「ふー・・・かなり、暑くなったなぁ」
テュービュラーは呟いた。
新生魔界軍、元悪魔軍王だったテュービュラー。
スフォルツェンドに来てかなりの月日が流れた。
魔族である自分も、周囲の人々のおかげでかなり人間社会に馴染んだ。
誰にも必要とされないことが怖くて加担した魔界軍。
必要されることだけを求めたそこでの居場所。
でも、今はその頃とは違う。
満たされた生活が、ここにある。
「おーい、食材運ぶの手伝ってくれー!」
「はい!」
テュービュラーは人員不足だったスフォルツェンド城内の食堂で
お手伝いとして働いていた。
誰かに必要とされることは、とても嬉しいものだ。
テュービュラーはそう思う。
まだ雑用しかできないけれど、毎日食事に来る政治家たちや
魔法兵団の人々と顔を合わせて話したり、
仕事仲間と一緒に仕事の後に遊んだり・・・
・・・そういった人間の生活を、楽しめるようになってきていた。
最初は戸惑ったけれど、こういった生活も悪くない。
「テュービュラー、こっち手伝ってくれ」
調理師の一人が、食材を運び終わったテュービュラーを呼ぶ。
目の前には、何らかの器具。
「何ですか?これ」
「お、テュービュラーは見るの初めてか・・・
これは、カキ氷を作る道具だよ」
「カキ氷?って、あの氷を削って甘いものをかけて食べる・・・」
「そうそう、これを使って氷を削るんだよ・・・
安くて季節の味を楽しめるから、今日はこれを
おやつの時間に売り出してみようかなと思ってね」
「へぇー・・・」
テュービュラーはもの珍しそうにカキ氷機を見た。
「ここに氷を入れてハンドルを回せば氷が削れるから、テュービュラーも手伝ってくれ」
「はい」
テュービュラーは、手を洗いに向かった。
しばらくして。
「ラーシェ兄ちゃん、今日のおやつ何かなー」
「楽しみだねー」
「あのなー、兄ちゃんはまだ若手兵士だから安月給なんだぞ!
そんなに高いものは、ごちそうできないからなっ」
「僕ケーキがいいー!」
「あたし、バナナパフェー」
「だから、安いものだって言っただろー!
オレはクラーリィ隊長と違ってエリートじゃないんだってば!」
子供と青年の声がして、テュービュラーは調理場から出てみた。
そこには子供が数人と・・・引率者の、茶髪の若い男。
彼の名はラウシェント。スフォルツェンド魔法兵団の若手兵士。
そして、テュービュラーとは少し親しい間柄だ。
「テュービュラーちゃん、やあ・・・」
「ラウシェントさん、どうしたんですか?子供達・・・」
「ああ、クラーリィ隊長がさっきオレに頼んで行ったんだ、
なんか急用できたみたいだったから・・・で、おやつの時間」
「ふーん・・・」
子供達に引っ張られるがまま、ラウシェントは席についた。
「テュービュラーちゃん、なんか子供達の喜びそうなお菓子類出してくれるかな」
「う・・・うん・・・あ、そういえばさっきコックさんが、
今日のおやつはカキ氷だって、安いって言ってたような・・・」
テュービュラーはパワフルな子供達を見て、思わず笑った。
魔法兵団隊長クラーリィやミュゼット看護女官長と親しいテュービュラーは
よくスフォルツェンドの子供達を見かける。
どの子も元気一杯で、明るい子だ。
「じゃあそれ頼む!あ、子供達がお腹壊さないように、小さいサイズでな」
ラウシェントがテュービュラーに耳打ちする。
「了解しました」
テュービュラーは頷いた。
シロップの希望を取ってからまた手を洗い直し、
氷を運んできてはカキ氷機に入れて削る。
小さな子供用の器に盛り付けて、シロップをかけて、1つのサクランボを添える。
溶けないうちにと全部作って、運んだ。
「わー、おいしそうー!」
「雪みたいー!!」
子供達は大喜び。
「これ伝票です」
テュービュラーは伝票をラウシェントに渡す。
「助かったよ、テュービュラーちゃん」
ラウシェントは苦笑した。やっぱり若い兵士のお給料は安いようだ。
「子供の面倒・・・大変?」
「ううん、そんなことないよ、楽しいから」
でも、それでも子供達の世話をするのをやめないのは。
やっぱり、ラウシェントがこういうことが好きだからだろう。
テュービュラーは調理場に戻る。
ふんわりした、優しい気持ちになっていた。
すると現場を仕切る調理師が言う。
「テュービュラー、お前少し休憩してきていいぞ!」
「え?」
「さっきの仕事お前一人で引き受けたからな、その分休憩だ」
・・・どうやら、気を利かせてくれたようだ。
ただ、まだそれを察するほどまでは心の成長しきっていないテュービュラー、
『そうなのか』と素直にそれを真に受け、外に出た。
「あれ、テュービュラーちゃん」
「少し休憩になったから、来た・・・座ってもいいですか」
「もちろん」
ラウシェントは紳士的に椅子を引き、テュービュラーを座らせた。
「テュービュラーお姉ちゃん、これすごくおいしいよー」
「一口あげるねー!!」
子供達はテュービュラーにもなついている。
テュービュラーは嬉しそうに微笑み、それを見てラウシェントも嬉しくなった。
「これ全部一人で作るの、大変じゃなかった?」
ラウシェントは尋ねる。
「簡単な料理だから、大丈夫です」
「いや、そうじゃなくて・・・氷を運ぶときに、冷たかっただろうなって」
ラウシェントにそう言われて、テュービュラーは答える。
「大丈夫、私は魔族だから、元々手が冷たいから・・・」
そこまで言ったとき。
テュービュラーは、冬にも同じことを、ラウシェントに言ったことを思い出した。
そう、冬。
雪が降っているのに手袋もせず外から帰ってきたテュービュラーを見て、
『テュービュラーちゃん、手冷たいね・・・大丈夫?』
と、ラウシェントが尋ねた。
テュービュラーは同じように、
『私は魔族だから元々手が冷たいし、平気です』
と答えた。
すると、ラウシェントはテュービュラーの手を取った。
そして、こう言った。
『うん、本当に冷たい手だね・・・でも、
手の冷たい人は心があったかいって言ってる人、よくいるよね』
テュービュラーは突然のことに戸惑い、
そして初めて、何か不思議な感情が胸に浮かぶのを感じた。
・・・答えた言葉は。
『・・・そんなことない、だったら・・・あなたの手が温かいのは何?』
だった。
そして、その温もりは心地よくて。
もう少し傍に居てもいいかと尋ねたら、ラウシェントは少し赤くなって。
意味が解らず、テュービュラーは首を傾げたのだが・・・。
「でも、手かなり冷えちゃってるよ」
ラウシェントは冬の時と同じように、心配してテュービュラーの手を取った。
「大丈夫ー?テュービュラーお姉ちゃん」
「痛くないー?」
子供達も心配そうに尋ねる。
テュービュラーは、笑顔で答えた。
「大丈夫、ラウシェントさんの手が温かいから、すぐ治る・・・」
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