ある日、スタカット村にて。
オルファリオン家に、来客があった。

「リートくん久しぶりやなぁ!!元気やった?」
大喜びのアリア。
目の前には背が高く、それでいて童顔な一人の青年。
リート・オーネヴォルテ・・・それが彼の名前だ。
「・・・はい」
リートは一言だけ答える。
マイペース。そして、純粋な心の持ち主。それがリートだ。
「今日、ご馳走たーくさん作るわ!せやから、ゆっくりしてってなー」
「遠慮するなよ、リートくん」
アリアに続いて、サスフォーも言う。
この夫婦にとって、リートは可愛い弟みたいな存在なのだろう。
「・・・はい」
またリートは頷く。
表情はあまり変わらない。
けれども、リートはアリアが作ってくれる料理が好きだったから、喜んでいた。
「用意してくるから、ちょっと待っとってな!サスフォー、手伝い頼むわー」
「わ、ちょっと待てっ」
アリアに引きずられて、サスフォーはキッチンに消えた。

リートは一人リビングに残されたが、
オルファリオン家に居るのは、アリアとサスフォーだけじゃない。
アリアとサスフォーの娘パドヴァーナ・・・
そして、二人の子として育てられた親戚のヴァルヴも。


「・・・ども、お久しぶりです」
ヴァルヴは、リートが居るリビングに顔を出した。
「・・・こんにちは」
リートも返す。
「あー、リートさん!こんにちはぁ」
嬉しそうにリートに駆け寄るパドヴァーナに比べ、ヴァルヴの挨拶は静かだ。
勿論パドヴァーナと違い男の子で、年も上だからというのもあるのだが。

・・・最も大きな原因は、別のところにあった。



そして。
その原因が、ついに来てしまった。

「リートさぁーん!!会いたかったですー」
窓から突然飛び込んできた、羽を生やした少女。
お向かいに住むヴァルヴの幼馴染の女の子、リコーダー。
いきなり窓からというあたり常識が欠如しているが、
そこはやっぱりハーメルの娘だから・・・なのだろう。
その上リコーダーは性格がまだまだ子供である。

飛び込んできた勢いそのままに、リコーダーはそのままリートに飛びついた。
「リコーダー!」
ヴァルヴは慌てて制止するが、止まるはずがない。
リコーダーはリートに抱きつく。
少し遅れて反応を示したリートが、リコーダーに挨拶を返す。
「あ・・・こんにち」

ゴンッ。

リコーダーが飛びついた勢いで一緒に吹っ飛んだリートは、
見事に壁に頭をぶつけてしまった。

「わー、久しぶりー、リートさん!今日泊まるのー!?」
リコーダーは大喜びでリートに話しかける。
「うん・・・」
リートはさっき頭をぶつけたのだが、痛がる表情も見せず答える。
「わー、嬉しいなー!」
リコーダーはリートの手を取ってくるくる回る。
文字通り宙に浮いている。

そう、リートにリコーダーは懐いている。
だから、リートが来るとリコーダーは彼にべったりになる。
それが、ヴァルヴの不機嫌の理由であった。


「おいリコーダー、いい加減にしろっ・・・リートさん頭打ったぞ」
べりっ、とリコーダーをヴァルヴが引きはがす。
リートに迷惑だから、というのは口実。
「えー、でもー」
リコーダーはむくれる。
はっきり言って、リコーダーにむくれられてはヴァルヴは逆らえない。すると。

「リコーダーちゃんも一緒に泊まる・・・?」
と、リートが言った。
「うちは全然かまへんで、な、サスフォー」
「そうだな、リコーダーちゃんは昔からよくうちに泊まってたし」
お好み焼きを手にキッチンから戻ってきたアリアたちが言う。
「なっ、サスフォーさん!オレもうガキじゃ・・・」
ヴァルヴは抗議するが、
「でもヴァルヴとリコーダーちゃんは一緒に旅してただろ?
 別に一つ屋根の下なんて、今更照れることでもないだろう」
と正論を返され、何も言えなくなる。
そしてリコーダーは、
「わーい、やったー!リートさんと一緒にお泊りだぁ!」
と、リートにまた飛びついて大喜びしていた。



