コツコツコツ・・・


ここはスフォルツェンド郊外に位置する新聞社『ウィークリー・スフォルツェンド』の社員室。
今は昼時なので、殆どの記者たちは昼食を取りに外へ出払っている。
そんな中、この新聞社の中で若手と称される記者・フォルは
お昼も食べずに黙々と机に向かっていた。
しかしその様子は少しおかしい。
考え込むような表情で手にもった原稿用の万年筆をずっと机に叩きつづけているのである。
そんな様子をカメラの手入れをしつつ、相棒のシンフォニーは不安そうな表情で見ていた。

コツコツコツ…

コツコツコツ…

コツコツコツ…バキィイイン!!

徐々に万年筆の音は大きくなり、仕舞には物凄い音が部屋中に響いた。
その音にシンフォニーはびっくりして、すかさずフォルの方を見る。
彼の見た先には万年筆が机にものの見事に90度直角で刺さっていたのだ。
そして、それを机に突き刺した当の本人はというと頭を抱えて、大きく机を叩いた。

「あーもう!!最悪っっ!!!」

矢継ぎ早に出た彼女の言葉が全てを表していた。
一応、それでもこの話を読んでくださる皆様のために
親切でお人よしなシンフォニーは一応彼女に尋ねてみる。

「フォルさん、一体今度はどうしたんですか…?」
するとフォルは勢いよくシンフォニーの首根っこを掴みながら、まくしたてるように答える。
「出ないのよ!!ネタが!記者の命である特ダネが出ないなんて何たる不覚…!!
こんなのあってはならないことよー!!」
「はっはあ…でも最近はスフォルツェンド城の方もすっかり落ち着いてるみたいですし…」
そう言うとシンフォニーはこの建物の窓から見えるスフォルツェンド城を見上げる。
いつもなら、週に一遍くらいは王宮に住む大神官クラーリィが
王宮直属二人の天才−医師・カデンツァと薬剤師・ノクターンの実験台にされて
トラブルが起きるはずなのだがここ一週間はぴたりとそれが止んでいるのだ。
そして彼に関するもう一つのネタである
看護女官ミュゼットとの痴話喧嘩に関しても中々話が舞い込んでこない。
というのも一部の人々を残して彼らが一週間の慰安旅行に出かけてしまったのだから…。
つまり、王宮専門の記者である二人にとっては
この一週間ほぼ待機状態になるしかなかったのである。
彼女にとって、今の生きがいはあの面白いことが起きる王宮をくまなく突撃取材することである。
そんな楽しい場所を一週間近く奪われることはフォルにとっては相当なストレスであったのだ。
まあ、周囲(特にクラーリィ)にとってはいい迷惑かもしれないが…

「あーもう私の得ダネは夏のあの輝く太陽で枯渇してしまったのかしら…」
いきなり、ハンカチを取り出して机に伏せるフォル。
「フォ、フォルさんしっかりしてくださいよ…
 もう少しすれば皆さん帰って来てまた僕達の出番がきますから」
シンフォニーはそんな珍しくしおれているフォルを慰めるように
さり気なく王宮の人々に酷いこと言いつつ、彼女を説得し始めた。
まあこれが外れてるとは一概には言えないところが妙なものである。
「そっそうよね…あのクラーリィさん達がただで大人しくしてるわけないもんね…
慰安旅行だけじゃなく、また新しいネタ引っさげてくるわよね!!」
「確か帰ってくるのって今日じゃありませんでしたっけ?」
フォルの机から懇意にしているカデンツァから見せてもらった
スケジュールの写しを見て、彼が答えた。
「じゃあ私の特ダネがもうすぐ復活するのね…!一週間ぶりの特ダネ…
こりゃあ、記者フォル・クローレの腕が鳴るわね!」
さっきのしおらしさから一転、
フォルの顔にはネタという二文字のお蔭ですっかり精気が蘇っていた。
(フォルさんって案外現金な人だなあ…)
シンフォニーがそんなツッコミを心の中でしてる間に、
フォルは彼の首根っこをぐいと引っ張ってもう外へ出る気満々であった。
「ほら、シンフォニーくん!ぼさっとしてないで早く行くわよ!!」
「ってフォルさん行動早すぎだってば、まっまだカメラの手入れがぁ〜!!」
そんなシンフォニーの叫びも虚しく、フォルは嬉々として彼と共に久々の外へ出向いた。


