「リートさんは私にとっては優しいお兄さんっていう感じで、
 昔から慕っていたので・・・初恋は、ある意味リートさんかもしれません」
ポリフォニーは少し照れながら、言う。
「そっかー!リートさん本当に優しいし、かっこいいもんねー!
 私もリートさんみたいなお兄さん欲しいよ」
「それクラビに言うなよ?あいつ傷つくから」
「双子のお兄ちゃんと年の離れたお兄ちゃんは別次元の問題なの!」
「うーん・・・そういうもんか?」

わいわいと騒ぐリコーダーたち。
しかしその一方でリートは何のことだかよくわかっていないようで、
リコーダーにしがみつかれたままきょとんとしている。
「リートさんも何か言ってやってくださいよー」
ヴァルヴが言うと、リートはなにやら少し考えて、
「・・・あ、一緒にお菓子、食べようか・・・」
と言った。
そこじゃない!とヴァルヴは心の中でツッコむが、
「きゃー、リートさん優しい!やっぱりそういうところがいい!」
とリコーダーは大喜び。
そういうものか?とヴァルヴは溜息をついた。



そして4人でクッキーを食べながら、話を続ける。
「私達、母親がスフォルツェンド出身の子たちは皆、リートさんを慕っていましたからね」
ポリフォニーは言う。
「そっかー、みんなの憧れのお兄さんってわけね」
リコーダーも納得の表情。
(本人は自覚してないよな絶対・・・)
と、ヴァルヴが心の中で呟いた。
だがその通りで、リートはクッキーを次々と口に運んでいる。
やっぱり大人になっても、沢山食べるのは同じのようである。


そこに。
「リートさん、新しいの焼けましたよー!」
エプロンをつけた一人の少女がやってきた。
髪の毛は黒だが、その姿は昔このスフォルツェンドで給仕をやっていた女性、
コンチェルトにそっくり・・・そう、彼女はコンチェルトの娘。
リュミヌーという名のその少女がドアを開けると、甘い匂いがふわりと漂った。
「リュミヌーちゃん」
「モノディーが調整してくれたオーブンの調子、最高ですよ!
 どんどん焼きますから皆さん遠慮せずどんどん召し上がってくださいね」
リュミヌーが言うと、黒髪に碧眼の少女が一人顔を出した。
モノディーとは、ヴィヴァーチェの娘であり・・・やはり機械に詳しいようだ。

「リュミヌーちゃん、モノディーちゃん」
ポリフォニーが二人を呼ぶ。
「ポリフォニー姉さん、何ですか?」
「二人も、リートさんには憧れてたでしょう?今そういう話題が出たの」
ポリフォニーが話を振ると、リュミヌーとモノディーは顔を見合わせ・・・
そして、同時に頷いた。
「はい、そうです!」
「私もリートさんに憧れてましたー・・・だって優しくて、かっこいいですし」
口々に言う二人。
「へえー、やっぱりそうなんだー」
リコーダーは感心する。
「リートさんっていつもスフォルツェンドにいるわけじゃないんだろ?」
ヴァルヴが尋ねると、ポリフォニーは
「はい、でもやっぱりノクターンさんのお家に戻ってくるので・・・
 スフォルツェンドに住んでる友達にそれを聞いたら、魔法使って遊びに来てました」
と答える。
それにリュミヌーとモノディーが
「あ、私もー」
と頷いた。



「やっぱりリートさんって人気なんだぁ・・・」
リコーダーが、感心したように言う。
横でそんな話をしていても、やはりリートは何の反応も返さないが。
(やっぱり自覚ないんだろうなぁ・・・)
ヴァルヴが苦笑する。
するとリコーダーが続ける。
「でも、ポリフォニーちゃん達でもこれくらい憧れてるってことは、
 スフォルツェンドに住んでる私達と同世代の女の子の中には
 リートさん好きな人って沢山いるんじゃないのかなぁー」
「そうかもしれませんね」
ポリフォニーも頷く。
「クラーリィさんに魔法習いに来てた子たちの中にも、
 リートさんのこと好きって子いたよね?」
「うん・・・たぶんきっと、私達からリコーダーさんくらいまでの年代で
 スフォルツェンドで育った女の子の中にはかなり沢山いるんじゃないかな?
 リートさんが初恋だ、っていう子・・・」

女の子たちがそんなことを話していた、その時。



「何だとぉ!?うちのカノンたんはそうじゃない!絶対に違うぞぉおおおっ!」

叫び声がして、一人の男性が部屋に飛び込んできた。
「あ」
リコーダーは目を丸くする。
それは、スフォルツェンド大神官であり有名な親馬鹿でもある・・・
クラーリィ・ネッド、その人であった。

クラーリィはものすごい親馬鹿、特に長女カノンに対しては過保護だ。
そんな彼は今回、『スフォルツェンドで育ったリコーダー世代の女の子』に
バリバリ当てはまることになるリコーダーと同い年のカノンに関して、
もしかしてカノンもリートのことを・・・などと余計な心配をしてしまい、
一度心配になってしまえば親馬鹿な彼はどんどん不安を膨らませてゆき、
やがては暴走を開始してしまった・・・というわけだ。

「貴様ー!もしうちのカノンたんをたぶらかしたりなんかしたら・・・
 絶対に許さないからな!」
理性を失ったクラーリィは、リートに食って掛かる。
「カノンちゃん?」
リートは首を傾げた。
「そうだ、カノンたんだ!」
「この前・・・一緒に紅茶を飲んだっけ・・・」
ちなみにリートにとっては、カノンやミュゼットは
一緒にふわふわと和む仲間のような存在である。
だが今それを言うのは非常にまずい状況である。
「な、何だと貴様ー!」
クラーリィは逆上し、ますますリートに詰め寄る。

そしてリコーダーたちはあっけに取られたようにそれを見ていたが、
良識派のヴァルヴがやがて指摘する。
「クラーリィさん、あまりリートさんにそんな態度取ると・・・」



だが、もう遅かったようだ。

「あなた・・・リートくんに一体、何をしているのですか?」
「可愛いリートくんをいじめたら、私、許しませんよ」
「は・・・うっ!」

そこに立っていたのは、怒りオーラを纏った二人の女性。
クラーリィの妻・ミュゼットと、女医カデンツァであった。

「ま、待てミュゼット・・・子供達はどうした?」
「今は教会に行っています」
「そ、そうか・・・カデンツァ、お前の子は?」
「ノクターンさんの実験を(勝手に)見学しています」
「なんて恐ろしい教育してるんだお前は!」
クラーリィが後ずさりする。
しかし二人が、当然クラーリィを逃がすはずはない。
「お仕置きが必要なようですね・・・」
「ま、待て、話せばわかる!」
「往生際が悪いこと・・・文字通りの、往生際ね」
「それはさっさと死の覚悟をしろということかカデンツァ!
 ひ・・・うぎゃああああ!!やめてくれぇー!!!」


真っ青な顔のクラーリィは部屋の外へと連れて行かれる。
そんな大神官を、呆れたように見つめる少年少女たち。

ふと、リコーダーが口を開く。

「あーあ、クラーリィさんの初恋の話も聞きたかったのに・・・
 相手はホルンおばあちゃんだよね」
「お前こういう状況でよくそんなこと考えられるよな」

冷静にヴァルヴがツッコんだ。