「ぼく、大きくなったら魔法使いになりたいんだ!」
「そして…だいしんかんになって、みんなを守りたいんだ」
北の都の対戦の後、民主制に移行したスフォルツェンド公国。
その国に大神官、いや現在は魔法司聖官の職務についたクラーリィ・ネッドがいた。
魔法司聖官の職務は、言うなれば王政であった頃頂点に君臨していた
女王の代わりに国を治める役職である。
そんな職務についた彼は魔法兵団で戦っていた頃よりも、
より多くの書類と格闘することとなっていた。
更に加えれば彼は司聖官としてもう一つの仕事に
明け暮れていたからである。それは…
「クラ?大丈夫…最近大分忙しそうだから…はい、差し入れのおにぎり」
そんな彼の執務室にやってきたのはこの国の看護女官長を務め、
そして彼の幼馴染であるミュゼットであった。
彼女はふんわりとした笑顔で少々やつれ気味のクラーリィに手作りのおにぎりを差し出した。
おにぎりに対しては昔少しばかり、嫌な思い出がある彼は
「納豆やらイチゴやらは入ってないんだろうな」と彼女に二、三度念を押していた。
そんな彼に対して、ミュゼットはくすくすと笑いながら「大丈夫よ」と返した。
「でも、まさかクラが学校の先生になるなんてね」
ミュゼットが山のように聳え立っている書類を一つ取り、クラーリィに言った。
そこにはクラーリィが自分の職務の中でもっとも重要視している計画が綿密に記されていた。
それはスフォルツェンド城を中心とした大規模な魔法都市を再編し…
そしてその中に大規模な魔法学校を建造する計画であった。
まだまだ以前の対戦の傷跡がところどころに残っている状態であるがゆえに、
思うようには進まない様子でもあった。
「おっおい!勝手に書類を見るんじゃない!!
一応まだ議会に通してもいないいわば国家機密なんだぞ!」
「でもこれだけあれば一つは漏洩しそうな気もしないでもないわね」
執務室を覆うぐらいの書類を見上げるような形でミュゼットは答えた。
クラーリィはクラーリィでこのミュゼットが「漏洩」なんて言葉を使い始めるとは…と
改めて月日の流れの速さを思い知り、別方向に意識を飛ばしそうになっていた。
「ってそうじゃなくて!もうこれ以上見るなったら見るな!
どれに印を押したのか分からなくなってしまうではないか!」
「はいはい…」
柄にもなくオロオロしているクラーリィに対し、
ミュゼットは苦笑いを浮かべながら書類を元に戻した。
「今の状況はどのくらい進んでるの?こんなに手続きの書類があって…」
ミュゼットが尋ねるとクラーリィはずれていた眼鏡を直すような形で答える。
「まだ、パーカス殿達との交渉段階にも行っていない段階だ…
正直に言ってしまえばまだまだやるべきことは山のようにある。
たが…これは俺自身が望んだことだから後悔はしていない。
それに、昔の俺のような人々が…待っているからな」
そう、彼は幼い頃から魔法兵団に所属していた父親の影響で
自然と己も兵団に入ると決めていた。
また尊敬していたリュート王子が魔族の手に落ちてしまったことや人々のために
命も惜しまず魔法を使い続けたホルンの姿を見て、
自分もまた、魔法で人々のために…国のために戦いたいと思うようになった。
そこまでの努力は並大抵ではなかったがその努力の甲斐もあってか、
リュートの後を継いで王族出身ではない民間人として…
若くして大神官の地位につく事ができたのだ。
そこには…忘れ去ってしまってはいたがクルセイダーズや妹のコルネット、
そして今こうやって自分の傍にいるミュゼットの支えも確かにあった。
北の都の大戦も終わり、魔法兵団の規模も大幅縮小された。
けれども魔族の残党は10年以上たった今も少しではあるが残っている。
また、魔法そのものを使える人間自体も少なくなっていた。
魔法が使えなくても人々は平和に生きていける世界になったのだ。
それは平和を望んでいたクラーリィにとっては嬉しいことではあったが、