まるでスキップをするかのように歩を進めるフォル達やっとこさ王宮の門の前までやって来た。
しかしここからがいつもの問題である。
王家関係者ではない彼らは無許可でここに侵入することは普通は許されないことなのである。
まあ無視して入る場合もあるが、その場合はクラーリィに余計に追いまわされて
ゲンコツを食らわされること必至である。
どうしたものかとフォルが考えていると、彼女の肩をぽんと叩く手の感触を感じた。
すかさず、彼女が振り返るとそこには
スフォルツェンドが誇る二人の天才の一人である美人女医・カデンツァの姿があった。

「こんな夏の暑い日に日光があたるここに居座ってると日射病になるわよ、お二人さん」
「カデさん!旅行から戻られたんですね!」
「お久しぶりです、カデンツァさん」
久々(とはいっても一週間だが)のカデンツァとの再会で二人は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「貴方達に会うとやっぱり、帰ってきたって感覚になるわねー…
旅行でも面白いことあったけど、やっぱりここだと安心して研究に打ち込めるしね」
カデンツァの方もまんざらではなく、二人の姿を見て喜んでいた。
「慰安旅行の方はどうでしたか?」
フォルがすかさず彼女の『旅行』という単語に反応して、
手にメモ帳を準備して早速一週間ぶりの取材モードに突入する。
カデンツァはそんな彼女の様子を見て「相変わらずね」と思いつつ、このままこの場にいたら
日射病になるからと二人を自分の医務室へと連れて行った。



「旅行は相変わらずだったわ…クラーリィさんがあんまり外に出たことない
 ミュゼットちゃんのことやたら心配してねー…
 そしたらミュゼットちゃんは案の定むくれちゃって喧嘩勃発って感じでね。
 痴話喧嘩は結構だけど、巻き込まれるのは正直勘弁だわ…」
コンチェルトが差し入れに持ってきてくれたレモンティーを口にして
カデンツァは旅行でのことを面白おかしく語ってくれた。
「旅行中でも相変わらずですか…」
シンフォニーは苦笑いを浮かべて、そんなカデンツァの話を聞いていた。
「うーん、内容としては色々面白かったんだけどちょっとパンチがまだ足りないかも…」
一方カデンツァの話を注意深く聞いていたフォルだが、
そこは記者として譲れないものがあるのかもしれない。
その内容をメモしながら、厳しくチェックしていた。
「一週間ぶりだから厳しいわね、フォルちゃん」
「ええ、ここ一週間待機状態が続いていたんで
 よっぽど心待ちにしてたんですよ。カデンツァさんのお話」
「じゃあもっと新鮮な話っていうと…あっ、そうだ」
漫画であれば電球が浮かび上がるであろうという感じで
カデンツァは懐から小さな機械を取り出した。
「何ですか、それ?」
「ヴィヴァーチェ特製の高性能録音装置よ。
 旅行に行く前に久しぶりに会って譲ってもらったの。
 でも医者がこんなの使うことなんてないから、フォルちゃんにあげるわ。
 こういうのって記者が使うほうがインタビューとかに役立つでしょ?」
「わぁっ!ありがとうございます〜vvv」
カデンツァから録音装置を手渡してもらってフォルは
子供に立ち戻ったかのような無邪気な笑みを浮かべていた。
「でもこれ、もう何か録音されていませんか?」
シンフォニーが録音装置を覗き込んで、再生ボタンが赤く燈っているのを発見した。
「ああっ、一応録音再生ができるかどうか身近な人で確認したから…聞いてみる?」
そう言うとカデンツァは二人の目の前で再生ボタンを押した。
すると小型集音機のスピーカーから、声が聞こえてきた。

