一連の話を終えたシンフォニーは大分疲れた様子で渇いた喉を潤すために、
側にあったポットから茶を空のコップに注いだ。
無理も無い。彼自身は気づいていなかったが、
話の最後の方になると語気を大分荒げていたのは
話を聞いていた二人にはよく分かった。
そして彼にとってそれ程重要な事件だったと言うことも認識させられた。
ミュゼットはそんな彼の様子を心配し、カデンツァはというと
自分の立てていた予想がほぼ正解だったと思っていた。
そしてカデンツァも友であるヴィヴァーチェと同じ思いを抱いていた。

「どうせフォルさんにとって僕はその程度の人間なんですよ。
今になったら大分せいせいしましたよ。もう二度とあんな目に会わないんですから」

そんな風に毒づいた言葉を発する彼の姿にミュゼットは「シンちゃん落ち着いて」と宥め、
カデンツァはそんな彼の姿に苦笑いを浮かべていた。
そしてミュゼットに続いて、「大丈夫よ」と言いかけた瞬間、
この医務室に誰かが入ってくる音がした。


ドアの目の前にはクラーリィの姿があり、
手に腰を当てながらカデンツァに軟膏をくれと言ってきた。
何でも久しぶりに何日も机に臥せって仕事をこなしていて、腰痛を引き起こしたらしい。
カデンツァの替わりにミュゼットが席から立って、軟膏を取り出した。
彼女は少々からかうような口調で「大神官が腰痛なんてね…」と言いながら
軟膏を赤く腫れた彼の背中に塗ってやった。
クラーリィはクラーリィで「おい、その薬大丈夫なんだろうな」と
いきなり見つけた軟膏を塗るミュゼットの行動に少々びくついていた。
毎度毎度の治療を称するカデンツァとノクターンの実験に
巻き込まれつづけている彼にとっては、
この医務室にある薬全てを信用することなど到底出来なかったからだ。
そんな彼に対し、ミュゼットは「大丈夫よ」と嗜めるが
ミュゼットはカデンツァと姉妹のように仲が良く、
たまにグルになって(人呼んで、最恐医療チーム)実験を仕掛けてくるから…
という思いが彼の頭の中に渦巻いていた。


そして、ようやく彼は目の前にいる見知った少年の姿に気がついた。
相変わらずの不法侵入者だが、今日は何故か怒る気が全く起こらなかった。
それにはやはり彼の側にいる筈の者がいなかったからだろう。

「珍しいな、シンフォニー。お前一人でここにいるなんて…」
「あっ、クラーリィさん…こんにちは。」
シンフォニーも自分の存在に気がついたクラーリィに軽く会釈を行なった。
けれどもいつもよりそのそっけない挨拶に彼も妙だと思いつつ、
ミュゼット達にこっそりとその理由を尋ねた。
二人は一連の話を簡潔に纏めてクラーリィに話した。
かくかくしかじかを二人から聞いたクラーリィは
苦笑いを浮かべながら、シンフォニーに言う。

「いつも俺に迷惑ばっかりかけてるお前等だが…そう簡単に縁が切れるわけがなかろう?
今までもずっと一緒にやってきたんだろ?」
「はあ、まあそうですけど…今回のことは幾らなんでも…」
シンフォニーがそうしどろもどろになっているとクラーリィは彼を落ち着かせるように諭す。
「あの女は気まぐれだからな……そうやって喧嘩してても
すぐにまたお前とやりたいなどと言ってくるさ。
それにお前も内心はそうなるかもしれないと思ってここにいるのだろう?」
「そっそれは…」
途端に核心をつかれたシンフォニーの顔が紅潮しているのは誰が見ても明らかであった。
そんな彼の姿をカデンツァは可愛らしいと思いつつ、さり気なくクラーリィに
「あら、珍しい。クラーリィさんがそんなことを言うなんて。これは雨が降るかもしれないわ。」
とおどけた表情で答えた。
「珍しいとはなんだ、珍しいとは…まあ俺にも実例が存在するからな」
そう言いいながら彼は後ろにいるミュゼットの方に目配せをした。
「クラ、それってどういうこと?」
膨れ面をしつつ、彼女はクラーリィの肩を勢い良く叩いた。
まるで力士の張り手を喰らったような手が
クラーリィの背中にくっきりと痣となって現われる。
「なっ、何するんだ!!」
「それはどっちかというとクラの方じゃなかった?」
幼馴染というお互い遠慮の無い関係の二人はすぐさま喧嘩になる。
そんな二人の姿に残りの二人はと言うと…

「全く…やっぱり相変わらずね。お二人さん。」
頭を抱えながらもカデンツァはどこかそれを楽しんでいるように言う。
「そうですね…」
「あなたたちも同じなのよ。クラーリィさんたちの言うとおり、
あなたたちの縁がそう簡単に切れるとは私だって思わないもの。」
だから安心なさいと言うカデンツァの言葉にシンフォニーはようやく素直になったようで…

「そう…なるといいんですがね」

と頭を掻き毟りながら、カデンツァに答えた。



すると、そんな喧嘩の最中にまたしても来客があった。
それは彼が一度絶縁(したと思っていた)人物―フォル、その人であった。
大分ボロボロになった洋服と全壊と言った形の衛星を手に持ちながら
フォルはよろよろと患者用のベッドに座った。

「フォルちゃん!どうしたの!!」
クラーリィと喧嘩していたミュゼットも
この時ばかりはとっさに看護女官としての職業意識に目覚めて
てきぱきと包帯やら何やらを準備し始めていた。
「一体、お前は何をやらかしたんだ、フォル…」
クラーリィがまるで学校の先生のように頭を抱えながら座っているフォルに尋ねる。
フォルはと言うと擦れた腕を消毒するために上着を脱ぎつつ、答えた。

「ヴィヴァーチェさんからこれ貰ったは良かったんですけれども…
最初に試しに取材しに行った場所がノクターンさんの家で」

その一言でその場にいた全員がその後の展開に十分予想がついた。
大方ノクターンはその衛星の気配を(どうやって察知したかは知らないが)認識して
返り討ちに恐ろしい薬品でも衛星にかけたのだろう。
そして戻ってきたフォルと一緒に大爆発…というオチは容易に想像がついた。


そんなボロボロのフォルに対し、
クラーリィとカデンツァは「言うとおりになっただろ?」という顔をしていたので
シンフォニーは彼女の方へ行ってぽんと肩を叩いた。
そして爆発ですすけた彼女の顔を拭こうとおもむろに手元からハンカチを取り出して、
塵を拭ってやった。


「やっぱり…僕じゃないとダメじゃないですか」
いつものようなどこか困った口調でシンフォニーは彼女に言った。
その一言に安心したのか、フォルも苦笑いを浮かべて謝るように彼に向かって言った。

「そうみたいね、やっぱりシンフォニーくん、あんたが最高の相棒みたい…
それに…機械に全部頼ってたらいけないわね。」
「ええ、これからも出来る限り僕たちの力でやっていきましょう。」



そんな二人が仲直りした姿に、周囲にいた三人はほっとしたものを感じていた―――