一人の魔法使いとしては少し寂しいことであった。
それでも、自分の傍には…かつての幼い自分のように
魔法を学びたい子供達がいつもいた。
かれらはきらびやかな笑顔をいつも浮かべて、彼の繰り出す「マホー」に喜んでいた。
そしていつか成長して、魔法兵団の一員になりたいという子供もいた。
彼はもっと多くの子供達、いや世界の人々に魔法を教えたいと思うようになった。
だから、この魔法学校の計画を司聖官としての自らの最初の仕事にしたのだ。
「がんばってね、『理事長先生』」
ミュゼットはそんな彼の努力を深く理解していた。
そしてそっと彼の方を労わる様にぽんと叩いた。
「おい、まだ理事長とも決まったわけではなかろうに…」
いくらなんでも話が早すぎるとクラーリィは苦笑い気味にミュゼットに答え、
そんな二人の間にはほのぼのとした雰囲気が流れていた…が。
「あーもうクラーリィさんはそこはもっとこう・・・さぁ。
せっかくミュゼットさんがあんなに労わってくれているのに!」
そんな場面を執務室のドアから覗き見してるのが約・2名。
その様相はもはや某家政婦を思い起こさせる。
フォルは二人の接近加減に悶え打ちながら応援してるのか何なのか
よく分からないコメントを残していた。
「フォルさ〜ん…これじゃあ何かもう取材というより僕達ただの野次馬ですよ…」
一方のシンフォニーは心配そうな表情を浮かべ、
先ほどずっとここに張り込んでいるフォルに狼狽している様子であった。
「うっさいわねー!でも大得ダネもあったわ。
まさか魔法学校なんて面白いもの作るなんて!こりゃビックニュースよ!!
もっと情報集めないと…さぁさぁもっと情報来なさい〜!!」
フォルはそんな風に得ダネに夢中になって他の事に目が行ってない様子。
ツッコミといわんばかりに頭をぽかりと殴られたシンフォニーは痛みに打ち震えながら
上を見上げると、そこには黒い影が。
「フォルさん、フォルさん!」
「何よシンフォニーくんうるさいわ・・・ね・・・」
そこには仁王立ちの形相で今さっきまで見ていた大神官の姿があった。
隣にいたミュゼットは少々苦笑い気味である。
「ちっ、お前ら・・・また何度も何度も・・・」
「何よーちょっとくらいいいじゃないっすかー」
「ちょっともくそもあるか!!この情報はなあまだ議会にも通していない
最重要機密なのだぞ!それをおいそれとお前らみたいなのに
ばら撒かれたりしたら…!!
「しっかしパーカス法務官が教頭っていうのはナイスすぎかも。」
「ていうかまたお前は調子にのって書類を見るな!!」
叱られているのにまったく反省の気がないフォルに向かってクラーリィは
長ったらしいお説教モードに突入である。
取り残されたシンフォニーとミュゼットはぽかんとしながらもその様子を見ていた。
ある意味、フォルとクラーリィのやり取りは擬似的な先生と生徒のやり取りに近いものがある。
案外、クラーリィは教師に向いているのかもしれないとミュゼットはひっそりと思った。
シンフォニーはパーカスが教頭だという話を聞いて、確かにフォルさんの言うとおりかもと
ぷっと噴出しかけていた。
「お前が俺の生徒だったらすぐに廊下に立たせて、バケツ持ちだ!!」
「うわー古臭い体罰反対反対ー!!ミュゼットさん助けてー!」
「お前はまたそうやって人を頼るからに・・・!」
「クラ、いくら生徒を育てるためとはいえ体罰はダメよ。
もし学校でそんなことしたらカデさんやノクターンさんに頼んで・・・」
ミュゼットが少々脅しのような笑みを浮かべてクラーリィを言い負かす。
彼は何もいえなくなり、フォルの首根っこを離した。
フォルはミュゼットさんありがとうとニコニコした笑顔で答え、シンフォニーは
やれやれといった表情で相棒に苦笑い気味だった。
そして、クラーリィが現実に魔法学校の理事長になるのはもう少し先の話。
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