ある日のこと。
リコーダーが幼馴染ヴァルヴと家で遊んでいると、父ハーメルが戻ってきた。
「パパーおかえりなさい!」
「あ、ああ・・・ただいま・・・リコーダー、フルートどこへ行った?」
「買い物行ってー、洗濯物とりこんでくるって」
「そうか・・・よかった」
ハーメルはほっとして、椅子に座る。
「また喧嘩したんだー・・・」
「どうしてあんなに仲良しなのに喧嘩するんだろ?」
幼子二人は首を傾げる。
「お前たちが言えたことじゃないだろうがそれについては・・・
 まあガキに言っても無駄か」

「あ、何かいいにおいする、花みたいな」
ヴァルヴが言う。
「ほんとだ、パパから・・・?」
「あー、これは香水だ」
「??でも、パパはママとよく喧嘩するけど、ほんとはママがいないと
 さみしーから、すぐ仲直りするんだよね」
リコーダーは言う。

すると。
「そうだよ寂しいんだよ、悪いか」
という返事が返ってきた。
いつもの通りなら『寂しいわけねーだろクソガキ!』と怒るはずだ。
二人は驚き、顔を見合わせる。
そして。

「きゃあああ!!パパどうしちゃったの!?」
「にせもの、偽者なんじゃないのかリコーダーっ」
「いやーっ、ママたすけてえー」

パニック状態になった。
「あーっ落ち着け落ち着けガキどもー!これにはわけがあるんだ聞けー!」
ハーメルは慌てて叫んだ。




数時間前。
ハーメルはかなり焦っていた。
いつものように浪費して帰ってきたが、フルートの反応がいつもと違っていた。
まるでもう諦めたかのような表情に、ハーメルは
『やべえ!捨てられる!』とかなり焦ったのだ。
・・・実際のところ貧血気味だっただけなのだが。
なお、それが妊娠の初期症状であるということをハーメルは気づいていない。

そして自分で認めるのはかなり癪に障ることだが、捨てられるのは嫌だ。
(あの危険な)バイオリンジェットでスフォルツェンドに行き仕事を探し、
ソルフェージュとレプリーゼに仕事を頼まれた。
何かと思ってみればいきなり捕獲され、香水を大量に吸わされた。
その香水を作ったのはただのパフューマーじゃなく、あの薬剤師ノクターン。

『な・・・てめえらそういうつもりで!』
『でも薬の実験台のバイトってかなりお給料高いのよ』
『そういう問題じゃねえ!殺す気か!』
クスクス笑うソルフェージュに、ハーメルが詰め寄る。
『いいじゃない、自白剤の実験・・・
 死ぬわけでもなし、お金も得られて・・・一石二鳥でしょ?』
レプリーゼは明るく言った。
『結果として死ななかっただけだろが!』
『ご冗談!死なないとわかって実験しましたよ、一応あなたは仮にも
 フルート姫さまの婿どのなんですから、死なせたら大変です』
『ぐ・・・』
『ところで何故お金が必要でしたの?また使い込みしたんですか?』
早速実験の結果を調べる冷静なソルフェージュ。
『そ・・・そうだよ』
『あ、それで姫さまに嫌われてもう捨てられる寸前なんですね』
『明らかにダメ男だもんね〜・・・勇者じゃなかったら人間のクズね』
『勇者、敵がいなけりゃただのニート・・・っていう皮肉は本当なのね』
『何だこれ、イジメか!?傷つくぞ?!』
『イジメはよくないけど、これは犯罪者に対する正当な糾弾ですから』
『あのお金は私たちの税金から出してるんですよ?
 私たちは世界を救った姫さまを少しでも休ませてあげたいと思って
 国民たちの投票で取り決めたことなのに・・・
 それを好きに使われたら怒るでしょう普通』
『それとも何、スフォルツェンド国民にこればらして
 タコ殴りにされたいのかしらハーメルさん?』
『ブンヤさんは身近にいるのよ、さーてフォルちゃんに連絡しようかしら』
『うわああああ!やめてくれー!!』

正直カデンツァとコンチェルトのコンビにやられたことは多々あるが
ソルフェージュとレプリーゼに対してはノーガードだったため、
かなり油断していたのだ。
グルであることには変わりないのに・・・。
しかも普段真面目なだけ、地味に怖い。

そしてアルバイト料金としてある程度のお金が支払われたが、
本音しか口に出来ないという凄まじい代償が暫く続く状態にされて
しかも女性陣の満場一致の『面白そうだから』という理由で
スタカット村に強制送還までされてしまったのである。

