ここは平和なスフォルツェンド。
まあ、小さな事件は日常なのだが。
そして今日も、その小さな事件とやらが起ころうとしていた。
その日、クラビはスフォルツェンド城の医務室に来ていた。
久々にカデンツァが嫁ぎ先から里帰りするというので
両親や兄弟姉妹の健康診断を頼もうと思ったのだ。
カデンツァはノクターンのラボに顔を出しているというので、
クラビは医務室で待たせてもらうことにした。
そこには先代医局長の息子、ヴァイゼ・クヴェレンバウムと
シンフォニーの従兄でもある超感覚を利用したレントゲンの技師・
カプリチオ・トリアーデが居た。
「ヴァイゼさんはカデンツァさんには会われたんですか?」
「うん、相変わらず美人だね、彼女・・・こんなこと言うと妻が妬くかな」
カンタービレ、カデンツァに立て続けに失恋した彼もどうにか嫁を見つけ、
名門医師一家クヴェレンバウム家を守り立てているようだ。
割と常識派の3人なので、まともな世間話が進む。
その時。
「クラビさん、大変ですー!」
医務室に、一人の少女が駆け込んできた。
クラーリィとミュゼットの長女、カノンである。
「カノンちゃん、どうしたのそんなに慌てて」
珍しい、とクラビは思う。
普段のカノンは落ち着きのある女の子だからだ。
「大変なんです、ヴィオリーネちゃんが・・・」
「ヴィオリーネが?」
クラビはそれを聞き、表情が一変した。
ヴィオリーネはクラビにとって少なくとも友達以上の女の子だ。
今日も、ヴィオリーネをスフォルツェンドに連れてきたのは自分。
カノンと共に、ミュゼットにバレエを習っているのだ。
「ヴィオリーネちゃんが、バレエの練習中に怪我をしてしまったんです」
「なっ、そ、それで・・・今ヴィオリーネは」
「城の練習場に居ます・・・私たちだけでは、医務室に運べなかったので」
「わ、わかった!今すぐ行く!」
クラビはカノンと共に、医務室をすぐに後にした。
「怪我となると、僕の出番のようだね」
カプリチオは、機材の準備にかかる。
「そのようですね」
ヴァイゼは、ヴィオリーネの過去のカルテを探し始めた。
数分後、クラビがヴィオリーネを抱きかかえて戻ってきた。
所謂『お姫様抱っこ』というやつだが、
行っているのが事実『王子様』である以上あまり違和感が無いのが凄い。
「ヴィオリーネちゃん、大丈夫かい」
カプリチオが尋ねる。
「大丈夫ですよーちょっと痛いくらいなので」
ヴィオリーネが返事をした。
この様子なら大事には至ってないようだと、一同胸を撫で下ろした。
「念のために骨に異常が無いか調べておくよ」
「ありがとうございます」
カプリチオに促され、ヴィオリーネは機材のところに運ばれた。
スフォルツェンドのレントゲン技術は魔法による透視と念写の応用で、
放射線を使わないというのが特徴だ。
そのため普通に医務室と繋がった部屋に機材が置かれている。
カプリチオは複雑そうな機械を慣れた手つきで稼動させ、
ヴィオリーネの怪我の具合を調べた。
「ヴァイゼ、こんな感じだが」
レントゲン写真を医者ヴァイゼに見せるカプリチオ。
「骨に異常はないみたいだね、よかった」
「そうですか、ありがとうございます」
クラビが代わりに言った。
「湿布を貼って軽く固定しておくね」
ヴァイゼが処置を始める。
「本当、軽くてよかったです」
カノンが呟いた。
手当ても終わり、クラビはほっとした顔でヴィオリーネと話している。
すると、
「あーあ」
ヴァイゼが溜息をついた。
「どうしたんだ?また何か酷い目に遭ったのか」
「いや・・・湿布の残りが少ないから、ノクターンさんに発注したんだ・・・
魔法の転送装置も使えるけど、カデちゃんが行ってるってことはたぶん
これから後に連れて来るんだと思う・・・」
ヴァイゼは深く溜息をつく。
昔、カデンツァに恋していたころ、彼女と天才同士の謎の絆を持つノクターンを
恋敵だと思い込み敵意をむき出しにしていたヴァイゼ。
しかしカデンツァが嫁いだのは別の、しかも異国の男で、誤解だったと判った。
・・・だが、今でもノクターンは苦手だ。
自分に非があるとはいえ、怖いものは怖いのだ。
