数日後、大神官クラーリィが公務のため慌しく王宮を行き交いしていると、
ある女官たちの人だかりが出来ていることに気がついた。
彼自身は時たまある女官狙いの悪徳商法だと思っていたのだがどうも様子がおかしい。
その人だかりから出てきた女性たちが何故か自分を見ると、騒ぎ出すのだ。
そして彼女達の会話に時たま出てくるセリフにも気になることがあった。

「クラーリィ様もカッコいいけれどあのお方も素敵よねー!!」
「そうそう、あの甘い声で『大人しくしてろ』なんて言われたら私もう、とろけちゃうわ〜vv」
「でもクラーリィ様の『いい加減にしろ!』も素敵だわ〜」
「丸秘情報によるとあのお方もクラーリィ様と同じくらい高級取りでエリートなんですってね」
「キャー素敵ぃ!!あのお方、一体どこにいらっしゃるのかしら…」

そんな会話に最初は疑問しか浮かばなかったクラーリィだがその内容が気になりだした。
別に王宮の女官たちに自分が人気があることはさほど気にしていなかったが、
あの人だかりとこれらの会話からどこか釈然としないものを感じていた。
それは彼女達の会話に出てくる『あのお方』という単語。
仮にも王宮人気No.1と囁かれる自分と同等、
もしくはそれ以上と呼ばれる男がどのような奴か気になりだしたのだ。
そして、興奮している女官たちにばれないように
こっそりとあの人だかりに近づこうと、叢に隠れて様子を見る。
そこには仰々しい文字で
『癒しの声〜貴方の日頃の疲れもこれでリフレッシュ〜』
と書かれたテントがあった。
すると目の前にはこの王宮の看護女官長であるミュゼットの姿があった。

「はい、次の方どうぞ〜!」
「ミュゼット!お前一体何やってるんだ!!」
新たな女官たちを部屋の方に案内し終えたミュゼットに
思わずクラーリィは叢から飛び出て駆け寄っていた。
そんな彼の姿にミュゼットはビックリした表情を浮かべていた。
「クラ…そんなところでかくれんぼでもやってたの?」
「そんなわけないだろうが!一体何なんだ!!これは!」
「ああ…これは…」
「ちょっとした調査ですよ、クラーリィさん」
ミュゼットが説明しようとした瞬間に、カルテを持ってカデンツァが現われた。
「ちょっとした調査ってどういうことだ…」
「最近、女官達がストレスで肌荒れとか起こしてるっていうんで
 リフレッシュ方法を考案したんですよ。
 それのちょっとした実験だったんですけどねー何故か違った方向で人気が出てしまって。」
そう言って彼女は女官達の脳波を調べたカルテをクラーリィに見せる。
「で、どういうリフレッシュ方法なんだ、それは…」
「クラの声とノクさんの声を使ってみんなの乙女心を爆発させてストレス解消させているんです!」
そんなことを大きな声であっけらかんにいうミュゼットにクラーリィは思わずずっこけた。
これも姉妹のように付き合っているカデンツァの影響かと思うとクラーリィは涙が出てきた。
「おっお前等〜…っていうことは『あのお方』はノクターンのことか…」
「ご名答。ちなみにクラーリィさんはすぐに声でばれるけど、
 ノクターンさんって殆どここに顔見せませんから…
 噂で色んなものが広まってるんですよ」
「だがな、お前等…勝手にオレの声を使ってそんなことをやるとは…」
手に法力を込めて、この会場を壊そうとしたそのときである。

「キャー!クラーリィ様よお、皆ー!!」
「えっ、ウソっ!!」
「クラーリィ様ぁっ!!!」

美声リラクゼーションという名の実験が終わった女官たちが
目の前にいるクラーリィの姿に気がついて、
そのままの興奮状態でクラーリィに寄って…もとい、襲い掛かってきた。

「「「「「「「「「クラーリィさまぁあああっ!!」」」」」」」」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


血走った目で自分を追いかけてくる女官一同に
クラーリィはただただ逃げ惑うことしか出来なかった。
そのまま猛ダッシュでクラーリィはその場を去っていった。


「『女をなめたら大変なことになるって』ね…」
目で不敵なウィンクをしつつ、カデンツァが言う。
「でも…なんか悔しい気がします、カデさん…」
そんな大量の女性たちに追いかけられるクラーリィの姿を見て、ミュゼットが不満そうに言う。
普段はおっとりしている彼女だけれども、時たま彼のことになるとこんないじらしい姿を見せるのだ。
彼女の姉のような存在であるカデンツァはそんな彼女の姿を見て、「青春ね」と思いつつ微笑んだ。
そして、またこのことで二人は痴話喧嘩をするんだろうなあと思った。



