まだショックを受けているらしきヴァルヴの横にリコーダーがおろされる。
「あの、カデンツァさんは・・・」
カノンが尋ねると、カデンツァは
「大丈夫よ、私は魔法があるから」
と言い・・・そしてすぐに、カデンツァの体がふわりと宙に浮いた。
「あっ、お父様と同じ・・・」
「そう、私も元々は『軍医』だからね、魔法も使えるの」
カデンツァはにこりと笑う。
「カデさんかっこいいー!」
リコーダーが叫ぶ。
そこに。
「カノンたぁああああん!!」
大きな叫び声と共に、すごい勢いで一人の男性が走ってきた。
「・・・お父様っ!」
カノンは驚く。
そう、クラーリィが案の定娘を心配してやってきたのだ。
「ああ、カノンたん!無事でよかった!帰りが遅いから心配してたぞ!」
「ご、ごめんなさい・・・雨がひどかったので」
「確かにカノンたんが雨でずぶぬれになるよりはずっと良いが・・・
ああ、こうなるんだったら城から馬車を一台手配すればよかった!」
相変わらずの親馬鹿っぷりを発揮するクラーリィ。
それを見て、呆れたようにカデンツァが言う。
「あんまり職権濫用したら奥方に叱られるんではなくて?」
「カデンツァ!?それにリコーダー王女たちも!?いつの間にここに!」
「さっきから居るんですけど・・・」
驚くクラーリィ。
どうやらカノン以外は目に入っていなかったらしかった。
「あなた、あまり急いで走ると水がはねて近くの人に迷惑をかけますよ」
ふわっとした声が響く。
そう、クラーリィの妻・・・ミュゼットの登場である。
その後ろにはクラビとヴィオリーネも居る。
魔法とバレエのレッスンを終えて、それぞれの先生についてきたらしい。
「あら、こちらにも大きな水溜り」
ヴィオリーネが言った。
「ヴィオリーネにお兄ちゃん・・・こちらにもってことは向こうにも?」
「そうなんだリコーダー、なのにクラーリィさん、
その水溜りの中もカノンちゃん心配さのあまりに走って突っ切って、
スポーツカーが水を飛び散らすみたいなことになってさ」
苦笑するクラビ。
一同、その光景が容易に想像できた。
いや、奴はむしろ水の上すら走れるんじゃないか、と。
「この街道、排水溝壊れちゃってるんだな・・・
向こうからでかい水溜りばかりで困ったよ・・・
クラーリィさんはミュゼットさん置いてっちゃうし」
クラビは深く溜息をつく。
しかし、
「クラビさんが魔法で私とミュゼット先生を運んでくれたの!
魔法で飛ぶのって本当素敵!夢みたい」
ヴィオリーネに笑顔を向けられ褒められて、頬を赤らめた。
リコーダーはそんな兄と親友のカップルを微笑ましく思いつつ、
「私、雨に降られて羽濡れて今あんまり飛べないんだけど、
ノクターンさんが片手でひょいって運んでくれたの!」
と報告する。
「へー、ノクターンさんが」
「ノクターンさん背が大きいから高いのー!本当素敵」
嬉しそうなリコーダー。
「・・・」
その横でまだ肩を落としているヴァルヴに、クラビは言う。
「まあそう気を落とすなって・・・
あれは父親に高い高いされた子供が喜んでるのと同じなんだし」
「・・・お前がオレを応援するなんて昔は想像もつかなかったな」
ヴァルヴは皮肉げにクラビに返す。
「それはまあお前が旅で逞しくなったのと・・・
あんな反面教師が身近に居たらなぁ、さすがに過保護はもう・・・」
「・・・」
まあ、クラビが変わったのは一番はヴィオリーネとの出会いで
自分も恋愛沙汰が他人事でなくなったからなのだろうが、
そうはわかっていても『そうだな』としか答えようが無いほど
目の前には親馬鹿全開のクラーリィが居るのだった。
「ああ、でも本当に水溜りの水で汚れなくてよかった」
クラーリィはまだカノンの無事を喜んでいるらしい。
「はいお父様・・・リートさんが、水溜りの中を歩かなくて良いように
運んでくださいましたから・・・」
カノンがそれを報告すると、クラーリィの顔色が変わった。
「先ほどはありがとうございました」
やはり嫌悪感や照れはなく、カノンは純粋に感謝しているだけなのだが。
しかし親馬鹿クラーリィは黙っては居ない。