「ああ、それなら・・・僕が外で一服して落ち着くようにと、言ってみるよ」
カプリチオが言う。
「カプリチオさんも煙草、吸われるんですか?」
ヴィオリーネが尋ねる。
「ああ、うん・・・さすがに医務室では吸わないけどね・・・
意外だったかい?」
カプリチオが言うと、ヴィオリーネは頷く。
するとカノンが横から言う。
「母からそれは聞いておりましたが・・・・
煙の匂いが服に移ってそれが気になる人も居ると想定なさって、
カプリチオさんは消臭剤をきちんとご使用なさるそうです」
「へえ、そうなんだ」
「私生活では香水を使うそうですが、医務室だからとカデンツァさんに頼み、
ノクターンさんに調合を依頼した特別な消臭剤を利用しているそうです・・・
そういう気配りについて母から話を聞くたび、私は感心しておりました」
そう言って、にこりと笑うカノン。
カプリチオは少し照れ笑いを浮かべた。
すると、そこに。
「貴様、うちのカノンたんを何たぶらかしているんだ!」
クラーリィが現れた。
「パパ・・・」
カノンは呆気にとられる。
カノンがカプリチオを誉めているのを聞いて、慌てて駆け込んできたようだ。
「クラーリィさん・・・いくらなんでもそれは」
ヴィオリーネが呆れたように呟く。
「カプリチオさん、クラーリィさんと2つしか違わないんですよ」
クラビも付け加える。
だがクラーリィは心配そうに
「カノン、いくら感心したからといってこんな男を
いいと思ってはいけない!絶対にダメだからなーーー!!」
とカノンの手を取って叫んでいる。
ミュゼットが見ていたらきっと叱られていただろう。
「クラーリィさん、カノンちゃんからしたら僕は父親に近い世代なのですから
そんな風に思うわけがないじゃないですか」
カプリチオが笑う。
「き、貴様!笑ってる暇があればもう少しその優男風の態度を改めては」
クラーリィはカプリチオに詰め寄る。
もはや完全に言いがかりだ。
しかし、カプリチオは相変わらず笑っている。
「クラーリィさん、そんなことよりも言うべきことが」
「貴様、話題を逸らすな!」
「いえ・・・逃げなくていいんですか?」
カプリチオが後ろへ目線をやる。
クラーリィが、ゆっくりと振り返った。
「あらあら、丁度良く自分から獲物が檻に飛び込んできてくれたこと」
「・・・」
「ほら、注文の湿布を届けに来たらいいことあったじゃないですか?
これからは面倒くさがらないで、医者と打ち合わせをしてくださいな」
「転送すればいいだろう」
「実際に医者と対談せねば、真に必要とされている薬はわかりません」
「前に城に来たときに煩い男に出くわしてな」
「ならば自分で排除すればよいではないですか、あなたらしくもない」
マイペースに話している、女性の声と男性の声。
そう、これは、間違いない。
カデンツァと、ノクターンだ。
「ぎゃああああああ!!」
クラーリィが叫ぶ。
「今日はミュゼットちゃんがいないから・・・
・・・私が代わりに、暴走を止めてあげなきゃいけないわね」
にこっ、とカデンツァが笑った。
逃げようとクラーリィが駆け出すが、ノクターンがガシッとその腕を掴む。
「前回にわめきちらして作業を妨害した分、協力しろ」
「い、嫌だぁああーーーーー!!」
クラーリィの叫びが、響き渡った。
「だから、逃げないんですかと言ったのに」
笑顔のまま、カプリチオが言う。
「・・・やっぱりこの人も医局メンバーだあ」
クラビが呟いた。
「お父様がああなったときいつもお母様が止めてくださるの、
今日はどうしようかと思ったけれどカデンツァさんが居てよかったです」
実験内容など知りもしない純粋培養のカノンは、のほほんと言う。
ちょっと叱ってくれる程度だと思っているのだろう。
「本当みんな濃いメンバーだよ・・・僕はキャラが薄くなる一方だ」
ヴァイゼが溜息をついて呟く。
この中で怯えることなく自分のキャラのことを心配しているヴァイゼも、
長い年月のうちに医局の空気に毒されてきたんだなぁ・・・と、
クラビとヴィオリーネは思うのであった。
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