「というわけで、ヴァルヴー!」
リコーダーは即、隣の部屋へと向かった。
「な・・・何だ?リコーダー」
「私、やっぱり将来は恐妻になろうと思うわ!」
「えっ!?!?」
今更!?とも何で!?とも言いがたいような複雑な表情で、ヴァルヴはリコーダーを見つめる。
もちろん、リコーダーの声は、クラビたちのいる教室に筒抜けだった。
「いや、リコーダーは十分素質・・・いや!(汗)そうじゃなくって、また一体どうして・・・」
「さっきね、ノエルくんのお父さんとお母さんが夫婦喧嘩をしてたの!
でね!お母さんは優しい物腰が柔らかそうな女の人なんだけど、笑顔で夫を抹殺してたの!」
「えっと・・・何もそんなに息を荒くしなくても。というか、笑顔で抹殺?」
その場所に居合わせていないヴァルヴは、何のことだかよくわからないといった風に首を傾げる。
「あのお母さんっ!きっと闇の部下(しもべ)たちを影で率いてるに違いないわっ!
なんて素敵なのでしょう!!で、旦那がブツブツ言ったら、夜中にそのしもべたちを枕元に送るの!
そして、旦那は朝方までに謎の悪夢と唸り声で脅え苦しみあがくんだわっっ!!」
「そのしもべって何だよーーっっ!!」
もはや、ヴァルヴは泣き笑いしながら叫ぶしかない。
リコーダーはすでに自分の世界に入り込んでいる。
「まぁ、よくわかったわね。リコーダーちゃん」
いつの間にか、ヴァルヴの後ろにミュゼットが。
「つーかマジなんですかっ!!」
「あっ!ノエルくんのお母さんッ」
相変わらずミュゼットは、ふわふわとした穏やかな微笑みで笑っている。
「うふふ・・・ちょっとしたイタズラなのよ〜」
「お前のイタズラでどれだけ精神的苦痛を与えられたと思っているんだ・・・!」
青ざめた旦那が、きれいな奥さんの肩を掴む。
「ちょっとお灸をすえただけじゃない〜v」
「お前のお灸は殺傷力抜群なんだよ」
「他の方にはそんなことしませんよ。パパ限定です」
「オレだけかよっ!(怒)この影の聖女がっ!」
「・・・・あなた。誰に向かって牙を向けてるのかしら・・・?」
「・・・・・・(凍笑)」
「・・・後でたっぷり話し合いましょうね・・・」
「今のは冗談だぞ♪」
今、ここにいる子ども達は、まさかこの夫婦が過去は立場が逆転していたなど想像がつかないのだろう。
リコーダーもその一人であった。
「ああ・・・やっぱり、ああいう夫婦関係って素敵・・・。ねぇ〜ヴァルヴv」
「さぁ、そろそろ教室にコレ持って行かないと」
張り付いた笑顔のまま、出来上がったマフィンを皿にのせてソロリソロリと歩いていくヴァルヴ。
しかし、リコーダーはそれを逃さなかった。
「待ってvヴァルヴ!」
リコーダーはヴァルヴを追いかけた。
ヴァルヴは丁度マフィンをウェイター係のクラビに渡したところだった。
「ヴァルヴ、恐妻な私は嫌?」
「いや、恐妻は誰でも怖いだろ・・・お前が妻になるのは嬉しいけど」
とぶつぶつ言うヴァルヴ。頬は赤い。
するとリコーダーはすかさず言った。
「じゃあ、私が怒らなくてすむように、いい夫になると約束して!」
実はリコーダーの目的はこれだった。
「え、あ、えー・・・っ!」
ヴァルヴはさすがに人前では言えず、リコーダーを連れて教室の外に飛び出した。
そして二人は、人気の無い階段へと着いた。
昔の少女漫画とかでありそうな告白スポットである。
「ねえ、ヴァルヴ・・・私のいい旦那さんになると約束できる?」
「・・・」
ヴァルヴは黙って頷いた。
「よかったぁ!これで私がヴァルヴにクロラゼプ酸二カリウム使う必要はないわねっ」
どこまで本気なのかわからない台詞を吐くリコーダー。
