「クラーリィさんを困らせてやりなさい」
突然のカデンツァの言葉に、
シンフォニーどころかフォルすらも驚いた。
城関係者じゃないため普通は入れないジャーナリストの二人、
カデンツァに呼ばれたので立入許可証を貰って
正面から堂々と来てみれば・・・いきなりこの言葉。
「ど、どうしたんですか・・・カデンツァさん」
「カデさん、クラーリィさんと何かあったんですか」
するとカデンツァはひとつ溜息をついて、
「聞かなくてもわかるでしょう、いつものこと」
と言った。
クラーリィがカデンツァの仕事を邪魔してカデンツァがキレる、というのは
確かに『いつものこと』である。
「そんなに仕事を邪魔されたんですか・・・?
それとも治療に関しての指導なのに、言うこと聞かなかったんですか」
フォルが尋ねると、カデンツァは頷いた。
「両方・・・そして備品がいくつか壊れたのでものすごく私、機嫌悪いのよ」
燃えないゴミの中に、割れた精製水の瓶とガラス棒が捨ててあった。
「じゃあお言葉に甘えて困らせることにします!」
フォルが手を挙げて言った。
クラーリィがこのやりとりを聞いていたら、
『なんでカデンツァの許可で決まるんだ』とつっこまれそうだ。
シンフォニーもそれにツッコミを入れたそうな顔をしていたが、
カデンツァの逆鱗に触れるとそれはそれで怖いので、やめておいた。
確かに今回のことはクラーリィが悪いだろう。
こんなにもクラーリィがカデンツァと喧嘩になるのは、看護女官ミュゼットが原因。
女医カデンツァの同僚かつ部下になるミュゼットはカデンツァと仲が良く
要するに『クラ、カデさんの言うことはちゃんと聞くです!』とか
『カデさんの指令なのでちょっと行ってきます!』とかそういうのが気に食わないのだ。
それにお互いエリートゆえ、同属嫌悪のようなものもあるのかもしれない。
「クラーリィさんの恥をこれで暴いてやりなさい」
カデンツァはカプセルを一つ、取り出してフォルに渡した。
「これは・・・」
「自白剤よ」
カデンツァは淡々と答える。
そのクールさがなんとも恐ろしい。
「自白剤って普通、注射なんじゃなかったですっけ?」
シンフォニーが口をはさんだ。
「新開発された自白剤・・・今までの自白剤は意識を朦朧とさせることで
機械的に質問に答えさせる麻薬みたいなものだから、
当然麻薬に等しい副作用とかあって危なかったんだけど、
これは単に気分を操作してべらべら喋りたくさせるだけの薬だから・・・」
「はぁ」
「要するにアレ、酔っぱらうと饒舌になったり愚痴ったり、
とにかく口数が増える人いるでしょ?そういう感じよ」
カデンツァが答える。
それも十分危ないよ!と、二人は思った。
「でもこれも副作用とか出ないんですか?」
常識人のシンフォニーは、心配そうに尋ねる。
「麻薬中毒みたいな副作用は出ないそうよ、他はどうか知らないけど、
まあ死にはしないだろうって言ってたから」
カデンツァは答えた。
気分に作用するという効力の内容からして
これが麻薬ではないというのが不自然だが、
ファンタジーである以上、文字通りの『魔法の薬』という理由で片付いてしまう。
『出ないそうよ』とか『言ってたから』という伝聞の形になっているということは、
今回もおそらくはあのノクターンが加担しているのであろう。
彼ならば理屈を超えた薬だって作れるだろう。
ただその薬の副作用は・・・まあ死にはしないが、
大概は『少々面倒なこと』になってしまうのだが・・・
「フォルさん、どうしますか」
シンフォニーが言うと、
「それなら使うしかないじゃない!」
満面の笑みで答えるフォル。
カデンツァにお礼を言って嬉々として医務室を出て行くフォルを見ながら、
(フォルさん幸せそうだー!新しいおもちゃ買って貰った子供そのものだよ!)
と思いつつ、シンフォニーは深く溜息をついた。
フォルとシンフォニーは、スフォルツェンドの城の庭を歩いていた。
「クラーリィさんはどこかしらー」
クラーリィを探すフォル。
「フォルさん、いくら城内立ち入り許可証出てるとはいえ
クラーリィさんが素直に取材に来てくれると思いますか?」
シンフォニーが言った。
「それもそうねシンフォニー君、ならクラーリィさんを探して突撃取材?」
フォルは考える。
するとそこに、ヴィヴァーチェが通りかかった。
小柄な女の子、といった見た目からは意外かもしれない経歴、
この前まで魔法兵団の魔法機械整備士であったヴィヴァーチェは、
結婚して仕事をやめて、国を出たはずなのだが・・・
「あら、あなたたち久しぶりね」
「ヴィヴァーチェさん!里帰りですか?」
「ええ、今うちの旦那が仕事で上司と一緒に遠出してるもんだから!
しかし主婦は退屈ね、もう毎日が暇で暇で・・・」
ヴィヴァーチェは笑う。
「主婦業、お疲れ様です」
フォルが言った。
「ところで二人とも、カデンツァから聞いたわよ?
私はカデンツァの味方だから勿論二人にも協力するけど」
ヴィヴァーチェに言われ、フォルは嬉しそうな顔をした。
「実はクラーリィさんを探してるんです」
「そっかそっか、クラーリィさん呼んでも素直に来てくれないわよね・・・
そうだ、こういう時に便利なアイテムをフォルちゃんにあげるわ」
ヴィヴァーチェはポン、と手を打つと、何やら鞄から取り出した。
携帯テレビのような画面には、何やらレーダー画面。
「何ですか、これ」
「法力の高い人を探知するレーダーよ・・・
このツマミでどの程度からの法力レベルの人からが表示されるか調整可能」
ヴィヴァーチェは笑顔で解説する。
「うわーすごーい!クラーリィさん法力高いからすぐ発見可能ですね」
フォルは機械をいじりながら大喜びだ。
また新しいアイテムを手に入れたのである。
カデンツァとヴィヴァーチェに限らず、彼女らの仲間は
しょっちゅうフォルにアイテムを与えている。
喜んでくれて嬉しいのと、それを使ってくれた時に得られる結果が面白いのと
半々と言ったところだろうか・・・とにかくクラーリィにとっては受難だ。
「最近主婦業が本当暇で暇で、色々と漫画を読んでは
出てくるメカを再現しようとあれやこれや作ってみてるの!
そのうち某猫型ロボット漫画に出てくる道具も作ってみたいわ」
と、ヴィヴァーチェは言う。
「そ、そうなんですか・・・」
さすがオリンのラボで手に入れた工具で機械いじりを始めた人だなぁと、
しみじみと感じるシンフォニーであった。
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