ここはスフォルツェンド。
数多く居る医師団の中で最も若手なのは、17歳の美人女医・カデンツァであった。
美人、天才、真面目。優秀な医者を絵に描いたようなカデンツァ。
・・・しかし、彼女にはひとつ弱点があった。

それは、『とんでもなく苦労人である』ということである。




「ねえ、カデさんカデさんー」
看護女官のミュゼットが、城の医務室でカデンツァに話しかける。
ミュゼットとカデンツァは同い年なのだが、その光景はまるでカデンツァの妹のようだった。
「どうしたの、ミュゼットちゃん」
「お茶の時間にしましょうー、美味しいお菓子が手に入ったんです!」
そう言ってミュゼットはにっこりと笑う。
「美味しいお菓子?」
「コンチェルトさんが作ったバターケーキです!
 ホルン様のリクエストで作ったのが、余ったのでわけてくれたんですっ」
「へー」
コンチェルトはカデンツァの友達で、給仕係をやっている。
彼女のお菓子作りの腕前はカデンツァとて知っていた。

「ふたつしかないので、皆さんには内緒ですよっ」
ミュゼットは言う。
「あら、ふたつしかないの?じゃあクラーリィさんにあげなくていいの?」
カデンツァは尋ねた。
クラーリィとミュゼットの仲は、カデンツァだって応援してあげている。
普通こういう特別なものは、そういう人と半分こ、なはずなのだが・・・
すると、ミュゼットは言う。
「クラはいいんです!」
「・・・そうなの?」
「だってクラは、コンチェルトさんの美味しいバターケーキを持っていっても、
 眉間にこーやってしわ寄せたまんまでどうせ喜ばないんですっ!
 『甘いものを食いすぎるな』とか『食べたぶん運動しなければ』とか、
 そういうことをぶつぶつ言ってうるさいんですっ!」
そう言ってミュゼットはむくれた。

(はぁ〜・・・ったく、クラーリィさんは・・・ガキか)
カデンツァは深く溜息をついた。

その時だった。

「ほう、誰がぶつぶつうるさいって?」
低い声が響いた。
「あ」
カデンツァは思わず声を出す。
先ほど思う存分噂に出てきたクラーリィだ。

「ミュゼット、よくもまあそんなことをベラベラと」
クラーリィはミュゼットを睨む。
「本当のことですー!」
ミュゼットは言い返した。ふだんはふんわりだが、そこは幼なじみだ。
「なんだとー!オレが言っていることだって本当だろ!
 お前だって毎日毎日甘いものばっか食って、そのうち太るぞ!」
「私はお仕事してるからいいんですー!」
「仕事?ドジの間違いじゃないか?」
「そんなことないもん、クラのバカー!」

(あーあ、うるさい・・・)
カデンツァは言い合いをする二人を最初は放置していた。
しかしやがて過去のドジの言い合いに発展したのか、
声もどんどん大きくなりカデンツァの耳にガンガン響くようになる。
「・・・」
カデンツァのペンを持つ手が怒りにわなわなと震え始める。

その時。
カデンツァ用の魔法通信装置が光った。
こちらの世界で言う、魔法の力を応用したポケベルか携帯電話のようなものである。
カデンツァの怒りが一瞬だけふっと下がり、とりあえずその通信装置に意識を集中させる。


「ノクターンさん?」
カデンツァは珍しいことだと驚いた。
ノクターンはクラーリィと同い年の男で、科学者である。
普段は実験室に篭り出てこないし、あまり人と接点を持たない。
自分は仕事上、少しは接点を持っているのだが・・・
彼から入った通信内容が、機械に文字として表示される。

『例の頼まれたブツ、完成したので30秒後に転送魔法装置で送る』

それを見て、カデンツァはあるものをノクターンに頼んでおいたことを思い出す。
そして、カデンツァはニヤリと笑った。


すぐに装置を用いて転送されてきた箱を、カデンツァは開く。
クラーリィもミュゼットも、気づいていないようだった。
中から出てきたのは、何らかのアンプルで・・・



「クラのバカー!クラゲー!」
「なんだときさ・・・・まっ・・・・!?」
言い合っていたクラーリィの口が、突然止まった。
「!?」
ミュゼットが驚いた顔でクラーリィを見る。
クラーリィは力が抜けたように、床にしゃがみこんでしまった。
「な・・・これ・・・は」
「あら、喋れるのね・・・薬の量が足りなかったのかしら・・・
 貴重な臨床データが得られたわ、ノクターンさんに報告しておかなきゃね」
カデンツァは微笑む。
しかしそれは天使の微笑みではなく、完全に悪魔の微笑みであった。
そして、その手には注射器。
何やらクラーリィに注射したようだった。
「なっ・・・や、奴の・・・」
「安心して、これはノクターンさんの趣味で作ったヤバいブツじゃないから・・・
 私が頼んで作ってもらったのよ、副作用の無い痺れ薬をね」
カデンツァがニコリと笑いかける。
「ど・・・」
「カデさん、どうしてですか?」
クラーリィの代わりに、ミュゼットが尋ねた。
「どうしてって、自分の怪我が酷いのにちっとも安静にしてない
 誰かさんみたいな人が多くて困るからよ・・・
 医者としてはそういう人、見殺しにするわけにはいかないからね・・・
 いくら想いのためと言っても、死んで悲しむ人が居るということを考えない行動は
 私は感心できるものとは思えないから」
「カデさん・・・」
ミュゼットもクラーリィも、それには何も言い返せない。


そしてカデンツァは、白衣を脱ぐ。
「あーあ、何だか疲れちゃった・・・休憩入ろうーっと」
伸びをするカデンツァに、ミュゼットが心配そうに尋ねる。
「カデさん、このお薬、いつまで・・・」
「あ、元々2時間ほどしたら切れるんだけど、
 クラーリィさんの場合はあんまり薬効いてないみたいだから
 1時間ちょっとくらいしたら普通の状態に戻ると思うわ」
「そうですか」
ミュゼットは、少しほっとしたような表情を見せる。
それを見て、カデンツァは微笑んだ。
今度は悪魔の微笑みではなく、優しい微笑みだった。

「ミュゼット看護女官、医者として彼の薬が切れるまでの看護を申し付けます」

「・・・は、はい!了解ですっ、カデさん!」
ミュゼットはぎこちない敬礼をした。
カデンツァは立ち去り際、また二人の方を振り返ると、にこりと笑った。

(・・・あいつめ)
優しいんだか怖いんだかよくわからない奴だ、とクラーリィは思う。
だが仲間にしていて嫌な奴ではない、とも思った。
「クラ、立てますか?とりあえずベッドに移ってくださいっ」
「あ、ああ・・・」
こうしてクラーリィは、ミュゼットに看護してもらったのだった。




そして。
「クラーリィはやはり通常量の薬では効かないか・・・」
カデンツァが持ち込んだ新しい臨床データを手に、
またノクターンは新しい薬を開発していたという・・・。




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