『何をやってるんだ、カデンツァ』
『何をって…ヴィヴァーチェから貰った集音機の録音テストですよ』

最初に聞こえてきた低い男性の声に二人はとっさに反応した。
「あっ、この声って…」
「先日取材しに行ったノクターンさんって人の…」
そう、その声はスフォルツェンドの2大天才のうちの一人、ノクターンの声だった。
ノクターンとカデンツァはお互いの同じ高レベルで物事を話せる相手であり、
また『新しい新薬の実験』という利害関係の一致から
よく共に共同研究していることも少なくはないのである。
まあその実験台にかけられるのがクラーリィというのは毎度のことなのだが…
それでも自分達に親しく付き合ってくれるカデンツァに対し、
ノクターンはどこか近寄りがたい印象があった。
先日も、郊外にある彼の家に直撃取材に行ったものの、
自分達の目の前に現われたノクターンの威圧的なオーラに恐怖し、
これ以上居座ったら自分達もクラーリィのように
実験台にされてしまうとそのまま脅えるように立ち去ったのだ。


「結局あの時撮れたのはリート君の写真だけ…だったわよね」
「でも、リート君可愛かったですよね」
そう言いながら、現像した写真を取り出して微笑むシンフォニー。
そこにはノクターンの同居人である幼い少年・リートの姿があった。
自分の利に敵ったことしかやらないことで有名なノクターンが
何故あんな少年とともに同居しているのかと思ったが、
カデンツァの話によると「二人ともお互いに気が合うから」だそうで…
「そりゃあ無茶苦茶可愛いだろうけど、結局ネタになることなーんにもなかったしねぇ…」
リートの写真を覗き込みながら、不満そうにフォルが言う。
「いっそのこと、リートくんの記事でも書くか…」
「ダメですよー!記事に書かないってことで僕、撮影してきたんですからー!」
「でも、結構評判良かったりかもよ?
 『スフォルツェンド郊外に謎の美形薬剤師と同居する美少年』
 って銘打っちゃえばそこら辺の女官たちがすぐ反応するだろうし…」
「案外クラーリィさん以上に人気かっさらっちゃうかもね」
新聞を読みながら、カデンツァも話に加わる。
その新聞のタイトルには
『第○×回王宮の女官1000人アンケート 第1位クラーリィ・ネッド』
と書かれていた。
「しっかし、クラーリィさんが一位ねえ…信じられないわ。」
そのタイトルを見て、フォルがぼやく。
「まあカッコいいですからね、クラーリィさん」
「私にはただガミガミ怒ってくる人にしか見えないんだけど」
そりゃフォルさんの行いが悪いから…とツッコミしたくなったシンフォニーだったが、
言うとまた何を言われるか分からないので心の中で抑えておいた。

「あっでも、そしたらさ…ノクターンさんも結構ライバルになると思うんだよねー…
 美形の一定レベルは超えてる人だし…ああいう性格だと惚れる女も多そうだし。
 何で載ってないのかしら?…そうだ!!」
ヴィヴァーチェ作の高性能録音装置とその新聞を一通り見て、
フォルは何かを閃きバンと机を叩いた。
「どうしたんですかフォルさん?」
「面白いネタ…いえ、企画が出来たわ!!そうと決まったら早速取材開始よー!!
っつーわけで新聞社に戻るわよ、シンフォニーくん!!」
「わわっ、フォルさんちょっと待ってよー!!かっ、カデンツァさんありがとうございましたー!」
また首根っこをぐいと捕まれたシンフォニーは
そのままフォルに引きづられるようにして去っていった。
そんな様子をカデンツァはレモンティーを飲みながら「相変わらずね…」と見送っていた。



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