「あっはは!!最高だわぁ!クラーリィさん!!」
数日後、カデンツァのところへ再び赴いたフォルはその話に爆笑していた。
「女の恐怖をクラーリィさんも改めて知ったって感じかしらね。」
「普段私を舐めてかかってるからですよー復讐してやったりってね」
にやりと歯を見せて、いたずらっ子のようにフォルは笑った。
「それはそれは…はい、これ結果ね」
そう言ってカデンツァは彼女に書類を渡す。
今回彼女はある結果を聞きにここへやってきていたのだ。
「ありがとうございますー!!っていうか大成功でしたね、この作戦」
フォルはにんまりとしながら書類を受け取った。
「しかし女官の脳波を調べるとともに、こっそりクラーリィさんとノクターンさんの
人気調査しようなんて考えたものね…」
「こういうのって女の子なら即、食いつきますしねー…」
「クラーリィさんの声はフォルちゃんが無断取材しようとした時に集音機で撮った声で
ノクターンさんの声はこれなのにね」
そう言ってカデンツァは集音機のスイッチをONにした。
すると…

『ハーメルさんに盛る面白い薬をください、ノクターンさーん!』
幾分か幼さの残るこの声の主はカデンツァに会いにやって来たエリの声である。
するとそれに対し、『大人しくしていろ』というノクターンの声が録音されていた。
「エリさんのお願いに反応する声ですか…」
隣にいたシンフォニーが苦笑いしながら言う。
「こんな一言で女官たちはあんな力が出せるのね…
 女の神秘について私も益々研究したくなったわ」
そんな結果に知的好奇心を揺さぶられるカデンツァに対し、フォルはまじまじとその結果を見る。
しかしその結果に対しフォルの姿は少しさえない。
「どうしたの、フォルちゃん…」
「カデさん、これ本当ですか?」
「えっ?」
「クラーリィさんとノクターンさんの声で脳波数や投票を見ても同票になってるんですよー!」
そういうと彼女は書類をカデンツァに見せた。
「うわ…本当だわ」
でも彼女はそれに対して、彼らは給料とか性格とか色々な要素を総合すると
プラスマイナスで同じくらいで勝負がつかないのは仕方ないことだと思った。
「これじゃあ結局どっちが優勢なんだか分かりゃしないわ…
こういうアンケートってどっちが一位かで人気が決まるのにぃー…」
そんな結果に悔しがる表情を見せるフォル。
「…じゃあ、そうしたら最終決戦投票でもしてみたらどうですか?その方が盛り上がりますし…」
さり気なく相方に助け舟を出すシンフォニー。
「あっ、それいいかもシンフォニーくん!そうしたら…どんな決戦投票にしようかしら」
フォルが持っているペンを回しながら、うんうんと考える。
すると何か閃いたらしく、シンフォニーの目をじっと見つめた。
そんなフォルの姿に、彼は一瞬どきんとしたが…そのフォルの目つきを見ていやな予感がした。


「だーかーらーこういうときこそ、貴方の出番よシンフォニーくん」
「でっ出番って…」
二人がやって来たのはノクターン邸。
そう、結局最終投票には写真が不可欠ということになり、
二人は決死を覚悟でこの地に再びやって来たのだ。
「やっぱり…やめた方が…ノクターンさんに見つかったらどうするんですか…
 ただでさえ、パパラッチみたいで…なんか嫌ですよぉ…」
「弱音を吐かない!だから私がわざわざついてきてやってるのに…
 別に真正面から撮れって言ってる訳じゃないんだし。こっそりでいいのよこっそりで。
 実験をしてる姿一瞬の姿でも女官たちは大喜びよ」
ノクターンに張り込んでいるところをバレないように、
シンフォニーに耳を近づけてひそひそ話で激励(?)するフォル。
が、しかし…

「ほう…こんなところで何を撮るつもりだ…」

「えっ?」
「あっ…」
目の前にいるその姿を見て、思わずフォルは呆然。
シンフォニーは恐怖で頭を抱えることしかできなかった。



そして…
「結局企画はノクターンさんにもみ消されちゃいましたね…」
「うわーん!!折角あそこまでいったのにぃ!!悔しいわぁ!!
 結局久々の大特ダネを逃すし最悪よぉ〜!!」
「でっでも…また、地道にやっていきましょうよ。」
「地道に?」
ショックで涙ぐんでいるフォルに対し、慰めるようにシンフォニーが声をかける。
そして、彼らの目の前にはいつもの光景。


「クラ、私のこと嫌いなんでしょ?」
「なんでそうなるんだ!」
「だって、あんなに大勢の女官に囲まれてクラ、嬉しそうでした」
「嬉しいわけなかろう!むしろあの後変な奴らに追いかけられて大変だったんだぞ!」
「でっでも…『グラマーな奴等ばっかりだぜ』とかってはべらかしてるんだぁ〜!!
うわ〜ん、クラの馬鹿〜!!!」
「まっ、待てよミュゼットー!!」


そんな何時もの風景に安心し、また精気を取り戻すフォル。
ネタをもみ消されたショックにも立ち直り、真っ直ぐとたって相棒に声をかける。
「そうね…また地道にやっていきましょう!さぁ今日もクラーリィさん達に突撃取材よ!」
「はいっ、フォルさん!!」

二人もまた、いつものようにクラーリィ達を追いかけていった。