水晶が光り、一人の男の顔が映し出される。
「おい、カデンツァ・・・データはまだか」
自分から連絡をしてくるのは珍しい、ラボに篭りきりのノクターン。
しかし彼は知的好奇心『だけ』には貪欲な男。
研究が先に進まないとあらば、データの催促もする。
「先程、逃げられました」
カデンツァが言うと、
「・・・・」
ノクターンは明らかに不機嫌な顔をする。
「大丈夫です、餌と罠は用意したのであとは釣れるのを待つばかり、
 ・・・見た目から行くと、釣りというより投網?」
クスクスとカデンツァが笑う。
「ぎゃああああ!!」
クラーリィの叫び声が廊下の向こうから聞こえた。

「一人くらいって・・・かなり協力者、いそうだけど」
傍に居たカプリチオが苦笑する。
「そうですね、クラーリィさん相手だと集まりますね、協力者」
カデンツァはさらりと答えた。
「他の人だと集まらない?」
「クラーリィさんとハーメルさんならよく集まりますよ・・・
 つまり、被験者の人格によりけりってわけです」
「なるほど」
「あなたの従弟のシンフォニーくんみたいな子が被験者だったなら、
 誰も実験に協力なんてしませんよ・・・この私も」
カデンツァの言葉に、カプリチオはまた苦笑した。




そんな日常があった頃から、20年・・・

「お願いなのっチェローネちゃん!人格反転薬を作って!」
「・・・でどうするんですか、リコーダーさん」
医局にて、あの時の女医カデンツァにそっくりの少女が、答えた。
ただ少女は20年前のカデンツァより幼い。
少女はチェローネ。国外の男に嫁いだカデンツァの娘である。

「ヴァルヴに飲ませるに決まってるじゃない!」
リコーダーは言う。
チェローネの表情が変わった。
ヴァルヴを被験者にするのは正直あまり気乗りしなかった。

彼女は性格も頭脳も母親そっくりで、目指す職が父と同じ薬剤師。
母の有る意味相棒と言えた(父が妬くほどに)ノクターンの製薬知識を
勝手に学んで手に入れた天才少女。
しかし性格までもカデンツァに似ている彼女は、
『いじりがいのある男』でなければあまり実験する気が無いのだった。
チェローネにとっては、ヴァルヴは接点は少ないものの
『優しいお兄さん』と認識されており、正直頑張って欲しいと応援したい。
投薬実験の被験者にするならこのリコーダーの弟であるグレートの方が
圧倒的に面白いというのが本音で、ヴァルヴ相手では罪悪感がある。

しかしリコーダーは言う。
「ヴァルヴは優しいんだけど、ヘタレなのよ!
 あのヘタレさを直したいの!もうちょっとワイルドになってほしいの!」
これを聞くと、チェローネも一理あると思い始めた。
ヴァルヴとリコーダーをカップルであると認識しているチェローネは、
『彼氏が奥手なため愛の言葉すらかけてくれなくてもどかしいのだろう』と
今回のリコーダーの依頼の理由を受け止めた。
頭は良くても、幼いチェローネは男女の仲にはまだ疎い。
奥手と進展度合いの本当の意味すら知らない子供である。
もっとも、このリコーダーも大差ないが。

「わかりましたリコーダーさん、すぐ効き目の切れるものを・・・
 とりあえずお試し期間ということですっ」
チェローネはカプセルを1つリコーダーの手に置いた。
「ありがとーチェローネちゃん!」
きゃあっ、とリコーダーはチェローネに抱きついた。



リコーダーはその足で食堂に向かうと、
里帰り中のコンチェルト&リュミヌー母娘の協力を得て
ヴァルヴの紅茶にその人格反転薬を仕込んだ。
何も知らずに一口紅茶を飲んだヴァルヴの目つきが変わる。
・・・実験成功だ。


「ヴァルヴ、気分はどう?」
「って、何だよいきなり」
いつもより気だるそうな、粗暴な口調。
コンチェルトと、たまたまそこに居たクラーリィとフォルは
これはもしかしてあのシンフォニーの時と同じなのでは、と思った。

「きゃー、なんかワイルドでかっこいいかも!」
リコーダーは嬉しそうにヴァルヴに飛びつく。
幼子の頃と変わらない、いつものリコーダーの接し方だ。
正直他から見ると『この年齢でそれはどうなんだ』と思うものではあるが
最近は誰も気にしなくなっている。

しかし、今のヴァルヴは少し違うようだった。

「ベタベタしやがって・・・」
ギロリ、とヴァルヴはリコーダーを睨んだ。
シンフォニーの件を後に聞いて知っているコンチェルトたちは、
まさかヴァルヴがリコーダーを襲いはしないだろうかと不安視した。
普段ありえないからこそ、反転薬の効果でそれが起きる可能性が高い。
彼らは本来なら王女であるリコーダーを守るべき立場にいるのだが、
この薬で人格を反転させられた少年をぶっ飛ばすのは正直気が引ける。
「抱きつくのはいつものことでしょ」
リコーダーが言う。
ああ、煽っちゃダメ!と、皆が思った。
しかし。

「お前みたいに色気の無い、頭の中身もガキなら見た目もガキくさい
 ペチャパイ女にべたべたされても嬉しくねえよ!」

降ってきたのは、ヴァルヴの怒鳴り声だった。

よく考えればヴァルヴは奥手ではあるが、
リコーダーへの愛情表現は真摯な態度で一応『示して』いたのだ。
真面目な性格で、恋愛にも真面目、といったところか。
だから、それまで反転させてしまうと・・・『示さなく』なる。
あの素直な性格が素直じゃなくなった分だけ、
結果的にヘタレ度合いはむしろ上がったかもしれない。

「うっ・・・誰がガキよ、誰がペチャパイよ、このやろう・・・」
リコーダーの赤い瞳が涙に潤む。
やばい、と一瞬ヴァルヴの表情が歪んだ・・・その時。

「パパみたいでむかつくーーーーー!!」
ばちーん!!と、リコーダーの平手がヴァルヴの頬に炸裂した。
「ええっ、そこーーーーー!?」
思わず皆がツッコミを入れた。

どうやら素直じゃなくなったヴァルヴの態度が嫌なことよりも、
それが父親に似ていたことの方が嫌だったようである。



吹っ飛ばされたヴァルヴは、起き上がる。
「あれ?」
すぐに効き目が切れると言っただけ、もう素に戻っていた。
「わーん、やっぱりヴァルヴはこっちの方がいい!
 パパみたいにならないでね!あんな風になっちゃだめよ!」
リコーダーはヴァルヴにしがみついて言う。
「ああ・・・ていうか、なろうと思っても難しいだろ」
何があったかわかっていないヴァルヴは、首を傾げる。
リコーダーはさらにヴァルヴに強く抱きついた。


「母と娘の好みは似るとどこかで誰かが言ったが・・・嘘だな」
クラーリィが呟く。
「新聞で取った統計的にも迷信ですからねそれ」
フォルが言う。
「統計って・・・単なる街頭アンケートだろ」
クラーリィが溜息をついた。


『所詮、迷信は迷信』。

チェローネは今回得られたそんな実験結果を頭に繰り返しつつ、
もっとからかいがいのある男でないと実験のしがいがない・・・
などと、母と同じようなことを考えていた。
今度はその『リコーダーのパパ』で実験させて貰おうと
チェローネは心に誓うのであった。





人格反転ネタ次世代編。ヴァルヴは反転させるとツンデレになってしまう。
リコーダーは父親似ですが、ツンデレのツンを出せるほど恥じらいが無いお子様。
グレートはツンデレだと信じて期待するシェルクンチク。