第七話




翌日、テュービュラーは自ら子供たちのところに向かった。

子供たちの集まりの中、一人背の高い男が見えた。
けれどもそれはクラーリィではなく。

「テュービュラーちゃん?」
「あ・・・」
それは、昨日のあの若い兵士だった。
「昨日は・・・ごめん、無神経なこと言って」
兵士は頭を下げる。
「・・・あ、その」
「あの後、クラーリィ隊長に叱られたよ・・・
 テュービュラーちゃんが悩んでること、初めて知った・・・
 君を傷つけた・・・本当に、ごめん」

「気にしないでください・・・」
テュービュラーは自然と、そう言っていた。
自分の事を心配してくれているのだと分かったからだ。

「まだ名乗ってなかった・・・オレの名前はラウシェント、
 昔クラーリィ隊長の副官だった親父みたいになりたいと思って魔法兵団に入った」
「お父さんがクラーリィさんの副官?」
「ああ、前のスフォルツェンド魔法兵団副隊長、アンティフォナがオレの父親だ」
ラウシェントは明るい笑顔を浮かべる。
元気で気さくな人だな、とテュービュラーは思った。

「ラーシェ兄ちゃん、シャボン玉始めるよ!」
「ああ、そうだな・・・よし、高く飛ばしてみろ!」
「はーい!」
子供たちはラウシェントにとても懐いているようだ。
ラウシェントもクラーリィと同じように、子供たちがシャボン玉を作るのを見守っている。

「テュービュラーちゃんはどうしてここに?」
「シャボン玉見に来た・・・私、シャボン玉が綺麗で好き・・・
 ミュゼットさんもクラーリィさんも、シャボン玉が好き」
テュービュラーはシャボン玉を見上げた。
なかなか高く飛ばず、すぐに消えてしまうシャボン玉。
けれども、とても綺麗で・・・子供たちは、笑っていた。



「オレも小さい頃、あの二人にシャボン玉遊びを教えてもらったんだ・・・
 クラーリィ隊長がリハビリを終えて自由に動けるようになった頃かな、
 魔法兵団に憧れてた小さい頃のオレや友達に、気さくに接してくれた」
「・・・シャボン玉は、入門魔法?」
テュービュラーが尋ねると、ラウシェントは頷いた。

「シャボン玉はすぐ消えてしまうけれど、心を和ませ、楽しませてくれるだろ?
 そんなシャボン玉は、魔法に一番大切なことを知るための・・・入門魔法なんだ」

ラウシェントの言葉に、テュービュラーは頷いた。
昨日、ミュゼットと話してわかった。
大切な人のために生きること。
魔法に一番大切なことも、きっと・・・

それは、クラーリィが、リュートに教わった入門魔法。
クラーリィとミュゼットが、城の廊下の窓からその光景を見つめ、笑っていた。
昔、クラーリィはあの子供たちのようにシャボン玉を作って飛ばしたのだろう。
そしてミュゼットは、今のように笑顔だったのだろう。
大切な人の笑顔のために、どれだけ小さなことでもいいから何かをすること。
それが一番魔法に大切なことなのだ。

「ねえ、私にも教えて・・・私は小さい頃、シャボン玉をやったことがない」
テュービュラーは子供に話しかける。
「お姉ちゃんの家の方には、シャボン玉なかったの?」
「うん・・・だからここで初めて見て、とても楽しそうだなって思った・・・私にも、教えて」
「うん、いーよ!」
「これがストローで、こっちがシャボン液なのー」
子供たちはテュービュラーに、無邪気にシャボン玉を教えてくれる。
テュービュラーは嬉しそうに笑い、ラウシェントもそれを穏やかな表情で見ていた。

「テュービュラー」
クラーリィの声がして、テュービュラーは振り向いた。
「シャボン玉って、素敵ですね!」
「・・・そうか」
クラーリィはテュービュラーの笑顔を見て、安心した。
周りで笑っている子供たちに、ラウシェント。
テュービュラーが皆に馴染んでいるその様子は、とても嬉しかった。

