今日も平和なスフォルツェンド。
そして城のとある部屋で、一組の少年少女・・・
少女フォルと、少年シンフォニーが、正座させられていた。

「足痛い・・・痺れた・・・」
「膝にバケツを乗せさせないだけマシと思え」
「クラーリィさんの考えるのって古典的すぎる罰・・・」
「うるさい、余計な口をきく暇があったら反省しろ!
 まったく、戦いの起きている場所に封鎖をかいくぐって潜入しようなんて
 命を粗末にする行為だ、馬鹿としか言えん」
まるで先生のように二人を叱るのはクラーリィ。
「命をかけても真実を伝えるのがジャーナリストの運命だもの!」
フォルは言う。
「立派なことを言ってるように聞こえるが騙されんぞ、
 お前の記事は真面目じゃないだろうが全然!」
クラーリィがぺちっとフォルの頭をはたいた。
「うう、僕は嫌だったのに・・・」
連帯責任で怒られるシンフォニーは、泣きそうだ。

「第一お前たちは魔法などは使えんだろう?戦いに巻き込まれでもしたら
 一瞬のうちに終わりなんだぞ、それはわかっているのか?」
クラーリィが言う。
「何よ、魔法が得意なエリートだからって馬鹿にして・・・
 スフォルツェンド魔法兵団に入って高いお給料貰ったりなんて
 魔法使えない私にはどーせ遠い人生ですよ」
反発したフォルがむくれる。
「誰もそんなことは言っていないだろう!まずお前らは自覚が足りない、
 いいか、魔法の有無に関わらず、自分の身を守れない奴はな・・・」
しかしどれだけフォルがむくれても、クラーリィのお説教は終わらない。
まさに先生の長い長いお説教だ。
朝礼だったら貧血で倒れかねないくらいの・・・



するとそこに。
「こんにちはー!クラーリィさんここだって聞いて・・・」
「けっ、そんな奴に挨拶する前に歓迎の飯じゃ飯っ」
「もうハーメル!」
「お久しぶりです、クラーリィさん」
「・・・久しぶりだな」

突然、フルートとハーメル、そしてライエルとサイザーが現れた。


「王女っ!?!?」
クラーリィは驚く。
「うそ、マジ!?」
「ま、まさかの展開・・・!」
フォルとシンフォニーは足が痺れているのを忘れて立ち上がった。

「ど、どうしたんですか突然・・・」
「ライエルとサイザーが遊びに来てたんだけど、
 エリ姉さんがスフォルツェンドに用事あるっていうからついでに行って
 ケーキでも買ってこようかなって・・・」
後ろからエリが手を振る。
どうやら彼女が魔法で連れてきたようだ。

「ところでどうしたのこの騒ぎは・・・」
フルートが尋ねる。
いきなり現れた王女にビックリしつつも、フォルはすぐに
「わーん、クラーリィさんが私は魔法が使えない一般庶民だって
 いじめるんですー!!」
と泣きついた。
「お、王女違いますっ!!そんなことは決して!!」
クラーリィは慌てる。
どうしよう、とシンフォニーはそれを黙って眺めていた。

するとライエルが、
「確か、二人は魔法とかはやらないんだったね」
落ち着かせるように優しく尋ねた。
「そうなんです、だから話に混ぜてくれなくて」
「別にオレはお前達が魔法を使わないから話に混ぜないんじゃなくて、
 引っ掻き回されるのが嫌だから混ぜないだけでな」
クラーリィが反論するが、フォルはライエルをじーっと見て
何かを強い視線で訴えている。
「この娘、何か言いたげに見えるけれど・・・」
ライエルの横に居たサイザーが、ライエルに耳打ちする。
「そっか、それをコンプレックスに思ってるんだね」
ライエルは言った。
フォルはそれにきょとんとした表情になる。
本当はクラーリィのお説教から助けて欲しいという視線だったのだが
ライエルはそう受け止めてしまったようである。

「二人には・・・この曲を聴いて欲しいな」
ライエルがピアノを弾き始める。
軽快な旋律の明るい曲だ。
フォルもシンフォニーも、思わず聞き惚れる。
だが、曲名はわからなかった。

「なんて曲?」
フルートが代わりに尋ねる。
するとハーメルが
「第八交響曲」
と答えた。

「第八交響曲・・・ベートーヴェンの、8つ目の交響曲ね」
エリが言って、二人はようやくその曲をあまり知らない理由がわかった。
ベートーヴェンの第七といえば壮大で荘厳な旋律で有名な大交響曲だし、
第九といえばあの合唱の・・・最終決戦で世界を救った旋律だ。
前と後にあるものがあまりに有名すぎる。
「要するに、周辺が華やかすぎて目立たなくなっちゃった曲ってことか」
フォルが呟いた。
「でも、いい曲ですね・・・なるほど、ライエルさんの言うとおり・・・
 周囲が華やか過ぎて目立たなくてもこんなにいい曲はあるんだから、
 気にすること無いってことなんですね」
シンフォニーがにこりと笑う。
ライエルも同じように、人の好い笑顔を返した。

実はライエルも、彼らの気持ちはよくわかるのだった。
ライエルはサイザーと結婚してあの一家に加わることとなった。
しかし天使の血の力を持つ妻に義母、そして親友でもある義兄・・・
同じ状況だがスフォルツェンド王家の血を持つフルートであれば
特に問題はなく溶け込むことが出来るだろう、むしろそちらに近いのだ。
しかし、精霊を使い神器に近いピアノを奏でても自分は普通の人間。
魔力などに、超えられない壁がある。
もしかしたら寿命すら違うかもしれないという危惧もある。
それを辛く思ったこともあった。

けれど、それでも・・・・


「この曲は9つの交響曲の中で唯一誰にも献呈されなかった・・・
 いわば、自分の曲なのかもしれない・・・
 現にマイナーでも、彼自身はこの曲を強く愛したのだから」
エリが言う。
「自分の曲?」
「傷ついた彼の体を癒すものとなったんじゃないかしら・・・
 たとえ派手じゃなくても、目立たなくても、彼はこの曲が好きだった」
「・・・はい」
フォルは、嬉しそうに笑った。


「確かに軽快で楽しそうで陽気で、
 病に苦しんでいたベートーヴェンにしては珍しく暗さがなくて・・・・
 本当に、お前らみたいな曲だな」
クラーリィが呟いた。
「ちょっとそれ私達がシリアスさに欠けてるみたいな言い方じゃない!」
フォルがぎゃー、と言い返す。
「まあまあ、フォルさん」
そんなフォルをシンフォニーがたしなめた。