それから、アリアが作ったお好み焼き(大阪風)を皆で食べた。
ぱくぱく、とリートは食事を口に運んでいる。
細いのにリートは結構よく食べる。
黙々と口に運んでいるようで、いきなりご馳走してくれた人の顔を見て、
「おいしい」
と呟く。
これにアリアもコンチェルトもキュンときて、
「ほんまー?嬉しいわー、もっともっと食べてな」
と、どんどん料理をご馳走してしまうのである。
「リートさん、なんか可愛いねー」
リコーダーはそれを見ながらにこにこと笑っている。
ヴァルヴとしてはやっぱり面白くない。
「・・・」
黙って、ご飯を口に運んだ。

それから、フルートが挨拶代わりにと持ってきたアイスをデザートに食べた。
食事のときも食後も、
「リートさん、リートさん」と、リコーダーはリートにべったりである。
とにかく無邪気に懐いているのだ。
恋愛とかそういうのじゃない・・・と、ヴァルヴは頭ではわかっている。
でも、やっぱり面白くない。
何かあったらどうしようと余計な心配をして、疑ってしまうのだ。
リートとリコーダーのやり取りの横で、ヴァルヴはじっと黙って座っていた。



そして。
お風呂の後も、リコーダーはリートの横に座って色々と話していた。
「この前森で美味しい木の実の採れる場所見つけたのー」
などとリコーダーが話し、リートはそれを黙って聞いている。
ヴァルヴはやっぱりその横に居た。
「リコーダー、そろそろ寝る用意しないと」
と、ヴァルヴは言う。
するとリコーダーはまたむくれて、
「何よー、ヴァルヴもリートさんと一緒にお話したいのー?
 リートさん取ろうったってそうはいかないからねっ」
と、ヴァルヴに言い返した。
さすがにこれには脱力するヴァルヴ。
「・・・あのなー」
呆れた口調でヴァルヴが呟くと、
リートがヴァルヴの方をじっと見た。

「・・・ヴァルヴくんも、一緒に」
「へ?」

リートによって、ヴァルヴはリコーダーとは反対側のリートの横に
いつの間にか座らされていた。
「リートさんがああ言ってるんだから、ヴァルヴもリートさんと一緒に居よう」
リコーダーが笑う。
「・・・」
何か違う、こうじゃないだろう!とヴァルヴは自分で自分にツッコミつつも、
ムキになってこの状況から脱出するほどの気は起こらない。
リコーダーが無邪気に懐くのと同じで、このどこか居心地の良い雰囲気は・・・


そして、数十分後。
「あらあら・・・風邪ひいたらどうするん?もう」
アリアが苦笑いを浮かべて、三人に言った。
リートを真ん中に壁に寄りかかったまま、三人は眠っていた。
リコーダーもヴァルヴも、幼い頃に戻ったように。
・・・そう、ずっと昔も、同じようなことがあった。
まだリートも子供だったけれど、同じように三人で。
「さすがリートくん・・・だな」
サスフォーが毛布を持ってきて、掛けてあげた。



翌朝。

「って何でオレ一緒になって三人で寝てるんだよ!
 流されすぎだろう、オレはー!」
と、ヴァルヴは目を覚ましてすぐさま自分で自分にツッコミを入れた。
「何もう、朝からうるさいわねー」
リコーダーが迷惑そうに言う。
そして、リートはそんなやり取りにも気づかず、眠っている。

そんなリートの様子を見て、リコーダーもヴァルヴも
また二度寝してしまおうか、と少し思ったのだった。




タイトルの「poggiato」は「寄りかかるようにゆったりと音を長く伸ばして演奏する」という意味。