受難だ、とハーメルは呟いた。



「ふーん、つまりおくすりで嘘つけなくなっちゃったんだー」
リコーダーもヴァルヴも幼いため、簡単な部分だけ理解したようだ。
「嘘ついちゃだめって死んだお父さんもアリアさんも言ってたし、
 いいと思うけど・・・」
「だよね、ヴァルヴ!よかったねパパー」
「人の気も知らないでこのガキども・・・」

しかし本音で語り合えない大人の複雑な心境について、
子供に理解を求めても無駄である。
さらに幼い娘は好奇心旺盛だ。
そしてこれをチャンスとばかりに、ハーメルを質問攻めにする。

「ねーねー、パパ!パパはママのこと好きだよねー!」
「・・・好きだよ」
「すっごく愛してるんだよねー」
「愛してるっつの・・・って・・・いいかげんにしろー!」
わが子に妻への愛の激白を聞かれるなんてどんな羞恥プレイだ、と
ハーメルは頭を抱えた。
だが幸いにもまだ子供であるため、そこまで深くは聞いてこない。
むしろ話題は自分のことに移っている。
「ね、わたし、ヴァルヴのお嫁さんになってもいい?」
「ヴァルヴは悪い奴じゃねーから、いい」
「わーい!」
「ハーメルおじさん・・・」
「あーくそー・・・」

しばらくリコーダーはあれこれ質問して遊んでいたが、
子供である娘はすぐに飽きてしまったらしく、
ヴァルヴと一緒に外に出て行ってしまった。


「あら、いい香りね」
フルートがやってきて、ハーメルに寄っていく。
「顔近い!近いっつの!」
ハーメルが叫ぶ。これもまた自白香水の力だ。
いつもよりも慌てている夫の姿に、フルートが首を傾げる。
しかも夫が、妻である自分の身に覚えの無いような
香水の甘ったるい匂いをさせていたら・・・
浮気と疑われるようなことである。

「ハーメル?」
「・・・」
どうしようかとハーメルは思ったが、口からは何も出てこない。
すると、
「またスフォルツェンドのおねーさんたちに捕獲されたのね」
にこっ、とフルートは笑った。

「な、なんでわかるんだ!?」
「だってそのくらいしかいないでしょ、ハーメルに香水なんて・・・
 あ、でもカデンツァさんはお医者さんだし、
 コンチェルトさんは食べ物関係のお仕事してるから違うかな」
フルートはここ数年の間に鍛えられ、今まで以上に気丈になった・・・
というか、傍観力が増したようだ。

「ちっ・・・やきもちとか、焼かねーのかよ」
ハーメルが小声でむくれるが、すぐに慌てて自分の口を塞いだ。
今は喋れば本音が出てしまうのに、うっかりしていた。
しかし、それを聞いたフルートは。
「え・・・ちょ、ハーメルどうしたの!?熱でもあるの!?」
照れるよりも、青ざめた。

「は?」
「ちょ・・・この副作用はいくらなんでも重篤だわ!
 スフォルツェンドに抗議しなくちゃ!ハーメルは寝てなさい!」
「てかガキどもと同じ反応するんじゃねーよそれに」
どういう意味だと言おうとしたがフルートは部屋にもういない。
フルートはあたふたと走り回り、水晶で連絡を取っていた。




後日。
「ノクターンさん、姫さまから抗議が来たのでハーメルさんでの実験は
 やるなとクラーリィさんから伝言なのですが」
ノクターンのラボで、カデンツァが報告を行っている。
「・・・お前はそれを聞くのか」
「まさか!それにあの馬鹿婿に苦労させられている姫さまのことですから、
 夫婦喧嘩でも起これば実験に使えという指令が逆に下りますよ」
あっけらかんとカデンツァは返す。

「・・・言っておくがその薬、軍部で役立つとは思えないものだ」
ノクターンが言う。
「ああ、自白効果はあっても黙秘拒否効果はないのでしょう?
 つまり口を噤んでしまえばそれまでのこと・・・」
カデンツァは香水のビンを机に置く。
それをリートは見上げていた。

そう、黙っていれば自白せずに済む薬なのだ。

「・・・その馬鹿婿とやらは、気づいていなかったのか」
「ええ、そうです・・・昔は寡黙な一面もあったとエリから聞きますが、
 随分なものだと思いません?」
「・・・」

興味ない、と言うようにノクターンはまた実験に目を戻す。
今頃、姫とその婿はどうなっていることか・・・
容易にそれが想像できて、カデンツァは思わず笑いそうになった。





ツンデレに素直になる薬を・・・というベタなネタです。