するとヴァルヴはリコーダーの顔を覗き込み・・・真面目な声で言った。
「お前もオレの良き妻になると約束できるな?」
「えっ・・・」
あまりにヴァルヴが真面目だったので、リコーダーもさすがにそれ以上ふざけられなくなった。
「どうなんだ、リコーダー・・・オレのことを好きで本気で結婚したいのか?」
「そ、それは」
こういうタイプは迫られると弱い。
クラーリィとミュゼットが何年もかかって立場が逆転したのに対し、
この二人はシリアスとギャグで立場がころころ変わるのである。
「真面目に答えろよ」
「あ・・・」
そこに。
「リコーダー、ヴァルヴくん!いちゃついてる場合じゃないわよっ!」
テュービュラーが慌てて走ってきた。
ヴァルヴはせっかく珍しいマジモードになっていたのだが、
こういうところで邪魔されるあたりがヘタレキャラの悲しい運命だ。
「どうしたの?」
「教室のステージでペルンゼンゲルくんがリコーダーに愛を叫ぼうとしているの!」
「なんでそんなことに!?」
ヴァルヴは驚く。
「またどーせパパが『文化祭ではステージで愛を叫ぶのが恒例行事だ!』とか言って騙したのね」
一方のリコーダーはお見通しの模様。
「リコーダー・・・今度はお前が止めてこい」
兄クラビに特大バイオリンを渡され、リコーダーは頷いた。
そして教室のステージの上。
「僕はこの思いを愛する人に向けて叫ぶ!」
今にも迷惑この上ない愛の宣言をしようとしていたペルンゼンゲルに、
「ごめんなさいお断りします!」
聞く前にお断りの言葉を突き刺したリコーダー。
ついでに、言葉と同時にバイオリンからビームもとんできた。
ペルンゼンゲルは吹っ飛ばされて、クラーリィにキャッチされる。
「カデンツァのところに届けておくか」
保健室送り第二号になった、哀れペルンゼンゲル。
そしてリコーダーはステージ上でバイオリンを構える。
「さあ、皆さんに私の魔曲を聴かせてあげるわ!!」
リコーダーはそう叫び、バイオリンを弾き始めた。
軽快なメロディ。ベートーヴェンのバイオリン協奏曲だ。
「素敵な演奏ね・・・」
誰もがうっとりとそれに聞き惚れる。
けれども、保健室から戻ってきたフルートが呟いた。
「あれ?この曲の効果って確か」
すると、客たちの表情が変わる。
そして。
「もっともっと注文するぞー!」
「紅茶おかわりー!!」
客たちは一斉に立ち上がり、受付兼食券販売係のカノンのところに殺到した。
「か、カノンたん!!うわぁああ!」
クラーリィが愛娘が人込みに埋もれていくのを見ていられず慌てて止めようとしたが、身体が動かない。
「ど、どうしたのかないきなり」
ノエルが慌ててクラベスに尋ねる。
するとクラベスは言った。
「さっきの父さんと同じ、『魔曲』の『マリオネットバージョン』・・・
つまりあの人たちはリコーダー姉ちゃんの魔曲に操られてるんだよね」
「で、でもどうして・・・」
「リコーダー姉ちゃん、性格父さん似なんだよ・・・
あの表情は『さあ!もっともっと稼ぐわよー!目指せ打ち上げでの豪華焼肉食べ放題!!』
ヴァルヴ、どんどんお菓子を作ってちょーだい!』って顔だ」
「よ、よくわかるね・・・」
ノエルは怯える。
「この夫をこき使う才能・・・やっぱりあいつは今でも恐妻だっ!」
キッチンのヴァルヴが叫ぶ。
「騙されてる・・・みんな騙されてる!」
怯えるノエル。
そして、それをふんわりと笑顔で見つめるミュゼットと、半ば諦め顔の両親。
こうして楽しい?文化祭の時間は過ぎていき・・・
数日後、豪華焼肉食べ放題は実現したそうです。
めでたしめでたし?
|