった。

「あの人どこかで見たような・・・」
「えーと・・・ほら」
マリーとティンは、どこかで見たようなその顔を思い出そうとする。
その時。
彼の持つ道具が『大神官のもの』であることに気づいた。
そう、クラーリィは私服に着替えてはいたが、
一応念のために十字架の杖などの武器を持って出たのである。
「ちょっと、あの人クラーリィの十字架とか持ってるよ?」
「クラーリィがまんまと奪われるわけないし・・・てことは身内かな」
「身内にあんなおじいさん居たっけ?」
マリーが言った後、暫く沈黙が流れ。
そして、二人は同時に言った。

「「クラーリィのお父さんに似てる!!」」

そう、幼い頃に見たことのある友人の父親にそっくりだと気づいたのだ。
「ええっ、何で何で!?お父さんの兄弟とか!?」
「そんなの居ないわよ!おじさんの話とか聞いたことないし!!」
「ええー、じゃあアレ誰なのー!?」
「もっと遠い親戚とかー?」
「でもコルちゃんが唯一の身内だから甘いんじゃなかったっけ」
「うあー、じゃああの人何者ー?ちょっと不気味かもー」
マリーとティンは、『ちょっと不思議な出来事』としてそれを受け止めた。
まさか幽霊かも、と冗談半分で笑う。

「幽霊・・・?」
そこに通りかかった法務官パーカス。城内に忘れ物をして取りに来たのだ。
主婦たちは冗談を話して楽しそうなものだな、と思いつつ・・・
ワープ魔法で忘れ物の書類を取りに行った。
ちなみにクラーリィの魔法は高速移動式のワープなので城内で使うと物を壊してしまうが、
彼のは完全な瞬間移動なので城内でも使えるのだった。


「書類書類・・・」
パーカスは城の廊下にある物置の中の書類ケースを探していた。
その廊下は医務室に続くところだったため、
丁度、クラーリィに先回りする形になった。
するとそこに、近づいてくる誰かの足音。
パーカスはそちらを見る。
向こうから、薬で老けたクラーリィが走ってきた。
どこかで見たことがあると、パーカスは思う。
そう、パーカスもクラーリィの父親と面識があったからだ。
その瞬間、マリーとティンの話していた言葉が脳内にフラッシュバックした。
・・・『まさか幽霊かも』という言葉が。

「ぎゃぁああああ!!ネッド氏の幽霊だぁーーーー!!」

パーカスは驚いた。
もう、ヅラを飛ばす勢いで、驚いた。
その叫び声を聞いて、城内で住み込みで働いている人や
残っていた衛兵達が皆が異変に気づき集まってきた。
幽霊騒ぎに発展する。
「幽霊が出たんだってよ!」
「クラーリィ隊長の父親の幽霊だと!」
「孫の顔見たさに現れたんだって!」
噂はどんどん広まっていった。
その日は夜通し大騒ぎになって、たまたま旦那と里帰りしていたアダージョが
『うるさくて眠れんわ!』とキレて魔法を一撃ぶちかますまで、
恐怖と好奇心の入り混じる人々の声はやまなかったのであった。


そしてそのクラーリィは、人混みを避けながら死に物狂いで医務室に辿り着き、
カデンツァに若返る方の薬を貰っていた。
「外大騒ぎ・・・どうするんですか?本当のこと話します?
 この原因がクラーリィさんだとわかったら、安眠妨害されたアダージョ姉さん
 相当怒ってどうなるかわかったもんじゃないですね・・・ふふっ」
カデンツァはクスクス笑いながら、挑発的に言う。
「た、頼むからもうこれ以上騒ぎを大きくしないでくれ・・・」
身体も老けていたので走ってきて疲れ果てたらしいクラーリィは、
騒動による疲れも加わって・・・消えそうな声で答えるのがやっとであった。



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