このスフォルツェンドには二人の天才が居る。
ちなみに、オリンはアンセムに居るので含めない。
一人は、美人女医のカデンツァ。
もう一人は、美形薬剤師のノクターン。
美女、美形。天才。若くして最高の技術と頭脳を持つ二人。
二人は親友という美しい仲とは呼べないが、ある意味では仲が良いと言える。
同じ高い頭脳レベルで物事を話せる相手だからだ。
しかし男女の仲にならないのは、お互いに似過ぎている故だろう。
そんな二人が組めば『何でも出来る、不可能は無い』と言われるが、問題もある。
そう・・・つまり、『天才は変わり者』というあのオリンにも当てはまる例が、
見事に的中してしまっている二人なのである。
そして、今日は珍しく休暇というカデンツァが、ノクターンの研究室を訪れた。
さすがに最終決戦が終わって5年近くも経てば、
世界が平和になって前よりは暇になるものだった。
「ノクターンさんは、興味が湧きさえすれば薬を作るんですか?」
カデンツァが尋ねた。
「・・・」
ノクターンは答えないが、おそらく肯定であろう。
基本的に彼は『興味が湧きさえすれば』なのだ。
一方でどちらかといえばカデンツァは仕事にも真面目に取り組むし、
努力も惜しまない、一見して天才というより秀才タイプの女性である。
しかしそれはあくまでノクターンと比較しての話であり、
カデンツァの趣味や脳内は一般人からかけ離れているのが現状なのだが。
そしてそのカデンツァが、今回また興味を一つ示そうとしていた。
「なら一つ提案があるのですけど・・・」
そして。
「ええっ!?身体が子供になる薬を作ってもらった!?」
コンチェルトはカデンツァの話を聞いて、驚いた。
「だってあの薬、元に戻れるかどうかが自在でありさえすれば、
面白いもの以外の何でもないと思うもの」
カデンツァは笑う。
某漫画を見て気紛れで思いついたことだろうが・・・カデンツァの考えでは
自在になれば困るものではない、ならば自在にするまでのこと、である。
自在にできる頭脳の持ち主だから、まるで遊びのように口にできることだ。
ああ、これが天才の思考か・・・と、コンチェルトはつくづく感じた。
「ちゃんと元に戻れるの?やっぱりお酒飲ませて元に戻すの?」
「ええ、まあ・・・年をとらせる薬と逆行させる薬、セットだから」
「ふぅーん・・・面白そうねぇ」
コンチェルトはカプセルを手に取る。
やっぱり無害と分かれば、一般人にとっても面白いのであった。
「誰に飲ませてみる?」
「あれ?いつもどおりクラーリィさんじゃないの?」
カデンツァの言葉に、コンチェルトは首を傾げる。
そう、ノクターンが作った薬の実験台といえばクラーリィ、というのが
既にお約束になっているのである。
現在クラーリィはミュゼットと結婚して可愛い娘のカノンも誕生、
幸せを絵に描いたような、この国の大神官だ。
そんな大神官も、二人の天才にはいつも振り回されている。
しかし今回は違うらしい。
「だってクラーリィさんに飲ませて子供にしたら、
クラーリィさんがおいしい思いするのよ!?それじゃ面白くないわ」
と、カデンツァは力説した。
「彼も子供なのをいいことに幼馴染の奥さんに甘えるってこと?」
「そーいうこと・・・カノンちゃんの教育によくないし、
何にせよクラーリィさんが喜ぶっていうのは面白味に欠けるもの」
あっさりと答えるカデンツァ。
既にクラーリィは天才二人の好奇心を満たすものに過ぎないようだ。
コンチェルトは苦笑した。
しかし。
「面白味に欠けるとはどういうことだ」
低い声が響いた。
「あ・・・」
カデンツァは声の方を見る。
そこには、クラーリィ本人が立って、カデンツァを睨んでいた。
「いいじゃないですか、クラーリィさんには飲ませないんですから」
「開き直るな!」
クラーリィはカデンツァの手から薬を奪おうとする。
しかしカデンツァが冷酷な笑みでクラーリィに言った。
「いいですよ、今それを破棄したところで・・・
後にあなたに待ち受ける運命が、余計悲惨になるだけですから」
ピタッ、とクラーリィの手が止まる。
大神官であろうと、法力や戦闘力でいくら上を行こうと・・・
カデンツァとノクターンの実験は、怖い。
「・・・破棄はしない・・・オレが、被験者を見つけておこう」
クラーリィが言った。
「ええっ、クラーリィさんが?」
「この薬はきちんと元に戻る手段が確立されているし、
たとえ少々の副作用があろうと子供に戻りたい奴なんて沢山居るだろう」
クラーリィはどうにか、そう言ってカデンツァを納得させる。
「・・・」
カデンツァは疑いの眼差しを向けるが、今回はおとなしく渡すことにした。
薬のデータはある。また作ればいいという話であった。
そういうわけでクラーリィが薬のケースを持って部屋を出て行くのを、
カデンツァは止めなかった。
「被験者っつったってミュゼットちゃんに決まってるでしょう」
コンチェルトが呟く。
「ロリコンだもんねあの人」
カデンツァが溜息をつく。
「最近ミュゼットちゃんが恐妻と化してきたことを嘆いてたし・・・
自分が親馬鹿すぎることに原因があるのにねぇ」
コンチェルトは失笑した。
しかし、二人の予想通り。
クラーリィはその頃、ミュゼットの飲み物に薬を盛っていた。
カノンがお昼寝している間にちょっと試そう、というらしい。
今のミュゼットが嫌いなわけではないが、やはり恐妻は怖い。
あの頃のように怯えずにすむ時間を少し過ごしたいのだ。
「クラーリィさんも馬鹿ねー・・・あの薬に頼っても、
ミュゼットちゃんが昔のふんわりミュゼットちゃんに戻るわけないのに」
カデンツァは呟く。
そう、身体が子供になる、例の漫画そっくりのお薬。
ということはつまり・・・
「小さくなっても頭脳は同じ、ってね」
そう、小さくされたミュゼットは確かに、成長が止まっていたあの頃の、
幼い頃の姿に戻ってはいたが。
頭脳は、恐妻のままだったのだ。
「パパ・・・これはどういうことですか・・・
正当な理由がないなら、クロラゼプ酸二カリウムですよ?」
あの頃の天使の微笑みなのに、中身は違う。
「ひ・・・ひぃい・・・」
「叫ぶと、カノンが目を覚ましますよ」
「・・・・!!」
こうして、悲鳴にならない悲鳴が響き渡ったのであった。
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