大魔王ケストラーが再び箱の中に封印され、戦争が終結して20年。
そして、新しい大魔王候補・ペルンゼンゲルが浄化されて数日。


スフォルツェンド公国のある場所に、三つの影があった。
三人の人間。
一人は、赤みがかった長い茶髪で、明るく元気そうな女性。
一人は、ウェーブのかかった色素の薄い金髪で、おっとりした感じの女性。
一人は、麦藁色の髪の毛を肩より少し上で切りそろえた、人の良さそうな男性。

それぞれにまったく違った特徴をしているが、
その表情は、どこかしら似ている。
それもそのはず、この三人は・・・
それぞれの、数少ない『同世代の血縁者』なのだ。


茶髪の女性、名をフルート。
王政をやめたこのスフォルツェンド公国の最後の女王、ホルンの娘だ。
いや、大魔王ケストラーと戦った時に彼女は女王として戦ったのだから、
彼女が最後の女王であると言っても良いのかもしれない。
まず彼女が一歩先に踏み出し、石碑の前に立った。
静かな雰囲気に、聖母の像。
そして、石碑に刻まれる王家の紋章の十字架。

ここは、王家の墓であった。

フルートは母ホルンの墓に祈りを捧げている。
その傍にはフルートの兄であるリュートや、父であるチェンバレンの墓もあった。
そして、同じように傍に・・・「クローレ」「プラトー」と名の刻まれた墓もあった。
そして、フルートは彼女の母だけでなく、
他の墓碑にも何か話しかけるように、視線を動かした。


少し奥に、二つの墓があった。
刻まれる名は、「グレゴリオ」と、「メヌエット」。
二人はフルートにとって祖父と祖母にあたる者。
ホルンの前の代のこの国の長であった。
この夫婦には、三人の子があった。
長女クローレ、次女ホルン、長男プラトー。
年はそれぞれ離れていたが、仲の良いきょうだいであった。
クローレとホルンが、かくれんぼをしていると。
まだそれに参加できないほど幼い弟のプラトーは、
早く数を沢山数えられるようになりたいなと言い。
二人はそんな弟に数を教えてあげて。
仲のよいきょうだい達は、同じように魔族との戦いの中、
愛する祖国と人間達を守り、散っていった。


「じゃあ、また三人で来るね」
フルートが言う。
いとこ同士である三人・・・
しかし、こうやって一緒に墓参りするのは初めてであった。

「お母さんたち、喜んでくれてる・・・」
金色の髪の毛の女性が言った。
彼女はミュゼットといい、クローレの娘である。
「これからは今までの分も、顔見せに来るよ」
男性が言う。彼はコール、プラトーの息子だ。


今までの分も。


三人が一緒に来られなかったのは、理由があった。

ミュゼットはスフォルツェンドの「影の王女」と呼ばれ、
その呪われた運命ゆえに幽閉されており、
素性を隠して外の世界に戻った後にも彼女自身魔族との戦いで倒れ、
長くの間は昏睡状態となっていたのだ。
また、コールは自分の信念を貫き、
冤罪で死刑判決が下りた側近を国外に逃がし
自らも国外に逃亡、国内の混乱を避けるために存在を抹消されていた。

全ての戦いが終わるまで、三十年以上の年月を要してしまった。
だから、三人は、三十をかなり過ぎた今になってようやく集い、
共にスフォルツェンドの王女・王子として、ここに来ることが出来たのだ。
確かに遅くなってしまったかもしれない。
けれども今、三人はとても幸せだった。


「長くかかったけれど、幸せな結末を見せることが出来た」
「私達は王家とか建前とか関係ない、大事な家族」
「これからも、このつながりを大切にしたい・・・」

コール、ミュゼット、フルートは同じ笑顔で笑った。

今まで消し去られていた、家族のつながり。
けれども、今はまたそれが新しく生まれている。
血のつながりだけじゃない、大切なつながり。
それはスフォルツェンドに伝わってきた大切な想いと志を受け継ぎ、
また後へと伝えてゆく者たちの絆。


「じゃあね、お母さん・・・夫と子供達が待ってるから」
「私達を、見守っていてください」
「幸せにやってるから、安心してくれよ」

三人は石碑に向かって微笑みかけると、踵を返した。

それぞれに大切な日常がある。
大切な今があり、幸せがある。


消えていたものをまた新しく作り出していこうとする、
先を見据えて歩き続ける三人の後姿。
ホルンも、クローレも、プラトーも、きっと嬉しそうに見守っているだろう。



ここは、スフォルツェンドの王家の墓。
この国と人類を守り、愛してきた者たちの眠る場所。
その心を受け継ぐ子供達が、子孫たちが・・・前に向かって歩く姿を、
まるでいくつもの魂が見守るかのように・・・

柔らかな日差しが、石碑たちの遥か上空から、降り注いでいた。




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