「何いっ!!お前、うちのカノンたんをまさか抱き上げるなど・・・」
「・・・?」
リートの服を掴み、怒りで震えるクラーリィ。
そして、リートはやはり何でクラーリィが怒っているのかわかっていない。
するとカデンツァが
「クラーリィさん、リートくんを殴ることは私が許しませんよ!」
と叫ぶ。
いつもは落ち着いた口調のカデンツァだが、今回は語気を荒げている・・・
・・・それだけリートを大切にしているということであろう。
「カデンツァ!別にオレは殴るなどとは・・・」
クラーリィは慌てて反論する。
それは事実だ。リートは下心とかいうものが全く無い青年だということは、
クラーリィもよく知っていることなのである。
娘に手出しをされるとかそういった心配は必要ない、と。
それにカデンツァを怒らせるとヤバイ。
投薬実験どころではすまないことになるかもしれないのだ。
しかも、
「カデさんの言うとおりです!私も許しませんよ、あなた!」
昔同様にカデンツァに同調するミュゼット。
「ひぃいいっ!」
思わずクラーリィは怯えた。
「あなた・・・リートくんはカノンに親切にしてくださったのですよ、
それを仇で返そうなんて許されません・・・
そもそも、これは道の排水設備が壊れているのが元々の原因でしょう?
あなたも公務員なら、直すように真っ先に連絡することを考えるべきです」
「ま、待てミュゼット・・・冷静に」
「これ以上リートくんをいじめるようでしたら・・・
覚悟してもらいますよ、あなた」
通り雨は過ぎたはずなのに、暗雲と雷がバックに見えた。
ミュゼット本人は雷が苦手なはずなのだが、演出には使うらしい。
「カノンさん、今日のバレエのレッスンの復習したいんですが・・・
よかったら一緒に踊りませんか?」
「わあ・・・喜んで、ヴィオリーネちゃん」
愛らしい声で二人が会話している。
「じゃあオレが魔法で運ぶから」
クラビが言う。
どうやら地獄絵図をカノンに見せないよう気を遣っているらしい。
カノンはクラビとヴィオリーネと一緒に、一足先に自宅に戻る。
「あ、先に戻るのだったら・・・これノエルくんに」
カデンツァがカノンに本を渡した。
そしてクラーリィは。
「ぎゃー!ミュゼット、話せばわかるっ!」
真っ青になって、恐妻に許しを請う。
「ノクターンさん、ミュゼットちゃんにあれを」
「・・・ああ・・・新作だ、これを使用しろ」
「ありがとう、ノクさん!感謝します!」
カデンツァの助言でノクターンは薬をケースから出し、
そしてその薬はミュゼットの手の中に・・・見事なチームプレイだ。
女医、薬剤師、そして元看護女官。
スフォルツェンド最強にして最恐の医療チームと呼ばれた3人、
その技術と頭脳とチームワークは未だ衰えずといったところか。
「わー!!お前ら何を渡してるんだ何を渡させてるんだっ!!
ぎやー!!助けてくれぇええええ!!」
クラーリィの断末魔が響き渡った。
空は雲もなくなり、青空。空には綺麗な虹。
澄んだ空気に、涼しい風が吹いている。
そう、風景は彼らのやりとりとは対照的に、とても爽やか。
「わー、これが見たかったのよー!!あっはははは、おもしろーい!
きゃはははは!やれやれー!」
大喜びで煽るリコーダー。
こういうところは本当父ハーメルにそっくりである。
「ったくもう・・・ほら、リコーダーも行くぞ」
ヴァルヴが呆れたように呟いて、リコーダーの手を引く。
「え?」
「羽、早く乾かしたほうがいいだろうが!おぶっていってやるから来いっ、
クラーリィさんの家でドライヤーとか借りよう」
「ヴァルヴ・・・」
リコーダーは微笑み・・・そしてヴァルヴに飛びついた。
「ぎゃー!いきなり飛びつくな、背骨が逆に曲がるだろが!」
「いいじゃないそのくらいー!」
リートは二人を見る。
ああ、楽しそうだな・・・と思った。
三人はほのぼのと、ネッド家へと向かうのだった・・・・
・・・雨上がりの路地に、大人たちを残したまま。
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