テュービュラーは、クラーリィに語る。
「私はミュゼットさんやクラーリィさんたちを、これからは手伝って行きたいと思ってる・・・
 魔族だけど、頑張るんだ・・・スフォルツェンドのために!」
そう意気込むテュービュラー。
クラーリィはその決意を聞き・・・深く頷く。
そして、テュービュラーに優しく言った。
「昔、ラベスという人がいた・・・オレたちはラベス姐と呼んでいた」
「ラベスさん?」
「彼女は元魔族だったが、そんなことは関係なく仲間だった・・・
 お前はその人と同じようになれるとオレは思う・・・
 大切な人のために頑張ろうとしているから、
 魔族と人間という壁を越えて、必ず皆に仲間と受け入れられるはずだ」
クラーリィの言葉から、テュービュラーはそのラベスという人こそ、
ミュゼットの言った「私の大切な人」なのだと思う。
「ラベスさんってすごい人なんですね!」
「でも色々問題もあったがな」
「え?」
「男嫌いで、被害妄想もなぁ・・・」
クラーリィは昔の思い出を、面白可笑しく話してくれた。
テュービュラーたちは、その楽しい思い出に大笑いする。

そして、クラーリィは最後に付け加えた。
「ラベス姐は、ある人を慕って、そう変わったんだ・・・」
「・・・ある人を慕って・・・その人のために?」
「ああ・・・そして、大切な人たちを、沢山見つけたんだ」
懐かしい、穏やかな表情で語るクラーリィ。



そしてクラーリィは振り返る。
後ろには、ミュゼットが立っていた。

「みんな、おやつが出来たから食べにいらっしゃい」
母親のように優しい声。
「ミュウさぁーん!」
「わーい、ミュウさんのおやつだー!」
「今日のおやつ、なあにー?」
子供たちはミュゼットの方に走り出す。
ミュゼットは、優しく子供たちを抱きしめた。


テュービュラーはそんなミュゼットに言う。
「ミュゼットさん・・・私これから、お城で仕事したいんです」
すると、ミュゼットはその言葉を待っていたかのように・・・言った。

「調理師として頑張ってみない?前も言ったように人手不足なの、
 まずそこで働いてみて、向いているかどうか確かめてみたらどうかしら」
「・・・はい!」
テュービュラーは元気よく返事をする。

「お前にしては気が利いているな」
クラーリィがミュゼットに言う。
「クラが思うほど私は間抜けじゃないもん」
ミュゼットはそう言って、胸を張った。
「共に働く機会が増えるだろうが、テュービュラーにふんわり病をうつすなよ」
「クラこそ、テュービュラーちゃんにカタブツをうつさないでね」
「誰がカタブツだ!」
幼なじみの二人。
気心の知れた仲だからこそ、こうやって言葉が交わせるのだろう。
そのやりとりを見てテュービュラーとラウシェントは、楽しそうに笑った。
「二人、いつもあんな感じ?」
「ああ、親父が言うには昔から」
「へえ・・・」

テュービュラーは悟る。
クラーリィが迷っていた時に『見つける力』をくれて、
クラーリィが今も大神官を続けている理由でもあるのは・・・
ミュゼットや、今と同じように彼を慕う子供たちだったのだろうと。
そんな人たちが彼を支えているから、彼は頑張れるのだと。
「気心の知れた仲って素敵」
「そうだな」


テュービュラーは、ストローとシャボン玉の液の入った器を手に、青空を見上げる。

シャボン玉は消え行くまでの儚い時に、人々の心に光を与える。
人魚姫は泡となって消えた後もそれでもまだ、大切な人を優しく見守り続けている。
ああ、絶望にも屈せず希望を抱いて生きた心というのは、こういうものなのか。
自分たち魔族よりもずっと弱くて脆い人間。
それでも理解し合って一緒に生きようと、リコーダーは旅を続けている。
大切な人の心に、光を与えようとしている。

テュービュラーはいくつか、シャボン玉を空に飛ばした。
どうか自分と同じように、全ての人々がその気持ちに気づくように。
そのためにも、リコーダーを応援したい・・・そう祈りを込めて。
初めての、魔法。


「行くぞ、テュービュラー」
「食堂に行きましょ、テュービュラーちゃん」
「早く来いよー」

これからスフォルツェンドで働く自分。
大切な人たちの笑顔のために頑張ること・・・
それがクラーリィたちと同じように、スフォルツェンドを守ることになる。

「はい、今行きます!」
テュービュラーは、皆の声に答えた。
家族であり、友達であり、仲間である人たちの声に。



今日もまた、スフォルツェンドの空へと、そよ風に吹かれたシャボン玉が飛んでゆく。



Fin.



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